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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第十七話 昨日まで勇者だった人

「宿代?」


 翌朝。


 宿の主人は怪訝そうな顔をした。


「あなた方、昨夜うちに泊まりました?」


 レオンは固まった。


「泊まりましたけど」


「記録がありません」


「夕飯も食べた」


「私は覚えていません」


「パン二個おかわりした」


「それは知りません」


「結構おいしかった」


「感想はいりません」


 六人は宿の外へ出た。


「また?」


 ノアが青ざめている。


 ハインツ。


 いなかったことになった老人。


 今度は。


 自分たち。


「ティオ!」


 レオンが走る。


 少年の家。


 扉を叩く。


「ティオ!」


 開いた。


 少年が顔を出す。


「……誰?」


 レオンの胸が冷える。


「俺だよ」


「知らない」


「昨日、話しただろ」


「昨日?」


「お姉さんのこと」


 ティオの顔が強張った。


「姉ちゃん?」


 そこは覚えている。


「勇者に助けてほしいって」


「勇者?」


 ティオは首を振る。


「勇者なんて、この町に来てないよ」


 扉が閉まる。


「……俺たちが消されてる」


 ミレイアが言った。


「記憶だけ?」


「今のところ」


 シオンが周囲を見る。


「急いだ方がいい」


「何で?」


「次は存在そのものかもしれない」


 冗談には聞こえなかった。


 六人は町を出ようとした。


 だが。


 北門。


 兵士が槍を交差させた。


「通行証を」


「昨日はそんなのなかっただろ」


「規則です」


「いつから?」


「昔から」


「嘘だろ」


「勇者様」


 兵士が笑った。


「規則には従ってください」


 レオンが固まる。


「俺が勇者って知ってる?」


「当然でしょう」


「でも宿の人は」


「宿屋は宿屋です」


「……何だこれ」


 エルナが静かに兵士を見る。


「あなたの職業は?」


「門衛です」


「門衛の仕事は?」


「町へ不適切な人間を入れないこと」


「私たちは出たいのですが」


「不適切な人間を外へ出さないことも仕事です」


「都合がいいですね」


「門衛ですから」


 エルナの表情が曇る。


「町全体が、職業に従って動いています」


 逃げ道を探した。


 町の西側。


 古い水路。


 シオンが先行する。


「誰もいない」


 ポキッ。


「その報告、ちょっと信用下がる」


「音は関係ない」


 外へ。


 六人は町を抜けた。


「また水路」


 ミレイアが泥を払う。


「最近、冒険より排水路通ってない?」


「世界を救う旅ってこういうもの?」


「多分違う」


 そのまま矯正院へ向かう。


 森の途中。


 矢。


 ヒュッ。


「危ない!」


 レオンがしゃがむ。


 木へ矢が刺さった。


 正確。


 あと少しで頭。


「誰!」


 林の奥。


 セラ。


 ティオの姉。


「矯正区域への接近は禁止されています」


「セラ!」


「私は狩人です」


 弓。


 二本目。


「待って!」


 ノアが前へ出る。


「あなた弟がいるでしょ!」


「狩人に家族情報は必要ありません」


「必要だよ!」


「そこを退いてください」


 ノアは退かなかった。


「ティオは」


 言葉を探す。


「あなたが動物を殺せなくて泣いてた時、一緒に泣いてくれたんでしょ」


 セラの指が。


 わずかに止まる。


「……何の話です」


「昨日聞いた」


「虚偽です」


「本当」


「私は優秀な狩人です」


「でも昔は違った」


「違いません」


「動物を殺せなかった」


「違う!」


 初めて。


 セラが声を荒らげた。


 弓が震える。


「私は狩人です」


「うん」


「私は狩人です」


「セラ」


「私は――」


 涙。


 彼女自身が気づいていない。


 一滴。


 頬を流れた。


「……これは」


 セラが触れる。


 不思議そうに見る。


「何?」


 ノアの顔が歪む。


「悲しいんだよ」


「悲しい?」


「うん」


「狩人に必要ですか?」


「必要かどうかじゃない」


 ノアが一歩近づく。


「あなたの気持ちだよ」


 セラは。


 矢を下ろした。


 その瞬間。


《狩人適合率――100%》


 表示が。


 一瞬だけ揺れる。


《99%》


 全員が見た。


「下がった」


 レオンが呟く。


 矯正済みでも。


 戻れる。


「セラ」


 しかし。


 彼女は頭を押さえた。


「痛い」


「どうした!」


「何か……」


 顔を歪める。


「思い出しちゃ……いけない」


「誰がそんなこと」


「分からない」


 そして。


 遠く。


 矯正院の鐘。


 カァン。


 セラの表情が消える。


《狩人適合率――100%》


「侵入者を排除します」


「また戻った!」


 ガルドが矢を盾で弾く。


「院から制御されている!」


 ミレイアが叫ぶ。


「だったら」


 レオンが白い建物を見る。


「中に原因がある」


「元々入る予定だったでしょ」


「そうだけど今かっこよく言ったの!」


 六人は森へ走った。


 セラの矢が追う。


 だが。


 最後の一本だけ。


 大きく外れた。


 木にも当たらない。


 地面。


 ノアの足元。


 そこには。


 小さく傷がつけられていた。


 矢尻で書かれた文字。


《地下》


 ノアが振り返る。


 セラはもう。


 こちらを見ていなかった。

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