第二十二話 六人目の名前
「魔王になった?」
レオンは聞き返した。
「勇者が?」
マルタは頷いた。
「名前は?」
「カイル・レヴァン」
聞いたことがない。
歴史書にも。
勇者記録にも。
「二十六年前の勇者って誰だっけ」
レオンがミレイアを見る。
「第三十一代勇者はロイ・アーヴェント」
「そうだよな」
カイル・レヴァン。
存在しない勇者。
「偽物だったの?」
ノア。
「違う」
マルタが言う。
「本人は勇者だと言っていた」
「証拠は?」
「見た」
「何を?」
「天職表示」
マルタは。
自分の胸元を指した。
「確かに《勇者》だった」
レオンの心臓。
大きく鳴った。
「じゃあ、どうして記録にない?」
ガルド。
「消された」
マルタ。
「誰に?」
「教会」
「また教会か」
レオン。
「最近驚かなくなってきた」
「慣れてはいけません」
エルナ。
絵。
六人。
「他の五人は?」
ミレイアが聞く。
マルタは。
順番に指した。
「魔法使い、リネア」
長い髪の女性。
「戦士、バルト」
大柄な男。
「魔物使い、サシャ」
小柄な少女。
「忍びのハク」
黒装束。
「僧侶、ユリア」
最後。
金髪の女性。
エルナと似た服。
「全員、不適合者?」
「そう聞いた」
「どんな?」
マルタは少し考える。
「カイルは」
レオンを見る。
「人を傷つけられなかった」
「勇者なのに?」
「ああ」
レオンは。
少し驚いた。
自分は弱い。
カイルは。
戦えなかった?
「リネアは魔力が多すぎた」
ミレイア。
「多すぎるのも不適合?」
「詠唱すると魔法が暴走したらしい」
「バルトは?」
「身体が大きかったが」
マルタ。
「血を見ると気絶した」
ガルドが微妙な顔。
「戦士としては厳しいな」
「サシャは?」
ノア。
「魔物を怖がった」
「……私より逆だ」
「ハクは」
「忍者」
シオン。
「極端な方向音痴」
「それは潜入より帰還が危ないな」
「お前に言われたくないと思う」
「関節と方向感覚は別だ」
「ユリアは」
マルタが。
エルナを見る。
「神の声が聞こえた」
一瞬。
全員。
止まる。
「それ」
レオン。
「僧侶として完璧なんじゃ?」
「だから不適合だった」
マルタの声。
低い。
「神が」
言葉。
「嘘をついていると言い出した」
エルナの目が細くなる。
「興味深いですね」
「嬉しそうにするな」
「していません」
「ちょっとしてる」
マルタは続けた。
「六人は教会から逃げてきた」
「俺たちと同じ」
ノア。
「第七観測区へ行くと言っていた」
「どうして?」
「そこで」
マルタ。
「神と話せると」
静寂。
「神と?」
エルナ。
初めて。
表情が変わった。
「誰が言ったんです?」
「ユリア」
「神の声が聞こえた僧侶」
「そう」
「彼女は何と言っていました?」
マルタは記憶を探す。
「神を」
一度。
目を閉じる。
「殺したいと言っていた」
エルナ。
完全に黙る。
「僧侶なのに?」
ノア。
「私は少し気が合いそうです」
「殺すまでは言ってないよな?」
「今のところは」
「怖い」
レオンは絵を見る。
「それで六人はどうなったんです?」
「第七観測区へ行った」
「戻った?」
「五人だけ」
「……五人?」
マルタの声が。
小さくなる。
「カイルだけ戻らなかった」
「他の五人は?」
「変わっていた」
レオン。
嫌な予感。
「矯正された?」
「違う」
マルタは首を振る。
「もっと」
「もっと?」
「壊れていた」
リネアは。
言葉を話せなくなった。
バルトは。
武器を見るだけで泣いた。
サシャは。
魔物を見ても何も感じなくなった。
ハクは。
自分の名前を忘れた。
そしてユリアは。
「ずっと」
マルタ。
「神に謝っていた」
「何を?」
エルナ。
「分からない」
「カイルは?」
「戻らなかった」
数日後。
教会が来た。
五人を連れていった。
村の記録。
持ち物。
名前。
すべて回収した。
「それなのに、この絵だけ残った?」
シオン。
「隠した」
マルタ。
「どうして?」
「カイルに頼まれたから」
「いつ?」
「出発する前」
マルタは。
絵の裏を指した。
レオンが裏返す。
文字。
古い。
《もし俺たちのことが消されたら》
《次の六人に渡してくれ》
レオンの指。
止まる。
「次の六人?」
まるで。
自分たちが来ることを。
知っていた。
続き。
《俺たちは失敗するかもしれない》
《だから次に選ばれた六人へ》
《魔王を殺すな》
レオンの呼吸。
止まった。
《勇者を信じるな》
次。
《神を信じるな》
さらに。
《そして》
最後の一行。
《俺を信じるな》
「……どういう意味だよ」
レオン。
カイル自身が書いた。
俺を信じるな。
マルタが。
小さく言った。
「私にも分からない」
その時。
家の外。
馬。
多数。
シオンが。
立つ。
「来た」
「教会?」
「ああ」
「早くない?」
ノア。
「世界って噂話の伝達だけ異常に速いよね」
レオンが絵を畳む。
「逃げるぞ」
「また?」
ミレイア。
「最近逃げてばかり!」
「生きてるからいいだろ!」
裏口。
マルタが。
レオンの腕を掴む。
「待って」
「何?」
「第七観測区へ行くなら」
「うん」
「地下へ行きなさい」
「地下?」
「地上には何も残っていない」
「どうして知ってる?」
マルタは。
悲しい顔。
「五人が戻ってきた夜」
「…………」
「ユリアが教えてくれた」
「何て?」
マルタ。
震える声。
「神は空にいない」
「え?」
「この世界の」
一言。
「下にいる」
外。
教会騎士。
「開けろ!」
扉。
叩かれる。
レオンは。
絵を抱え。
走った。




