第六話 高い方がいいとは限らない
職業適合率――十二%。
翌朝になっても、その数字は消えていなかった。
レオンは宿のベッドに腰掛けたまま、目の前に浮かぶ能力表示を睨んでいた。
《レオン・アルヴァ》
《レベル3》
《天職――勇者》
《筋力――四十六》
《耐久――四十二》
《敏捷――四十七》
《剣術適性――三十六》
《勇気――測定不能》
《職業適合率――12%》
「……何なんだよ、これ」
指で触れても説明は出ない。
昨日までは、こんな項目に気づかなかった。
いや。
本当に昨日までなかったのだろうか。
「朝から難しい顔してるわね」
背後から声がした。
「うわっ!」
振り返る。
エルナが立っていた。
「勝手に入るなよ!」
「ノックしました」
「聞こえなかった」
「三回しました」
レオンは咳払いをした。
「それより、これ見える?」
能力表示を指差す。
エルナが目を細めた。
「職業適合率?」
「やっぱり見えるんだ」
「初めて見ました」
「俺も昨日から」
エルナは自分の能力表示を開いた。
しばらく無言。
「……十四%」
「お前も低いな」
「失礼ですね」
「いや、俺十二だから」
「勝ちました」
「何の勝負だよ」
そこへ扉が開いた。
ミレイアが入ってくる。
「何してるの?」
「またノックなし?」
「開いてたから」
「俺の部屋って共有空間なの?」
事情を説明すると、ミレイアも表示を確認した。
「二十一%」
「高いな」
「当然でしょう」
少し得意げに胸を張る。
そこへガルド、ノア、最後にシオンも集まった。
結果。
レオン――十二%。
ミレイア――二十一%。
ガルド――二十三%。
ノア――九%。
シオン――十七%。
エルナ――十四%。
「私、最下位!」
ノアが笑う。
「何で嬉しそうなんだ」
「だって魔物使いに向いてない自信あったし」
「自信持つところじゃないだろ」
ガルドが腕を組んだ。
「しかし、適合率という名称なら、高いほど天職に適しているという意味だろう」
「たぶんな」
ミレイアも頷く。
「レベルアップと同時に上がるのかもしれない」
「なら、どんどん上げれば――」
レオンは言いかけて止まった。
昨日のガルド。
少女を見捨てようとした顔。
「どうした?」
「いや……」
エルナがレオンを見る。
「昨日のことでしょう」
ガルドの眉が動いた。
「まだ気にしているのか」
「気にするだろ」
「あの少女は助かった」
「結果の話じゃない」
「では何だ?」
「お前が変わったって話だよ」
空気が少し重くなる。
ガルドはしばらく黙っていた。
「俺は変わっていない」
「本当に?」
「ああ」
「前のお前なら助けに行った」
「証拠は?」
「証拠って……」
レオンは言葉に詰まった。
確かに証拠はない。
ただ一緒に旅をしてきた感覚だけだ。
エルナが静かに言った。
「私も、少し違和感があります」
ガルドが見る。
「何だ」
「あなたは以前、効率という言葉をほとんど使いませんでした」
「それが?」
「昨日は三回使った」
「数えてたの?」
ノアが驚く。
「暇だったので」
「僧侶ってもっと忙しくない?」
「怪我人が出なければ暇です」
シオンが壁にもたれた。
「適合率が上がると人格が変わる。そう言いたいのか」
「まだ分からない」
レオンは答えた。
「ただ、少し気になる」
ミレイアがため息をついた。
「考えすぎよ」
「お前も昨日ちょっと変だったぞ」
「私?」
「ああ」
「どこが?」
「それは……」
レオンは言葉を濁した。
ミレイア自身に「前より冷たくなった」とは言いづらい。
彼女は眉を寄せた。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ」
その言い方は。
少しだけ、以前のミレイアに戻っていた。
レオンはなぜか安心した。
「まあ、今は様子を見るしかないな」
ガルドが言った。
「それより、今日は次の町へ向かう予定だ」
「あ」
ノアが立ち上がる。
「そうだった!」
六人は荷物をまとめ、宿を出た。
目的地は交易都市ラグナ。
王都から北へ向かう冒険者たちが必ず立ち寄る大きな町だ。
街道を歩いて二時間。
「重い」
ガルドが言った。
「何が?」
「荷物」
レオンは少し笑った。
「筋力上がったんじゃなかった?」
「上がった。だから昨日より重い荷物を持たされた」
レオンは自分の荷物を見る。
「お前の荷物、俺より軽いぞ」
「戦士には戦闘時の余力が必要だ」
「それ、便利な言葉になってない?」
前方でノアが突然立ち止まった。
「かわいい!」
道端に小さな角兎がいた。
手のひらほどの大きさ。
魔物ではあるが、人を襲うことはほとんどない。
「おいでー」
ノアがしゃがむ。
角兎がノアを見る。
一秒。
二秒。
全力で逃げた。
「待ってえええ!」
ノアも追う。
「やっぱり嫌われてるな」
レオンが言った。
だが。
十メートルほど逃げた角兎が突然止まった。
振り返る。
「……え?」
ノアも止まる。
角兎が一歩近づいた。
「え」
さらに一歩。
ノアの顔が輝く。
「みんな! 見て!」
「まさか」
「来てる!」
角兎はノアの足元まで来た。
そして。
鼻先を彼女の手に近づけた。
「…………」
ノアの目に涙が浮かんだ。
「初めて……」
レオンたちも黙って見守る。
「初めて魔物の方から来てくれた……」
ノアは震える手を伸ばした。
その瞬間。
《魔物使い適合率――10%》
表示が一瞬だけ光った。
レオンには見えた。
ノアにも見えたらしい。
彼女の手が止まる。
「……上がった」
「一%?」
「うん」
角兎が手に鼻を擦りつけた。
ノアは嬉しそうに笑った。
だが。
レオンはなぜか素直に喜べなかった。
職業に向いていなかった人間が。
職業に向いていく。
普通なら、それは成長だ。
喜ぶべきことだ。
なのに。
昨日のガルドが頭から離れない。
ラグナへ到着したのは夕方だった。
城壁を抜ける。
冒険者、商人、兵士。
大勢の人々で賑わっている。
「大きい!」
ノアが走り出す。
「迷子になるなよ」
「子供じゃない!」
その時。
中央広場に大きな石碑が見えた。
「何だろう」
近づく。
石碑には一人の男の姿が彫られている。
剣を掲げた勇者。
その下に文字。
《第三十二代勇者 アルベルト・グラン》
《魔王討伐の英雄》
レオンが目を輝かせた。
「勇者だ」
「有名なの?」
「当たり前だろ。二十年前に魔王を討伐した英雄だぞ」
ミレイアが石碑を見上げる。
「生きてるの?」
「確か、引退してこの町に住んでるって聞いたことがある」
「会えるかもね」
レオンは少し嬉しくなった。
自分以外の、本物の勇者。
聞きたいことはいくらでもある。
勇者としてどう戦えばいいのか。
怖い時、どうするのか。
魔王とはどんな存在なのか。
そして。
職業適合率とは何なのか。
石碑の下に、小さな文字が刻まれていた。
《最終到達レベル――99》
《勇者適合率――100%》
レオンの笑顔が消えた。
「……百?」
自分は十二。
英雄は百。
やはり高い方がいい。
そういう意味なのだろう。
なのに。
エルナが石碑を見ながら、ぽつりと言った。
「ねえ、レオン」
「何?」
「これ、高い方がいいって……」
一度言葉を切った。
「誰が決めたの?」
夕暮れの鐘が鳴った。
誰も答えられなかった。




