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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第七話 まだ、お前が残っている

「会えます」


 翌朝。


 宿の主人からその言葉を聞いた瞬間、レオンは身を乗り出した。


「本当に!?」


「そんなに叫ばなくても」


「第三十二代勇者ですよ!」


「この町じゃ普通のお爺さんだけどね」


 アルベルト・グラン。


 二十年前、魔王ベリアスを討った英雄。


 現在六十二歳。


 勇者を引退した後、王都から離れ、このラグナで暮らしているという。


「どこに?」


「東門近くの家。白い屋根だからすぐ分かるよ」


「ありがとうございます!」


 レオンは朝食も途中で立ち上がった。


「待ちなさい」


 ミレイアがパンを食べながら言う。


「一人で行くつもり?」


「みんなも来る?」


「行く」


 ガルドが答えた。


「勇者適合率百%というものには興味がある」


「私も!」


 ノアも手を挙げる。


「元勇者って魔物飼ってたりしないかな」


「なぜそこに期待する」


 シオンが言った。


「私は行きます」


 エルナも立つ。


 結局、六人全員で向かった。


 東門近く。


 白い屋根の小さな家。


 英雄が住んでいるとは思えない、ごく普通の家だった。


 レオンは緊張しながら扉を叩いた。


 返事はない。


 もう一度。


「アルベルト様?」


 しばらくして扉が開いた。


 老人が立っていた。


 白髪。


 深い皺。


 背筋はまっすぐ伸びている。


 左頬に古い傷。


「誰だ」


 低い声。


「レ、レオン・アルヴァです」


「知らん」


「あ、いや、今代の勇者で……」


 老人の目が変わった。


「勇者?」


「はい」


 老人はレオンを上から下まで見た。


「弱そうだな」


「初対面でそれ言います?」


「事実だ」


「否定できないのが悔しい」


 アルベルトはレオンの後ろを見る。


「そいつらは」


「仲間です」


「魔法使い。戦士。魔物使い。忍者。僧侶か」


「分かるんですか?」


「見れば分かる」


 シオンの肩が鳴った。


 ポキッ。


「……忍者?」


「見れば分かると言ったばかりでしょう」


 シオンが傷ついた顔をした。


 アルベルトは無表情のまま家へ戻る。


「入れ」


 室内には驚くほど何もなかった。


 机。


 椅子。


 寝台。


 武器すら飾られていない。


 レオンは少し拍子抜けした。


「もっとこう……聖剣とか、魔王の角とか飾ってあるのかと」


「捨てた」


「聖剣を?」


「必要ない」


 六人は椅子に座った。


 アルベルトは立ったまま。


「何を聞きたい」


 レオンは迷った。


 聞きたいことは多い。


「勇者って、どうすればいいんですか」


「意味が分からん」


「俺、強くないんです」


「見れば分かる」


「二回目だ」


「だから聞きたいんです。どうすれば勇者になれるのか」


 アルベルトはレオンを見る。


「レベルを上げろ」


「やっぱり」


「敵を倒せ」


「はい」


「適合率を上げろ」


 レオンの心臓が跳ねた。


「知ってるんですか?」


「当然だ」


「職業適合率を?」


「ああ」


 ミレイアが身を乗り出す。


「どういうものなんです?」


「職業への適応度だ」


「高くなると?」


「能力が上がる」


「それだけ?」


 アルベルトは一瞬黙った。


「それだけだ」


 レオンは違和感を覚えた。


「アルベルトさんは百%なんですよね」


「ああ」


「どんな感じなんですか?」


「何が」


「勇者として」


 老人は少し考えた。


「迷わない」


「迷わない?」


「勇者が取るべき行動が分かる」


「例えば?」


「魔物がいるなら倒す」


「人が困ってたら?」


「必要なら助ける」


「必要なら?」


「勇者の使命に必要なら」


 レオンは眉を寄せた。


「困ってる人ですよ?」


「だから何だ」


 空気が変わった。


 エルナがアルベルトを見る。


「あなたは、人を救いたくて勇者になったのでは?」


「覚えていない」


 レオンが聞き返す。


「覚えてない?」


「昔のことだ」


「でも、勇者になる前のことくらい」


「必要のない記憶だ」


 ミレイアの顔から笑みが消える。


「好きだった食べ物は?」


「知らん」


 ノアが訊いた。


「子供の頃、何して遊んでた?」


「知らん」


 ガルド。


「家族は?」


「いたはずだ」


「名前は?」


「覚えていない」


 静寂。


 レオンの背中に冷たいものが走る。


「じゃあ……何なら覚えてるんです?」


 アルベルトは迷わず答えた。


「魔王を倒した」


 それだけ。


「それ以前も、その後も?」


「必要ない」


 レオンは立ち上がった。


「必要ないって何だよ」


「座れ」


「自分の人生だろ」


「勇者に過去は必要ない」


「そんなわけ――」


「お前もいずれ分かる」


 アルベルトが初めてレオンを真正面から見た。


 その瞳は。


 怖いほど静かだった。


「勇者として完成すればな」


 レオンは能力表示を開いた。


《職業適合率――12%》


 アルベルトを見る。


《勇者適合率――100%》


 その数字が、昨日とはまったく違って見えた。


「俺も……あんたみたいになる?」


「当然だ」


「嫌だって言ったら?」


「意味が分からん」


「俺が俺じゃなくなるのが嫌だって言ったら」


 アルベルトの表情が。


 ほんの一瞬。


 揺れた。


 老人はレオンへ近づく。


 顔を覗き込む。


「十二%……」


「見えるんですか」


「ああ」


 アルベルトの手が震えた。


 初めてだった。


 無表情だった老人に感情らしいものが浮かぶ。


「どうしたんです?」


「低い」


「知ってます」


「違う」


 アルベルトの声が小さくなる。


「まだ……」


「何?」


 老人の瞳が、わずかに潤んだ。


「まだ、お前が残っている」


「…………」


 レオンは意味が分からなかった。


「それ、どういう――」


 突然。


 アルベルトの表情が消えた。


 完全な無表情。


「帰れ」


「え?」


「話すことはない」


「待ってください!」


「帰れ」


「さっきの意味を!」


「知らん」


「でも!」


 アルベルトは扉を開いた。


 六人は追い出された。


 外へ出る。


 扉が閉まる。


 ノアが小さく言った。


「……怖かった」


 誰も否定しなかった。


 レオンは閉ざされた扉を見る。


 まだ、お前が残っている。


 その言葉だけが。


 頭から離れなかった。

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