第三十一話 完成した魔法使い
ネム村を出たのは、夜明け前だった。
理由は単純。
教会がもう一度来る前に離れたかった。
「逃げるの慣れてきたね」
ノアが言う。
「慣れたくない」
ミレイアが即答した。
「でも準備早かった」
「荷物まとめるのだけは上達したわ」
「勇者パーティーとして役立つ?」
「絶対役立たない」
レオンは最後尾を歩きながら、自分の能力表示を何度も確認していた。
《天職――勇者》
《職業適合率――18%》
《自律率――5%》
《職業解除条件――未達成》
「やっぱ消えないな」
「何が?」
ガルド。
「解除条件」
「気にしているのか」
「そりゃ気になるだろ」
「勇者をやめたいのか?」
「分からない」
「またそれか」
「今はそれでいいんだよ」
以前なら、勇者をやめたいかと聞かれれば。
すぐに「やめたい」と答えたかもしれない。
怖いし。
弱いし。
面倒だし。
でも。
今は違う。
勇者という職業を押しつけられるのは嫌だ。
それと。
勇者であることそのものを嫌うのは。
少し違う気がした。
「ねえ」
ミレイアが言った。
「私も出てる」
「解除条件?」
「うん」
《職業解除条件――未達成》
「もし解除できたら」
レオン。
「魔法使いやめる?」
ミレイア。
足が止まった。
「……何で?」
「いや、選べるなら」
「やめない」
即答。
全員。
少し驚く。
「そんなに早く?」
ノア。
「当たり前でしょ」
ミレイアは杖を握った。
「私、魔法好きだもの」
それは。
迷いがなかった。
「噛んでも?」
レオン。
「噛むけど」
「失敗しても?」
「するけど」
「笑われても?」
ミレイアが睨む。
「それ以上言ったら燃やす」
「魔法使いだなあ」
「でも」
ミレイア。
少しだけ笑った。
「やめるかどうかを自分で決められるなら」
一度。
能力表示を見る。
「魔法使いを続けたい」
《自律率――4%》
「上がった?」
「うん」
その瞬間。
前方。
空気。
揺れた。
「止まれ!」
シオン。
全員。
足を止める。
何もない。
道。
森。
霧。
「何?」
レオン。
「魔力」
ミレイア。
表情。
変わる。
「ものすごい」
次の瞬間。
道の中央。
魔法陣。
青白い。
巨大。
「伏せて!」
ミレイアが叫ぶ。
光。
落雷。
轟音。
地面。
えぐれる。
「うわああ!」
レオン。
転がる。
「何今の!」
「上級雷撃魔法!」
「避けられる前提の威力じゃない!」
霧。
その向こう。
一人。
男。
長い紺色の髪。
青い外套。
手。
古い魔導書。
「ミレイア・ノルン」
男が言った。
「誰」
「セレネス・アーク」
ミレイアの顔。
わずかに変わる。
「……大魔導師?」
「知ってる?」
レオン。
「魔王軍の六将の一人」
ガルド。
「ヴァレスと同格か」
「同格?」
セレネス。
笑う。
「彼は剣の完成形」
本。
開く。
「私は魔法の完成形」
ミレイアを見た。
「そしてお前は」
一言。
「失敗作だ」
空気が。
凍る。
「……何?」
ミレイア。
「発声不全」
「短縮詠唱への逃避」
「魔力制御不安定」
「感情による詠唱阻害」
セレネス。
淡々と。
「魔法使いとして不完全」
レオン。
横目でミレイアを見る。
怒る。
絶対怒る。
「…………」
怒らない。
逆に。
静か。
「それで?」
ミレイア。
「何だ」
「わざわざそれ言いに来たの?」
セレネス。
一瞬。
止まる。
「違う」
「じゃあ用件は?」
「お前を完成させる」
「嫌」
「即答?」
レオン。
「今言う?」
「つい」
セレネス。
魔導書。
開く。
「私は」
詠唱。
始める。
「天を穿つ青雷よ、理を従え、我が意志をもって――」
速い。
正確。
一文字。
噛まない。
魔法陣。
五つ。
同時。
「嘘」
ミレイア。
「同時詠唱……」
雷。
氷。
炎。
風。
光。
五属性。
同時。
「完成した魔法使いは」
セレネス。
「詠唱を誤らない」
魔法。
放つ。
「散れ!」
ミレイア。
叫ぶ。
「分かれて!」
六人。
走る。
轟音。
森。
木。
吹き飛ぶ。
「強すぎる!」
ノア。
「これ勝てない!」
「知ってる!」
レオン。
ガルド。
前へ。
「ミレイア!」
「何!」
「何秒必要だ!」
「何に!?」
「逃げるための魔法!」
「十!」
「稼ぐ!」
ガルド。
セレネスへ。
大剣。
「無意味」
セレネス。
風。
ガルド。
吹き飛ぶ。
「ガルド!」
「問題ない!」
「毎回それ言うけど問題ある!」
シオン。
背後。
ポキッ。
セレネス。
振り返る。
「隠密不全」
「黙れ」
短剣。
氷壁。
弾かれる。
「魔物使い」
ノア。
「使役個体なし」
「うるさい!」
「僧侶」
エルナ。
「信仰欠如」
「それは褒め言葉です」
最後。
レオン。
「勇者」
「何だよ」
「勇気以外、価値なし」
「そこは知ってる!」
ミレイア。
杖。
「全員!」
息。
「飛べ!」
地面。
風。
六人。
持ち上がる。
「うわああああ!」
「着地は!?」
「知らない!」
「考えてからやって!」
「時間なかったの!」
森。
斜面。
落ちる。
転がる。
枝。
土。
草。
最後。
レオン。
木。
ぶつかる。
「痛っ……」
全員。
何とか生きている。
「逃げ切った?」
ノア。
上。
道。
セレネス。
追ってこない。
「何で?」
ミレイア。
その時。
声。
魔法で。
直接耳へ。
『ミレイア・ノルン』
彼女だけ。
聞こえる。
『お前はいずれ私を求める』
ミレイア。
顔。
硬くなる。
『強くなければ』
一言。
『守れないものが必ず出る』
声。
消える。
「ミレイア?」
レオン。
「何でもない」
「嘘」
「何で分かるの」
「分かりやすい」
「あなたに言われたくない」
ミレイアは。
セレネスがいた方向を見る。
完成した魔法使い。
圧倒的。
美しい魔法。
完璧な詠唱。
自分が。
昔。
なりたかった姿。
そして。
今。
最もなりたくない姿。
そのはずだった。
なのに。
胸の奥。
ほんの少し。
羨ましい。
そう思ってしまった自分を。
ミレイアは。
誰にも言えなかった。




