第三十話 勇者が剣を抜かなかった日
「帰ってください」
レオンが言った。
ロデスは。
少しだけ。
首を傾げた。
「できません」
「ここは教会の土地じゃない」
「王国領です」
「村の人が嫌だって言ってる」
「彼らは未成年です」
「だから?」
「正しい判断能力がありません」
レオンの後ろ。
リタが。
木槍を握る。
「あります」
ロデス。
見る。
「あなたがリタですね」
「何で知ってる」
「十五歳。職業未決定」
笑顔。
「適性候補は《騎士》《衛兵》《指揮官》」
リタ。
顔。
強張る。
「見ないで」
「非常に優秀です」
「見ないで!」
レオン。
間へ。
「やめろ」
「勇者様」
「その呼び方も」
一度。
息を吐く。
「もうやめてくれ」
ロデスの眉。
わずかに動く。
「あなたは勇者です」
「レオンだ」
「天職は勇者」
「レオン・アルヴァだ」
「否定しても変わりません」
「否定してない」
レオン。
「勇者なのは俺の一部だ」
「…………」
「全部じゃない」
後ろ。
ミレイア。
少し笑う。
ロデス。
騎士たちへ。
「準備を」
聖晶石。
運ばれる。
「待て!」
ガルド。
大剣。
抜く。
教会騎士。
槍。
構える。
緊張。
レオン。
「ガルド」
「何だ」
「戦わない」
「だが」
「この村で戦ったら」
子供。
周囲。
「巻き込む」
ガルド。
剣。
下げる。
「ではどうする」
「分からない」
「お前な」
「今考える!」
ミレイア。
「聖晶石を壊す?」
「破片が危険」
「遠隔で停止?」
「できる?」
「構造分かれば」
ノア。
「馬を逃がす?」
「前と同じ」
「有効ならいいでしょ!」
シオン。
「司祭だけ連れ去る」
「それ犯罪!」
「もう世界秩序破壊対象だ」
「開き直るな!」
ロデス。
六人を見る。
「いつまでそうやって逃げ続けるのです?」
レオン。
止まる。
「あなた方は何も解決していない」
「…………」
「魔王は生きている」
世界。
戦争。
続いている。
「北部では今も人が死んでいる」
その言葉。
重い。
「あなたが勇者として適合すれば」
ロデス。
「戦える」
レオンの胸。
痛む。
「ミレイア様が完全な魔法使いになれば、多くの敵を倒せる」
ミレイア。
「ガルド様が戦士として完成すれば、仲間を守れる」
ガルド。
「エルナ様が神を受け入れれば、さらに多くの命を救える」
エルナ。
「あなた方は」
ロデス。
「自分らしさというもののために」
一言。
「救える命を捨てているのではありませんか?」
誰も。
すぐには答えられなかった。
レオンも。
何度も。
考えた。
強くなれば。
救える。
怖くなくなれば。
進める。
完璧な勇者になれば。
魔王を倒せるかもしれない。
「……そうかも」
レオンが言った。
ミレイアが見る。
「レオン」
「俺たちが弱いせいで」
救えなかった人。
いるかもしれない。
「でも」
ロデスを見る。
「強ければ必ず救えるって」
一歩。
「誰が決めた?」
「実際、能力は――」
「アルベルトは百%だった」
ロデス。
止まる。
「完璧な勇者だった」
なのに。
家族の名前。
覚えていなかった。
「ヴァレスも強かった」
「ヴァレス?」
ロデス。
顔。
初めて明確に変わる。
「会ったのですか」
「うん」
「…………」
「あいつは俺より何十倍も強い」
でも。
仲間という判断基準を。
不要と言った。
「強いことと」
レオン。
「正しいことは同じじゃない」
ロデス。
「理想論です」
「そうかも」
「魔王軍は理想論では止まりません」
「知ってる」
「なら剣を取りなさい」
レオン。
腰。
剣。
手。
触れる。
教会騎士。
構える。
子供たち。
怯えている。
リタ。
木槍。
ディン。
震えている。
「…………」
手。
離す。
「抜かない」
「なぜ」
「今」
レオン。
「俺が戦いたくないから」
「勇者が?」
「ああ」
《勇者適合率――19%》
揺れる。
《18%》
「下がった」
ノア。
ロデス。
目。
細くなる。
「では何をする」
「話す」
「私と?」
「違う」
レオン。
後ろ。
振り返る。
子供たち。
「みんな!」
数十人。
見る。
「職業欲しい人!」
突然。
ミレイアが固まる。
「レオン?」
「手挙げて!」
子供たち。
戸惑う。
一人。
小さな男の子。
手。
上げる。
「何になりたい?」
「料理人」
「何で?」
「ご飯作るの好きだから」
「いいじゃん」
別。
女の子。
「私は治す人」
「僧侶?」
「分かんない。怪我治したい」
「いい」
リタ。
レオンを見る。
「何してるの?」
「聞いてる」
「何を?」
「みんながどうしたいか」
ロデス。
「無意味です。適性は聖晶石が――」
「黙ってて!」
レオン。
思わず。
怒鳴る。
ロデス。
止まる。
「今、本人たちに聞いてるから」
次。
「職業いらない人!」
何人か。
手。
上げる。
「分かんない人!」
一番多い。
手。
上がる。
レオン。
笑った。
「いいじゃん」
ロデス。
「何が」
「分かんないって答え」
十六歳で。
一生の役割。
決める。
