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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第十六話 正しい人しかいない町

世界に嫌われるというのは、もっと分かりやすいものだと思っていた。


 雷が落ちるとか。


 地面が割れるとか。


 突然、空から巨大な魔物が降ってくるとか。


 だからレオンは、最初の異変に気づかなかった。


「……まただ」


 ガルドが地図を閉じた。


「何が?」


「道が違う」


「迷った?」


「三回目だぞ」


「じゃあ迷ってるんじゃない?」


「俺が?」


「地図持ってるのガルドだし」


「お前は少し黙れ」


 中央矯正院があるとされる町へ向かって二日。


 六人は何度も同じ場所へ戻っていた。


 地図では北へ一本道。


 なのに歩いていると、いつの間にか西へ曲がっている。


「ほら」


 ガルドが道標を指差した。


《リーベル 北へ五キル》


「合ってるじゃん」


 レオンが言う。


「さっきまで南だった」


「道標が?」


「ああ」


「誰かが回してる?」


 シオンが柱を調べる。


「固定されている」


 ポキッ。


「お前の指、調査に必要だった?」


「しゃがんだら鳴っただけだ」


 ミレイアが道標へ手を触れる。


「魔法反応は……ない」


「じゃあ普通の看板?」


「普通の看板が自分で向きを変える?」


「怖いこと言うなよ」


 エルナが空を見る。


「ロデスが言っていましたね」


 ――世界は、正しい場所へ戻ろうとする。


「私たちが矯正院へ近づくこと自体を、何かが邪魔しているのかもしれません」


「世界ってそんな暇なの?」


 ノアが言う。


「私たち六人の道案内まで?」


「嫌われたものですね」


「まだ何もしてないのに」


「教会から逃げました」


「したわ」


 そこでミレイアが立ち止まった。


「待って」


 地図を受け取る。


「道を見て進むから戻されるんじゃない?」


「どういうこと?」


「北へ行けという道標を見て北へ進む。その結果、いつの間にか違う道に誘導されている」


「じゃあ?」


 ミレイアは地図を畳んだ。


「道を使わない」


 六人は森へ入った。


「魔法使いの提案とは思えないな」


「文句ある?」


「ない」


 一時間後。


 泥だらけになった。


「ある」


「遅い!」


 それでも。


 森を抜けた先に、町が見えた。


 リーベル。


 小さな町だった。


 城壁はない。


 赤い屋根の家。


 広い畑。


 中央には大きな時計塔。


「着いた!」


 ノアが両腕を上げる。


 町へ入る。


 最初は。


 何の変哲もない場所に見えた。


「いらっしゃいませ!」


 パン屋の男が元気よく声をかける。


「焼きたてですよ!」


「いい匂い」


 レオンの腹が鳴った。


「買う?」


「当然」


 一つ取る。


「おいしい!」


「ありがとうございます!」


 パン屋は笑う。


「パンを焼くことこそ、私の幸福です!」


「……うん?」


 隣。


 鍛冶屋。


「剣をお探しですか!」


「いや」


「鍛冶こそ我が人生!」


 反対側。


 花屋。


「花を育てることが私の使命です!」


 レオンが足を止めた。


「何か……」


「変ね」


 ミレイアも気づいていた。


 町の人々は皆、明るい。


 親切。


 働き者。


 なのに。


 全員が。


 自分の職業の話しかしない。


「こんにちは!」


 ノアが道端の少女へ声をかけた。


「こんにちは」


「何してるの?」


「裁縫です」


「好きなの?」


「私は裁縫師ですから」


「じゃなくて。好き?」


 少女は首を傾げた。


「裁縫師は裁縫をします」


「……うん」


 答えになっていない。


 時計塔。


 正午を告げる鐘が鳴る。


 カァン。


 一回。


 その瞬間。


 町中の人間が。


 同時に。


 手を止めた。


「え?」


 パン屋も。


 鍛冶屋も。


 花屋も。


 少女も。


 一秒。


 二秒。


 全員が静止する。


 そして。


 何事もなかったように再び動き出した。


「今の見た?」


 ノアの声が小さくなる。


「ああ」


 シオン。


 エルナが眉を寄せる。


「鐘に何かあるのかもしれません」


 その時。


「お兄ちゃん」


 服の裾を引かれた。


 十歳くらいの少年。


 茶色い髪。


 痩せている。


「勇者?」


「一応」


「本物?」


「多分」


「そこは自信持って」


 ミレイアが言う。


 少年はレオンの腰の剣を見る。


「お願いがある」


「何?」


 少年は周囲を確認した。


 そして。


 小さな声で言った。


「姉ちゃんを、元に戻して」


 レオンたちの表情が変わった。


「名前は?」


「ティオ」


「お姉さんは?」


「セラ」


「何があった?」


 ティオは唇を噛んだ。


「姉ちゃんは狩人なんだ」


「うん」


「でも」


 一度、俯く。


「動物を殺せなかった」


 ノアが少年を見る。


「それで?」


「父ちゃんが、矯正院へ連れていった」


 六人が黙る。


「帰ってきたよ」


「なら」


「でも」


 ティオの目に涙が浮かんだ。


「俺のこと、弟だって分からなくなってた」


 レオンの胸が締めつけられる。


「どこにいる?」


 ティオが指を差す。


 町の外れ。


 一人の女性が歩いていた。


 十八歳ほど。


 弓を背負っている。


 姿勢。


 歩幅。


 視線。


 すべてが無駄なく整っている。


「姉ちゃん!」


 ティオが走った。


 女性が振り返る。


「何ですか」


「姉ちゃん」


「私は狩人セラです」


「知ってるよ」


「あなたは?」


 少年の足が止まる。


「……ティオ」


「そうですか」


「姉ちゃんが付けてくれたあだ名、覚えてる?」


「狩猟に必要な情報ですか?」


「違うよ」


「なら必要ありません」


 女性は歩き出す。


 ティオは。


 追わなかった。


 ノアが拳を握っていた。


「……ひどい」


 レオンは何も言えなかった。


 アルベルト。


 ハインツが話した子供たち。


 そして今。


 目の前にいる。


 これが。


 《矯正後》。


 夕方。


 ティオが六人を町外れの丘へ案内した。


「矯正院は?」


「あそこ」


 森。


 その奥。


 白い建物。


 教会より巨大。


 高い塀。


 鉄門。


 中央に。


 神の紋章。


「中央矯正院」


 ガルドが呟く。


「本当にあったな」


 ティオがレオンを見る。


「勇者なら」


「うん」


「姉ちゃんを助けられる?」


 レオンは答えようとした。


 その瞬間。


《勇者適合率――16%》


「…………」


「どうしたの?」


 ティオ。


「何でもない」


 助けると言えば。


 また上がるのかもしれない。


 それでも。


 レオンは少年を見る。


「約束はできない」


「え?」


「でも調べる」


 一度。


 怖くなった。


 矯正院に入れば。


 教会に捕まるかもしれない。


 自分も。


 アルベルトのようになるかもしれない。


「怖いけど」


 レオンは笑った。


「行ってみる」


 ティオも。


 少し笑った。


 その夜。


 町の時計塔。


 誰もいない最上階。


 歯車が回る。


 その中央で。


 一枚の金属板に文字が浮かんだ。


《不適合個体六名》


《矯正区域への侵入を確認》


《地域補正――開始》


 翌朝。


 リーベルの住民全員が。


 六人を知らないことになっていた。

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