第十九話 怖くない勇者
「逃げ道は?」
レオンが小声で聞く。
「ない」
シオン。
「天井」
「厚い」
「壁」
「石」
「床」
「地下」
「詰んだ?」
「かなり」
教会騎士が入ってくる。
「抵抗しないでください」
ロデス。
「皆様のためです」
「それ、悪い人がよく言う台詞ですよ」
「私は善悪の話をしていません」
「じゃあ何の話?」
「正常か異常かです」
レオンは剣へ手をかけた。
だが。
抜かない。
「戦えば経験値入るかもしれない」
「今それ気にする?」
ミレイア。
「結構重要だろ」
「捕まった方がまずい!」
騎士たちが動く。
ガルドが前へ。
槍を受け流す。
シオンが煙玉。
ノアが棚を倒す。
「これ誰かの思い出!」
「後で戻す!」
「絶対!」
ミレイア。
「閃光!」
白い光。
一瞬。
「走れ!」
廊下へ。
だが。
その先。
銀色の壁。
魔法陣。
「封鎖結界!」
ミレイアが止まる。
「解除できる?」
「時間があれば!」
「ない!」
後ろから騎士。
レオンが押される。
「レオン!」
床。
魔法陣。
光。
「何――」
足が動かない。
銀の輪が。
腕。
脚。
首。
「捕まえた!」
ガルドが戻ろうとする。
「来るな!」
「でも」
「逃げろ!」
《勇者適合率――16%》
「こんな時まで!」
ロデスがレオンの前へ立った。
「安心してください」
「全然安心できない」
「痛みはありません」
「それ、もっと怖い」
銀色の椅子。
固定される。
五人は騎士に阻まれ、別室。
「レオン!」
ミレイアの声。
扉が閉まった。
静か。
ロデス。
レオン。
そして。
巨大な装置。
「これが矯正?」
「調律です」
「言い換えても嫌なものは嫌」
ロデスが操作盤へ手を置く。
「あなたは勇者なのに、恐怖心が強すぎる」
「悪い?」
「勇者として不完全です」
「知ってる」
「剣術も低い」
「知ってる」
「判断も感情に左右される」
「知ってる」
「なのに」
ロデスがレオンを見る。
「なぜ誇らしげなのです?」
「別に誇ってない」
「なら直せばいい」
「…………」
「怖くなくなる」
その言葉。
また。
魅力的だった。
怖くない。
もう震えない。
仲間を守れる。
誰かが傷つくたび。
自分が弱いからだと思わなくていい。
「ほんの少し」
ロデス。
「試してみてください」
装置。
光。
「待っ――」
身体を走る。
熱。
そして。
消えた。
「…………」
レオンは目を開ける。
「どうです?」
ロデス。
「何が?」
「怖いですか?」
レオンは自分の心を探した。
何もない。
「……怖くない」
自分の声。
驚くほど落ち着いている。
《勇者適合率――16%》
《18%》
《21%》
《24%》
「上がってる……」
そのたび。
何かが。
遠くなる。
ロデスが剣を渡した。
「持ってください」
軽い。
「構えて」
構える。
今まで。
何百回教わっても安定しなかった姿勢。
完璧。
「すごい」
「これが本来のあなたです」
違う。
そう思った。
はずだった。
でも。
何が違うのか。
分からなくなった。
廊下。
爆発。
「レオン!」
ミレイアたち。
逃げてきた。
教会騎士に追われている。
ロデスが言う。
「勇者として判断してください」
レオンが見る。
五人。
敵。
出口。
成功確率。
頭の中。
数字のように整理される。
「仲間五名を切り離せば」
自分の口が動く。
「俺一人なら脱出できる」
ミレイアが止まった。
「……何?」
「全員で逃げる成功率は低い」
「レオン」
「勇者が生存し、魔王討伐を継続することを優先すべきだ」
ガルドの顔が変わる。
ノア。
「レオン?」
シオン。
何も言わない。
エルナ。
ただ。
悲しそうに見る。
ミレイアが近づいた。
「怖い?」
「何が」
「今」
「恐怖はない」
パシン。
頬。
ミレイアが。
レオンを叩いた。
「痛い」
「怖がってよ」
「意味が分からない」
「怖がって!」
もう一度。
彼女の目に涙。
「ゴブリンの前で震えてたじゃない」
「必要ない」
「オーガから逃げて叫んでた」
「非効率だ」
「私が呪文噛んだら笑った」
「戦闘中の不備だ」
「違う!」
ミレイアが胸ぐらを掴んだ。
「それがレオンだったの!」
頭。
何か。
痛む。
「……レオン」
ノア。
「私、魔物を道具みたいに見た時」
泣きそうな顔。
「怖かった」
ガルド。
「俺は少女を見捨てようとした」
拳。
「今も忘れたくない」
シオン。
ポキッ。
「俺は」
全員が見る。
「……今は鳴らした」
「何で?」
「聞いていた方が落ち着くだろ」
レオンの口元が。
わずかに動いた。
笑い。
「お前……」
何かが戻る。
エルナが言った。
「レオン」
「……うん」
「怖いですか?」
目の前。
騎士。
ロデス。
逃げ道。
仲間。
死ぬかもしれない。
「…………」
手。
震え始める。
「怖い」
言った瞬間。
胸。
痛いほど。
息が戻った。
《勇者適合率――24%》
《23%》
《21%》
《19%》
「下がってる!」
ミレイア。
「怖い!」
レオンが叫ぶ。
「めちゃくちゃ怖い!」
《18%》
「もっと!」
「死にたくない!」
《17%》
「もっと!」
「お前ら置いて逃げるのも嫌だ!」
《16%》
装置。
警報。
《調律異常》
《自己選択反応》
ロデスが青ざめる。
「停止しろ!」
遅い。
レオンの能力表示。
職業適合率の下。
あの文字。
今度は。
少しだけ。
読めた。
《自――率 2%》
「……何だ?」
装置から。
火花。
爆発。
「伏せろ!」
六人。
そしてシオンの肩。
ポキッ。
「今のは仕方ない!」
煙。
結界が消える。
ガルドが叫ぶ。
「走れ!」
六人は。
再び。
逃げた。




