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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第三十一話 完成した魔法使い

 ネム村を出たのは、夜明け前だった。


 理由は単純。


 教会がもう一度来る前に離れたかった。


「逃げるの慣れてきたね」


 ノアが言う。


「慣れたくない」


 ミレイアが即答した。


「でも準備早かった」


「荷物まとめるのだけは上達したわ」


「勇者パーティーとして役立つ?」


「絶対役立たない」


 レオンは最後尾を歩きながら、自分の能力表示を何度も確認していた。


《天職――勇者》


《職業適合率――18%》


《自律率――5%》


《職業解除条件――未達成》


「やっぱ消えないな」


「何が?」


 ガルド。


「解除条件」


「気にしているのか」


「そりゃ気になるだろ」


「勇者をやめたいのか?」


「分からない」


「またそれか」


「今はそれでいいんだよ」


 以前なら、勇者をやめたいかと聞かれれば。


 すぐに「やめたい」と答えたかもしれない。


 怖いし。


 弱いし。


 面倒だし。


 でも。


 今は違う。


 勇者という職業を押しつけられるのは嫌だ。


 それと。


 勇者であることそのものを嫌うのは。


 少し違う気がした。


「ねえ」


 ミレイアが言った。


「私も出てる」


「解除条件?」


「うん」


《職業解除条件――未達成》


「もし解除できたら」


 レオン。


「魔法使いやめる?」


 ミレイア。


 足が止まった。


「……何で?」


「いや、選べるなら」


「やめない」


 即答。


 全員。


 少し驚く。


「そんなに早く?」


 ノア。


「当たり前でしょ」


 ミレイアは杖を握った。


「私、魔法好きだもの」


 それは。


 迷いがなかった。


「噛んでも?」


 レオン。


「噛むけど」


「失敗しても?」


「するけど」


「笑われても?」


 ミレイアが睨む。


「それ以上言ったら燃やす」


「魔法使いだなあ」


「でも」


 ミレイア。


 少しだけ笑った。


「やめるかどうかを自分で決められるなら」


 一度。


 能力表示を見る。


「魔法使いを続けたい」


《自律率――4%》


「上がった?」


「うん」


 その瞬間。


 前方。


 空気。


 揺れた。


「止まれ!」


 シオン。


 全員。


 足を止める。


 何もない。


 道。


 森。


 霧。


「何?」


 レオン。


「魔力」


 ミレイア。


 表情。


 変わる。


「ものすごい」


 次の瞬間。


 道の中央。


 魔法陣。


 青白い。


 巨大。


「伏せて!」


 ミレイアが叫ぶ。


 光。


 落雷。


 轟音。


 地面。


 えぐれる。


「うわああ!」


 レオン。


 転がる。


「何今の!」


「上級雷撃魔法!」


「避けられる前提の威力じゃない!」


 霧。


 その向こう。


 一人。


 男。


 長い紺色の髪。


 青い外套。


 手。


 古い魔導書。


「ミレイア・ノルン」


 男が言った。


「誰」


「セレネス・アーク」


 ミレイアの顔。


 わずかに変わる。


「……大魔導師?」


「知ってる?」


 レオン。


「魔王軍の六将の一人」


 ガルド。


「ヴァレスと同格か」


「同格?」


 セレネス。


 笑う。


「彼は剣の完成形」


 本。


 開く。


「私は魔法の完成形」


 ミレイアを見た。


「そしてお前は」


 一言。


「失敗作だ」


 空気が。


 凍る。


「……何?」


 ミレイア。


「発声不全」


「短縮詠唱への逃避」


「魔力制御不安定」


「感情による詠唱阻害」


 セレネス。


 淡々と。


「魔法使いとして不完全」


 レオン。


 横目でミレイアを見る。


 怒る。


 絶対怒る。


「…………」


 怒らない。


 逆に。


 静か。


「それで?」


 ミレイア。


「何だ」


「わざわざそれ言いに来たの?」


 セレネス。


 一瞬。


 止まる。


「違う」


「じゃあ用件は?」


「お前を完成させる」


「嫌」


「即答?」


 レオン。


「今言う?」


「つい」


 セレネス。


 魔導書。


 開く。


「私は」


 詠唱。


 始める。


「天を穿つ青雷よ、理を従え、我が意志をもって――」


 速い。


 正確。


 一文字。


 噛まない。


 魔法陣。


 五つ。


 同時。


「嘘」


 ミレイア。


「同時詠唱……」


 雷。


 氷。


 炎。


 風。


 光。


 五属性。


 同時。


「完成した魔法使いは」


 セレネス。


「詠唱を誤らない」


 魔法。


 放つ。


「散れ!」


 ミレイア。


 叫ぶ。


「分かれて!」


 六人。


 走る。


 轟音。


 森。


 木。


 吹き飛ぶ。


「強すぎる!」


 ノア。


「これ勝てない!」


「知ってる!」


 レオン。


 ガルド。


 前へ。


「ミレイア!」


「何!」


「何秒必要だ!」


「何に!?」


「逃げるための魔法!」


「十!」


「稼ぐ!」


 ガルド。


 セレネスへ。


 大剣。


「無意味」


 セレネス。


 風。


 ガルド。


 吹き飛ぶ。


「ガルド!」


「問題ない!」


「毎回それ言うけど問題ある!」


 シオン。


 背後。


 ポキッ。


 セレネス。


 振り返る。


「隠密不全」


「黙れ」


 短剣。


 氷壁。


 弾かれる。


「魔物使い」


 ノア。


「使役個体なし」


「うるさい!」


「僧侶」


 エルナ。


「信仰欠如」


「それは褒め言葉です」


 最後。


 レオン。


「勇者」


「何だよ」


「勇気以外、価値なし」


「そこは知ってる!」


 ミレイア。


 杖。


「全員!」


 息。


「飛べ!」


 地面。


 風。


 六人。


 持ち上がる。


「うわああああ!」


「着地は!?」


「知らない!」


「考えてからやって!」


「時間なかったの!」


 森。


 斜面。


 落ちる。


 転がる。


 枝。


 土。


 草。


 最後。


 レオン。


 木。


 ぶつかる。


「痛っ……」


 全員。


 何とか生きている。


「逃げ切った?」


 ノア。


 上。


 道。


 セレネス。


 追ってこない。


「何で?」


 ミレイア。


 その時。


 声。


 魔法で。


 直接耳へ。


『ミレイア・ノルン』


 彼女だけ。


 聞こえる。


『お前はいずれ私を求める』


 ミレイア。


 顔。


 硬くなる。


『強くなければ』


 一言。


『守れないものが必ず出る』


 声。


 消える。


「ミレイア?」


 レオン。


「何でもない」


「嘘」


「何で分かるの」


「分かりやすい」


「あなたに言われたくない」


 ミレイアは。


 セレネスがいた方向を見る。


 完成した魔法使い。


 圧倒的。


 美しい魔法。


 完璧な詠唱。


 自分が。


 昔。


 なりたかった姿。


 そして。


 今。


 最もなりたくない姿。


 そのはずだった。


 なのに。


 胸の奥。


 ほんの少し。


 羨ましい。


 そう思ってしまった自分を。


 ミレイアは。


 誰にも言えなかった。

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