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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第十五話 世界から逃げる

「もう一回見せて」


 宿。


 ミレイアの能力表示を、六人が囲んでいた。


《魔法使い適合率――21%》


「本当に下がってる」


 ノア。


「昨日二十二だった?」


「鉱山に着いた時に確認した」


「何したから?」


 ガルドが問う。


「調律環を壊した?」


「それだけなら装備解除でしょう」


 エルナ。


「もっと重要なのは」


 ミレイアが言った。


「正規の詠唱を使わなかったことかも」


「職業らしくないことをした?」


 レオン。


「多分」


 沈黙。


 それが正しいなら。


 話が変わる。


 適合率は。


 上がるだけではない。


「戻れる」


 ノアが言った。


「私たち……戻れるんじゃない?」


 ガルドが慎重に答える。


「まだ一例だ」


「でも可能性はある」


「試す?」


 全員がシオンを見る。


「なぜ俺を見る」


「一番分かりやすい」


「何が」


「忍者らしくないことして」


「いつも関節鳴らしてる」


「それは体質」


「じゃあ何をしろ」


 レオンが考える。


「町の真ん中で自己紹介?」


「殺すぞ」


「忍者っぽくない」


「お前から殺す」


 そんな話をしていた時。


 宿の外。


 馬の音。


 十数頭。


 止まる。


 シオンの表情が変わる。


「囲まれた」


「誰に?」


「鎧」


 窓から見る。


 白銀。


 教会騎士。


 十五人。


 先頭。


 ロデス。


「早いな」


 レオンが立つ。


 ノック。


 三回。


「勇者レオン・アルヴァ様」


 穏やかな声。


「中央教会です」


「居留守?」


 ノア。


「馬鹿」


 ミレイア。


「窓から見られてる」


「じゃあ裏口」


「そっちにもいる」


 ガルドが言う。


「完全に逃走犯みたいだな」


「何もしてないのに」


 扉を開ける。


 ロデスが微笑んでいた。


「またお会いしましたね」


「何の用です?」


「皆様を中央教会までお連れします」


「招待?」


「保護です」


「断ったら?」


「治療が必要です」


「俺たち病気じゃない」


「天職との不適合は」


 ロデスの声が少し低くなる。


「治すべき異常です」


 背後。


 教会騎士。


「嫌です」


 レオンが答えた。


「即答ですか」


「最近、教会からいい思い出ないので」


「勇者様」


 ロデスはため息をつく。


「世界には秩序が必要です」


「それで?」


「戦士は強く」


 ガルドを見る。


「魔法使いは正しく詠唱し」


 ミレイア。


「魔物使いは魔物を従え」


 ノア。


「忍者は音を消し」


 シオン。


「僧侶は神を信じ」


 エルナ。


 そして。


「勇者は恐れず戦う」


 レオン。


「それが正しい姿です」


「誰が決めた」


 レオンが言った。


「神です」


「神に聞いた?」


 ロデスの眉が動く。


 エルナが小さく笑った。


「私の台詞を取りましたね」


「便利だから」


「使用料をいただきます」


「今?」


 ロデスの表情から笑みが消えた。


「連行してください」


 騎士が動く。


「走れ!」


 レオンが叫んだ。


「勇者が逃げるの!?」


 ノア。


「今こそ適合率下げるんだよ!」


「納得!」


 裏窓。


 ガルドが机を投げて塞ぐ。


「筋力上がって便利!」


「喜ぶな!」


 ミレイアが煙幕。


 シオンが先行。


 ポキッ。


「こっちだ!」


「案内音になってる!」


「今だけだ!」


 六人は宿の裏へ飛び出した。


 教会騎士。


 三人。


「止まれ!」


「止まらない!」


 レオンは剣を抜かない。


 ガルドが一人の槍を受け流す。


 ノアが馬小屋を開ける。


「ごめん!」


 馬が一斉に飛び出す。


「うわっ!」


 騎士たちが散る。


「動物使えてる!」


「魔物じゃないから!」


 町の市場へ。


 露店。


 人混み。


「勇者様!」


 誰かが気づく。


「今逃げてるから後で!」


 レオンは手を振る。


《勇者適合率――16%》


「何で上がるんだよ!」


「民衆に応えたからじゃない!?」


「もう勇者やめたい!」


「それ言えば下がるかも!」


 北門。


 閉まり始める。


「間に合わない!」


 ミレイアが杖を構える。


「破壊する?」


「だめ! 町の門!」


「じゃあ」


 ガルドが見る。


「脇の水路」


「狭いぞ」


「行くしかない」


 六人で飛び込む。


 腰まで水。


「冷たっ!」


 ノアが叫ぶ。


「勇者パーティーの逃走方法じゃない!」


「だからいいんだよ!」


 門の外。


 川へ。


 泥だらけ。


 シオンの黒装束は水を吸って重くなり。


 ガルドは途中で転び。