それが。
普通。
だった。
「今決めなくていい人もいる」
「制度が認めません」
「制度より人が先だろ」
「社会が混乱します」
「じゃあ」
レオン。
「混乱しながら考えればいい」
ロデス。
本当に。
理解できない顔。
「そんな不完全な社会を望むのですか」
「完璧じゃなくていい」
「なぜ!」
初めて。
ロデスが。
声を荒らげた。
「役割があれば迷わない!」
六人。
少し驚く。
「自分が何をするべきか分かる!」
ロデス。
拳。
握っている。
「何者なのか、悩まなくて済む!」
レオンは。
その顔を見る。
今まで。
完璧な笑顔だった男。
初めて。
感情。
「ロデス」
「……何です」
「あなた」
一言。
「昔、職業決める時に迷った?」
ロデス。
凍る。
「質問に意味はありません」
「何になりたかった?」
「私は司祭です」
「その前」
「私は司祭です」
「ロデスとして」
「黙れ!」
空気。
震える。
教会騎士たち。
驚いている。
ロデス自身も。
自分が叫んだことに。
驚いている。
「…………」
レオンは。
それ以上。
聞かなかった。
「今は答えなくていい」
「哀れむな」
「哀れんでない」
「なら」
ロデス。
「なぜ」
「俺も」
レオン。
自分を見る。
「分かんないから」
勇者。
なぜ自分が。
これから何を。
世界をどうする。
答え。
ない。
「だから一緒」
ロデスの目。
揺れる。
表示。
見えない。
だが。
一瞬。
彼の胸元。
文字。
乱れた。
ミレイア。
気づく。
「今……」
その瞬間。
聖晶石。
すべて。
光る。
《緊急職能命令》
《未付与個体への強制天職確定》
「まずい!」
ミレイア。
「ロデスが操作してない!」
「世界側!」
エルナ。
聖晶石から。
光。
村全体。
覆う。
子供たち。
能力表示。
次々。
《候補算出》
《天職確定――》
「止めろ!」
レオン。
聖晶石へ。
走る。
「壊すしかない!」
ミレイア。
「やれ!」
「破片!」
「ガルド!」
「盾で囲う!」
ガルド。
大盾。
前。
ノア。
子供たちを下げる。
シオン。
聖晶石の接続線。
見る。
「ミレイア!」
「何!」
「六個ある! 同時に切れ!」
「無茶!」
「お前ならできる!」
「そういうの勇者が言う台詞でしょ!」
「俺魔法使えない!」
「知ってる!」
ミレイア。
杖。
構える。
正規呪文。
必要なら。
長い。
でも。
自分の魔法。
「六つ」
息。
「全部」
魔力。
集める。
「止まれ!」
六本の。
細い魔力線。
飛ぶ。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
最後。
ずれる。
「ミレイア!」
「分かってる!」
噛む。
「と、とまれぇ!」
六本目。
切れる。
聖晶石。
停止。
静寂。
子供たち。
表示。
《天職――未確定》
そのまま。
残る。
「できた……」
ミレイア。
膝。
つく。
レオン。
笑う。
「噛んだな」
「今言う!?」
ロデス。
聖晶石。
見る。
そして。
子供たち。
誰も。
職業を与えられていない。
世界は。
一度。
止められた。
「……あり得ない」
ロデス。
「何が?」
「強制確定は」
声。
震える。
「神の命令だ」
エルナ。
一歩。
「失敗しましたね」
「…………」
「神も」
彼女。
微笑む。
「万能ではないらしい」
その瞬間。
空。
巨大な音。
ゴォン。
誰も鳴らしていない。
鐘。
世界中。
響くような。
低い音。
六人の能力表示。
一斉。
開く。
《異常度更新》
《自律個体群――段階二へ移行》
そして。
今までなかった項目。
《職業解除条件――未達成》
「職業……解除?」
ミレイア。
全員。
表示を見る。
レオンの胸。
大きく鳴る。
「外せるのか」
勇者。
魔法使い。
戦士。
魔物使い。
忍者。
僧侶。
生まれてから。
一生。
変わらないと思われていた。
天職。
「条件がある」
ガルド。
「何だ?」
表示。
答えない。
ただ。
《未達成》
その文字。
残る。
リタが。
レオンへ聞いた。
「職業、捨てたいの?」
レオンは。
自分の表示を見る。
《天職――勇者》
少し前なら。
絶対に。
考えなかった。
「分からない」
正直に答える。
「でも」
一つ。
笑う。
「捨てられるって知ってから決めたい」
リタも。
笑った。
「それでいいんじゃない?」
レオン。
頷く。
遠く。
山の向こう。
その様子を。
一人の男が見ていた。
黒い外套。
魔王軍の紋章。
ヴァレスではない。
手には。
一冊の魔導書。
「職業解除」
男。
笑う。
「そこまで辿り着いたか」
能力表示。
《天職――大魔導師》
《職業適合率――100%》
そして。
《自律率――0%》
「ミレイア・ノルン」
視線。
村。
「次は」
指。
魔導書。
なぞる。
「私がお前を完成させる」
六人は。
まだ知らない。
魔王軍には。
ヴァレスだけではないことを。
そして。
自分たち一人一人に。
「こうなれば完璧だ」と世界が用意したような相手がいることを。




