第二十話 自分で選んだ数字
中央矯正院から逃げる途中。
レオンたちは。
一つだけ。
やってはいけないことをした。
「こっち!」
ノアが叫ぶ。
「出口は反対だ!」
ガルド。
「知ってる!」
「じゃあ何で!」
「あの人たち!」
廊下。
左右。
小さな窓。
中。
人。
十人。
二十人。
銀色の椅子に固定されている。
「患者?」
ミレイア。
「違う」
エルナ。
「矯正対象です」
扉。
ロック。
「シオン!」
「任せろ」
カチャ。
ポキッ。
カチャン。
「今日は調子いいな」
「褒めるな」
扉が開く。
中。
少年。
少女。
老人。
大人。
様々。
一人の少年がレオンを見る。
「……誰?」
「勇者」
言いかけて。
止める。
「レオン」
「職業は?」
「今はどうでもいい」
少年が驚いた。
「変なの」
「よく言われる」
一人ずつ拘束を外す。
「時間がない!」
ガルド。
「全員は無理だ!」
レオンも分かっている。
追手。
近い。
そこで。
セラ。
矯正済みの狩人。
廊下の奥に立っていた。
弓。
「侵入者を――」
ノアが木彫りの兎を出した。
「セラ!」
彼女の目。
兎。
止まる。
「これ」
ノア。
「ティオから」
「…………」
「覚えてなくてもいい」
一歩。
「今、どうしたい?」
「私は」
「狩人としてじゃなく」
ノアの声が震える。
「セラとして」
長い。
沈黙。
矢。
下がる。
「……分からない」
「それでいい」
ノアが笑った。
「私たちも分かんないから」
セラの能力表示。
《狩人適合率――100%》
《99%》
《98%》
警報。
鳴る。
セラが頭を押さえる。
それでも。
矢を。
教会騎士へ向けた。
「走って」
ノアが目を見開く。
「セラ」
「早く」
「でも」
「弟に」
顔が歪む。
「……会いたい」
その一言。
《狩人適合率――94%》
ノアが泣いた。
「絶対連れて帰る!」
逃げる。
途中。
資料室。
ミレイアが足を止める。
「待って」
「今!?」
「さっきの表示!」
「何?」
「自――率」
端末。
巨大な魔法石。
ミレイアが触る。
「これ、調律装置と繋がってる」
「調べられる?」
「少しだけ!」
魔法。
今度は。
長い詠唱を使わない。
「開け」
魔法石。
光。
文字。
《異常反応記録》
《職業適合率低下》
《原因――自己決定》
さらに。
《自律係数発生》
「自律……」
ガルド。
ミレイアが読む。
「これだ」
《自律率》
レオン。
能力表示。
《自律率――2%》
「見える」
今度は。
はっきりと。
ノア。
《自律率――3%》
ガルド。
《2%》
シオン。
《2%》
エルナ。
《4%》
「私が一番高い」
エルナが言う。
「神に逆らい続けた年数でしょうか」
「ありそう」
レオン。
ミレイア。
《3%》
「自律率って何?」
ノア。
画面。
説明。
《天職による行動予測から逸脱し、自律的選択を行う能力》
《通常値――0%》
全員が黙った。
「普通の人はゼロ?」
レオン。
「おそらく」
ミレイア。
「職業適合率が高いほど、自分で選んでいない?」
ガルド。
エルナが補足する。
「完全にそうとは限りません。でも、この世界は」
画面を見る。
「人間が自分で選択すること自体を、異常として扱っている」
レオンの胸。
冷える。
「だったら」
魔王を倒せ。
勇者になれ。
強くなれ。
全部。
自分の選択だと思っていた。
本当に?
