第四話 魔法使いが噛まなくなった日
翌朝。
「レオン!」
宿の扉が勢いよく開いた。
「何!?」
レオンはベッドから転げ落ちた。
ミレイアが立っている。
寝起きとは思えないほど目が輝いていた。
「聞いて!」
「何を」
「いいから!」
彼女は杖を構える。
窓の外へ向けた。
大きく息を吸う。
「紅蓮を司りし灼熱の炎よ、我が呼びかけに応じ、その姿を現せ」
レオンは目を見開いた。
一度も噛まなかった。
「……言えた」
ミレイアの唇が震える。
「言えた!」
魔法陣が展開した。
炎が空へ舞い上がる。
「うおお!」
レオンも思わず叫んだ。
「すごいじゃないか!」
「でしょう!?」
皆を叩き起こした。
宿の裏庭。
ミレイアは何度も呪文を唱えた。
一度も噛まない。
「昨日まであれだけ苦労してたのに」
ノアが拍手する。
「レベルアップじゃない?」
エルナが言った。
「能力補正が入ったのでしょう」
ガルドも腕を曲げた。
「俺も昨日より少し力がある」
近くの樽を持ち上げる。
「おお!」
今まで一人では持てなかったものだ。
「レベルってすごいな」
レオンは素直に喜んだ。
これなら。
旅を続ければ、皆の欠点も少しずつ消えていくかもしれない。
ガルドは強くなる。
ミレイアは噛まなくなる。
シオンの関節も――
ポキッ。
「まだ鳴るな」
「見るな」
シオンが不機嫌そうに言った。
全員が笑った。
その夜。
レオンは宿の食堂でミレイアの隣に座った。
「よかったな」
「何が?」
「呪文」
「ああ」
ミレイアは本を読みながら答えた。
「ずっと悩んでたもんな」
ページをめくる手が止まった。
「悩んでた?」
「うん」
「私が?」
「そうだよ」
レオンは笑った。
「昨日なんて噛んだだけで顔真っ赤にしてたじゃん」
ミレイアが首を傾げる。
「そんなことで?」
「……え?」
「発音に問題があるなら修正すればいいでしょう。感情的になる意味が分からない」
レオンは黙った。
ミレイアも黙る。
数秒。
彼女の眉が少し寄った。
「……何?」
「いや」
「変な顔」
「昨日とちょっと違うなって」
「レベルが上がったからでしょう」
「性格まで?」
ミレイアは答えなかった。
やがて、少しだけ笑った。
「冗談よ」
「……だよな」
「疲れてるんじゃない?」
「かもな」
レオンも笑った。
その夜。
レオンはなかなか眠れなかった。
理由は分からない。
ただ。
昨日までのミレイアなら、
「そんなこと」なんて絶対に言わなかった気がした。




