第十五話 世界から逃げる
「もう一回見せて」
宿。
ミレイアの能力表示を、六人が囲んでいた。
《魔法使い適合率――21%》
「本当に下がってる」
ノア。
「昨日二十二だった?」
「鉱山に着いた時に確認した」
「何したから?」
ガルドが問う。
「調律環を壊した?」
「それだけなら装備解除でしょう」
エルナ。
「もっと重要なのは」
ミレイアが言った。
「正規の詠唱を使わなかったことかも」
「職業らしくないことをした?」
レオン。
「多分」
沈黙。
それが正しいなら。
話が変わる。
適合率は。
上がるだけではない。
「戻れる」
ノアが言った。
「私たち……戻れるんじゃない?」
ガルドが慎重に答える。
「まだ一例だ」
「でも可能性はある」
「試す?」
全員がシオンを見る。
「なぜ俺を見る」
「一番分かりやすい」
「何が」
「忍者らしくないことして」
「いつも関節鳴らしてる」
「それは体質」
「じゃあ何をしろ」
レオンが考える。
「町の真ん中で自己紹介?」
「殺すぞ」
「忍者っぽくない」
「お前から殺す」
そんな話をしていた時。
宿の外。
馬の音。
十数頭。
止まる。
シオンの表情が変わる。
「囲まれた」
「誰に?」
「鎧」
窓から見る。
白銀。
教会騎士。
十五人。
先頭。
ロデス。
「早いな」
レオンが立つ。
ノック。
三回。
「勇者レオン・アルヴァ様」
穏やかな声。
「中央教会です」
「居留守?」
ノア。
「馬鹿」
ミレイア。
「窓から見られてる」
「じゃあ裏口」
「そっちにもいる」
ガルドが言う。
「完全に逃走犯みたいだな」
「何もしてないのに」
扉を開ける。
ロデスが微笑んでいた。
「またお会いしましたね」
「何の用です?」
「皆様を中央教会までお連れします」
「招待?」
「保護です」
「断ったら?」
「治療が必要です」
「俺たち病気じゃない」
「天職との不適合は」
ロデスの声が少し低くなる。
「治すべき異常です」
背後。
教会騎士。
「嫌です」
レオンが答えた。
「即答ですか」
「最近、教会からいい思い出ないので」
「勇者様」
ロデスはため息をつく。
「世界には秩序が必要です」
「それで?」
「戦士は強く」
ガルドを見る。
「魔法使いは正しく詠唱し」
ミレイア。
「魔物使いは魔物を従え」
ノア。
「忍者は音を消し」
シオン。
「僧侶は神を信じ」
エルナ。
そして。
「勇者は恐れず戦う」
レオン。
「それが正しい姿です」
「誰が決めた」
レオンが言った。
「神です」
「神に聞いた?」
ロデスの眉が動く。
エルナが小さく笑った。
「私の台詞を取りましたね」
「便利だから」
「使用料をいただきます」
「今?」
ロデスの表情から笑みが消えた。
「連行してください」
騎士が動く。
「走れ!」
レオンが叫んだ。
「勇者が逃げるの!?」
ノア。
「今こそ適合率下げるんだよ!」
「納得!」
裏窓。
ガルドが机を投げて塞ぐ。
「筋力上がって便利!」
「喜ぶな!」
ミレイアが煙幕。
シオンが先行。
ポキッ。
「こっちだ!」
「案内音になってる!」
「今だけだ!」
六人は宿の裏へ飛び出した。
教会騎士。
三人。
「止まれ!」
「止まらない!」
レオンは剣を抜かない。
ガルドが一人の槍を受け流す。
ノアが馬小屋を開ける。
「ごめん!」
馬が一斉に飛び出す。
「うわっ!」
騎士たちが散る。
「動物使えてる!」
「魔物じゃないから!」
町の市場へ。
露店。
人混み。
「勇者様!」
誰かが気づく。
「今逃げてるから後で!」
レオンは手を振る。
《勇者適合率――16%》
「何で上がるんだよ!」
「民衆に応えたからじゃない!?」
「もう勇者やめたい!」
「それ言えば下がるかも!」
北門。
閉まり始める。
「間に合わない!」
ミレイアが杖を構える。
「破壊する?」
「だめ! 町の門!」
「じゃあ」
ガルドが見る。
「脇の水路」
「狭いぞ」
「行くしかない」
六人で飛び込む。
腰まで水。
「冷たっ!」
ノアが叫ぶ。
「勇者パーティーの逃走方法じゃない!」
「だからいいんだよ!」
門の外。
川へ。
泥だらけ。
シオンの黒装束は水を吸って重くなり。
ガルドは途中で転び。
ミレイアは杖を流しかけ。
エルナはずっと文句を言っていた。
「最悪です」