 ミレイアは杖を流しかけ。


 エルナはずっと文句を言っていた。


「最悪です」


「僧侶なら神に祈れば?」


「殺しますよ」


「僧侶の台詞じゃない!」


 それでも。


 逃げた。


 戦わなかった。


 教会騎士を倒さなかった。


 正々堂々名乗りもしなかった。


 勇者らしく。


 まったくなかった。


 夕方。


 森。


 追手の気配が消える。


 六人は泥だらけで地面へ倒れた。


「ひどい」


 ミレイア。


「何が?」


「勇者パーティーの旅じゃない」


「俺もそう思う」


 レオンは仰向けになった。


「でも逃げ切った」


「世界を救う人たちが教会から逃げてるんだけど」


「新しいだろ」


「新しくなくていいところが新しい」


 ノアが笑った。


 その時。


 レオンの視界。


 文字。


《勇者適合率――16%》


 点滅。


《15%》


「…………」


 起き上がる。


「下がった」


 五人が見る。


「本当?」


「十五」


 シオンも能力表示を開く。


「俺も」


《忍者適合率――18%→17%》


 ガルド。


《戦士適合率――24%→23%》


 ノア。


《魔物使い適合率――12%→11%》


 エルナ。


《僧侶適合率――15%→14%》


 ミレイアは。


 二十一のまま。


「何で私だけ?」


「今日お前、魔法使いらしかったからじゃない?」


「何それ腹立つ」


 でも。


 誰も笑いを抑えられなかった。


 戻れる。


 確実に。


「じゃあ」


 ノアが言った。


「職業と逆のことすればいいの?」


「単純ではなさそうだ」


 ガルドが答える。


「俺は今日、戦闘を避けた」


 シオン。


「俺は人目につく場所を走った」


 エルナ。


「私は教会に逆らいました」


「それ普段からだろ」


「黙ってください」


 レオンは考える。


「もしかして」


「何?」


「職業と逆のことをしたからじゃない」


 自分の胸へ手を置く。


「自分で選んだからじゃないかな」


 五人が黙る。


「教会に従えば楽だった」


 強くなれる。


 怖くなくなる。


「でも俺たちは逃げるって決めた」


 ガルドが言う。


「命令ではなく、自分たちで」


「ああ」


 ミレイアが小さく息を吐いた。


「つまり」


「職業が決めた行動じゃなく」


 レオンは笑った。


「自分が決めた行動をすれば、戻れるのかもしれない」


 その瞬間。


 六人の能力表示が。


 同時に揺れた。


 今まで存在しなかった空白。


 職業適合率の下。


 一瞬だけ。


 文字が浮かぶ。


《――――率 1%》


「見た?」


 ノアが立ち上がる。


「今、何か出た!」


「文字が欠けていた」


 ミレイア。


「率……一%」


 エルナ。


「何の数値でしょう」


 すぐに消えた。


 レオンは表示を触る。


 戻らない。


「分からない」


 でも。


 胸の奥。


 不思議と嫌な感じはしなかった。


 職業適合率とは違う。


 まるで。


 六人が初めて。


 この世界に存在しなかった何かを生み出したような。


 そんな気がした。


 ガルドが立ち上がる。


「次はどこへ行く」


 シオンが盗賊の関所から持ち出した帳簿を開く。


 一つの地名。


《中央矯正院》


 所在地の横。


 小さな町の名が記されている。


「ここだ」


 レオンは見る。


 王都とは反対。


 さらに北。


 魔王領へ向かう道の途中。


「行こう」


 ミレイアが聞く。


「矯正院に?」


「ああ」


「教会に追われてるのに?」


「だから行く」


「勇者らしくないわね」


「いいことじゃん」


 レオンは立ち上がった。


 泥だらけ。


 剣も弱い。


 魔法もない。


 教会から逃走中。


 どこから見ても。


 立派な勇者ではなかった。


「まず」


 レオンが言う。


「俺たちより前にいた不適合者たちに、何があったのか調べる」


 そして。


「魔王を倒す前に」


 遠く。


 夕暮れの空を見る。


「この世界が、俺たちに何をしようとしてるのか知ろう」


 六人は歩き出した。


 その頃。


 エスタの中央教会。


 ロデスは一枚の報告書を前にしていた。


《対象六名、捕獲失敗》


《適合率低下現象を確認》


 その下。


 ロデス自身が書いたのではない文字が。


 勝手に。


 紙の上へ浮かんだ。


《異常度上昇》


《自己選択反応、発生》


《世界補正を開始します》


 ロデスの顔から。


 初めて。


 血の気が引いた。


「……まさか」


 彼は立ち上がる。


「この段階まで進んだのか」


 教会の鐘が鳴った。


 一度。


 二度。


 三度。


 誰も鐘楼にはいなかった。


 それでも。


 鐘は鳴り続ける。


 まるで世界そのものが。


 六人の存在を。


 拒絶するように。

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