「レオン」
ミレイア。
「後で考える!」
「追手!」
シオン。
全員走る。
だが。
レオンは画面の最後の一行を見た。
《過去の自律率発生事例を検索》
勝手に。
表示される。
《該当――一件》
「一件?」
六人以外に。
過去。
一人。
画面。
《記録封鎖》
《対象名――削除》
《最終確認地点――第七観測区》
第七観測区。
さっきの。
二十六年前の六人が送られた場所。
さらに。
《現在位置――推定不能》
《最終方向――北方》
北。
魔王領。
「誰なんだ」
レオンが呟く。
答え。
出ない。
代わりに。
警報。
《世界補正接続》
「レオン!」
走る。
院の裏。
森。
患者たちも。
セラも。
十数人。
全員で逃げる。
追手。
「門!」
ガルド。
鉄。
閉じている。
ミレイア。
「壊す?」
「人がいる!」
「じゃあ!」
レオン。
全員で押す。
重い。
ガルド一人なら。
以前より強くなった今なら。
動かせるかもしれない。
でも。
「手伝え!」
叫ぶ。
レオン。
ノア。
エルナ。
患者たち。
最後に。
セラ。
全員で。
押す。
ギギギ。
開く。
外。
森。
「行け!」
一人。
また一人。
逃げる。
最後。
レオン。
門を越える。
その瞬間。
背後。
矯正院の鐘。
鳴った。
カァン。
患者の何人かが止まりそうになる。
「止まるな!」
レオンが叫ぶ。
「どこへ行くんです?」
一人が聞く。
「知らない!」
「何をすれば?」
「知らない!」
「職業は?」
レオンは走りながら。
振り返る。
「自分で決めろ!」
言った。
その瞬間。
何人かの能力表示。
ほんの一瞬。
見えた。
《自律率――1%》
レオンは。
笑った。
「増えた」
「何が?」
ミレイア。
「多分」
息を切らしながら。
「面倒な仲間」
「六人で十分なんだけど」
「俺もそう思う」
森を抜ける。
夕方。
リーベル。
町の入口。
ティオがいた。
セラを見る。
動けない。
「姉ちゃん……?」
セラも。
止まる。
「…………」
「姉ちゃん」
「私は」
言いかける。
狩人です。
その言葉が。
出ない。
代わりに。
「ティオ」
少年の目が。
大きくなる。
「……覚えてる?」
「全部じゃない」
セラ。
涙。
「でも」
手。
木彫りの兎。
「これを見たら」
少し。
笑った。
「帰りたくなった」
ティオが飛びついた。
セラは。
最初。
どうすればいいか分からない顔をした。
そして。
ゆっくり。
抱き返した。
六人は少し離れて見ていた。
「よかった」
ノアが泣いている。
「泣きすぎ」
ミレイア。
「だって」
「まあ」
ミレイアも。
目元を拭いた。
「分からなくはない」
レオンは能力表示を開いた。
《天職――勇者》
《職業適合率――16%》
《自律率――2%》
二つの数字。
一つは。
勇者になればなるほど上がる。
もう一つは。
自分で選ぶほど上がる。
「勇者になるのと」
レオンが呟く。
「俺になるのって」
同じことじゃないんだな。
夜。
六人は町を離れた。
矯正院から逃がした者たちは、複数の村へ分かれて向かうことになった。
セラはティオと残った。
出発前。
ティオが聞いた。
「レオン」
「何?」
「魔王を倒すの?」
「……分からない」
少し前なら。
絶対に。
「倒す」
と答えた。
勇者だから。
「会ってから決める」
ティオが笑う。
「変な勇者」
「知ってる」
六人は北へ。
次の目的地。
《第七観測区》。
二十六年前。
六人の不適合者が送られた場所。
そして。
かつて一度だけ。
《自律率》を発生させた何者かが向かった場所。
夜道。
シオンが先頭を歩く。
ポキッ。
「静かにできない?」
ミレイア。
「できない」
「自律率上がりそう」
「これは自律ではない」
「体質率?」
「殺すぞ」
六人の笑い声が。
森へ消えていく。
その遥か北。
魔王領。
巨大な黒い城。
一人の男が。
玉座で目を開いた。
「……自律反応?」
側近が頭を下げる。
「はい。人間領で複数確認されました」
「何人だ」
「六名」
男の指が。
止まった。
「六」
長い沈黙。
そして。
魔王ゼルディアは。
ほんの少しだけ。
笑った。
「ようやくか」
「何がでしょう」
「いや」
立ち上がる。
「何もするな」
「しかし勇者一行である可能性が」
「だからだ」
ゼルディアは南を見る。
「殺すな」
「理由をお聞きしても?」
魔王は答えなかった。
ただ。
誰にも聞こえないほど小さな声で。
「今度こそ」
そう呟いた。