「僧侶なら神に祈れば?」
「殺しますよ」
「僧侶の台詞じゃない!」
それでも。
逃げた。
戦わなかった。
教会騎士を倒さなかった。
正々堂々名乗りもしなかった。
勇者らしく。
まったくなかった。
夕方。
森。
追手の気配が消える。
六人は泥だらけで地面へ倒れた。
「ひどい」
ミレイア。
「何が?」
「勇者パーティーの旅じゃない」
「俺もそう思う」
レオンは仰向けになった。
「でも逃げ切った」
「世界を救う人たちが教会から逃げてるんだけど」
「新しいだろ」
「新しくなくていいところが新しい」
ノアが笑った。
その時。
レオンの視界。
文字。
《勇者適合率――16%》
点滅。
《15%》
「…………」
起き上がる。
「下がった」
五人が見る。
「本当?」
「十五」
シオンも能力表示を開く。
「俺も」
《忍者適合率――18%→17%》
ガルド。
《戦士適合率――24%→23%》
ノア。
《魔物使い適合率――12%→11%》
エルナ。
《僧侶適合率――15%→14%》
ミレイアは。
二十一のまま。
「何で私だけ?」
「今日お前、魔法使いらしかったからじゃない?」
「何それ腹立つ」
でも。
誰も笑いを抑えられなかった。
戻れる。
確実に。
「じゃあ」
ノアが言った。
「職業と逆のことすればいいの?」
「単純ではなさそうだ」
ガルドが答える。
「俺は今日、戦闘を避けた」
シオン。
「俺は人目につく場所を走った」
エルナ。
「私は教会に逆らいました」
「それ普段からだろ」
「黙ってください」
レオンは考える。
「もしかして」
「何?」
「職業と逆のことをしたからじゃない」
自分の胸へ手を置く。
「自分で選んだからじゃないかな」
五人が黙る。
「教会に従えば楽だった」
強くなれる。
怖くなくなる。
「でも俺たちは逃げるって決めた」
ガルドが言う。
「命令ではなく、自分たちで」
「ああ」
ミレイアが小さく息を吐いた。
「つまり」
「職業が決めた行動じゃなく」
レオンは笑った。
「自分が決めた行動をすれば、戻れるのかもしれない」
その瞬間。
六人の能力表示が。
同時に揺れた。
今まで存在しなかった空白。
職業適合率の下。
一瞬だけ。
文字が浮かぶ。
《――――率 1%》
「見た?」
ノアが立ち上がる。
「今、何か出た!」
「文字が欠けていた」
ミレイア。
「率……一%」
エルナ。
「何の数値でしょう」
すぐに消えた。
レオンは表示を触る。
戻らない。
「分からない」
でも。
胸の奥。
不思議と嫌な感じはしなかった。
職業適合率とは違う。
まるで。
六人が初めて。
この世界に存在しなかった何かを生み出したような。
そんな気がした。
ガルドが立ち上がる。
「次はどこへ行く」
シオンが盗賊の関所から持ち出した帳簿を開く。
一つの地名。
《中央矯正院》
所在地の横。
小さな町の名が記されている。
「ここだ」
レオンは見る。
王都とは反対。
さらに北。
魔王領へ向かう道の途中。
「行こう」
ミレイアが聞く。
「矯正院に?」
「ああ」
「教会に追われてるのに?」
「だから行く」
「勇者らしくないわね」
「いいことじゃん」
レオンは立ち上がった。
泥だらけ。
剣も弱い。
魔法もない。
教会から逃走中。
どこから見ても。
立派な勇者ではなかった。
「まず」
レオンが言う。
「俺たちより前にいた不適合者たちに、何があったのか調べる」
そして。
「魔王を倒す前に」
遠く。
夕暮れの空を見る。
「この世界が、俺たちに何をしようとしてるのか知ろう」
六人は歩き出した。
その頃。
エスタの中央教会。
ロデスは一枚の報告書を前にしていた。
《対象六名、捕獲失敗》
《適合率低下現象を確認》
その下。
ロデス自身が書いたのではない文字が。
勝手に。
紙の上へ浮かんだ。
《異常度上昇》
《自己選択反応、発生》
《世界補正を開始します》
ロデスの顔から。
初めて。
血の気が引いた。
「……まさか」
彼は立ち上がる。
「この段階まで進んだのか」
教会の鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
誰も鐘楼にはいなかった。
それでも。
鐘は鳴り続ける。
まるで世界そのものが。
六人の存在を。
拒絶するように。




