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『勇者ですが、勇気しかありません』  作者: asnt2026


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第十四話 噛めない魔法使い

帳簿と一緒に見つかった物の中に。


 ミレイアが気にしている物があった。


 銀色の細い首輪。


《詠唱調律環》


 説明書にはこうある。


《魔導職における発音・思考・感情の乱れを補正し、最適詠唱状態を維持する》


「感情の乱れまで?」


 レオンが読む。


「それ魔法に必要?」


「集中を邪魔するからでしょうね」


 ミレイアが答えた。


 目は。


 首輪から離れない。


「試さないよね?」


 ノアが聞く。


「試すわけないでしょう」


 即答。


 しかし。


 その夜。


 ミレイアは一人で首輪を見ていた。


 幼い頃。


 初めて魔法を見た。


 空いっぱいに広がった光。


 美しかった。


 自分も使いたいと思った。


 勉強した。


 誰よりも。


 理論だけなら先生にも負けなかった。


 なのに。


 詠唱になると笑われた。


「しゃくねちゅ」


 教室で笑い声。


「ぐれん」


 また笑われる。


 天才なのに魔法が使えない。


 何度言われたか。


「…………」


 銀の輪。


 これを使えば。


 完璧になれる。


 一度だけ。


 ミレイアは装着した。


 冷たい。


 次の瞬間。


 頭の中が。


 静かになった。


 余計なことを考えなくなる。


 発音が。


 最適な形で浮かんでくる。


「紅蓮を司りし灼熱の炎よ」


 完璧。


「我が魔力に従い、敵を焼き尽くせ」


 一度も噛まない。


 魔法陣。


 巨大。


 これまでの倍。


「……すごい」


 自分の声なのに。


 自分ではないような声。


 感動するべきだった。


 ずっと欲しかった。


 それなのに。


 何も感じない。


 嬉しくない。


 悔しくない。


 怖くない。


 ただ。


《正常》


 それだけが頭にあった。


「ミレイア?」


 扉。


 レオン。


「何して――」


 首輪を見た。


「それ!」


「問題ない」


「外せ!」


「なぜ?」


 レオンが止まる。


 その言い方。


 冷たい。


「ミレイア」


「私は魔法使いよ」


「知ってる」


「なら、魔法が正しく使える状態になることに問題はない」


「ある」


「何が?」


「今のお前、気持ち悪い」


 ミレイアの眉がほんの少し動いた。


「失礼ね」


「それでもいい。外せ」


「嫌よ」


 初めて。


 レオンは怖くなった。


 目の前にいるのは確かにミレイア。


 でも。


 何かが違う。


 そこへ。


 鐘。


 町の外から。


 爆発音。


「何だ!?」


 窓へ。


 北側の鉱山から煙。


 鉱山事故だった。


 坑道の一部が崩落。


 十数人の鉱夫が中に取り残された。


 六人は走った。


「入り口が!」


 鉱山責任者が叫ぶ。


 岩。


 大量。


 ガルドが見る。


「人力では無理だ」


「魔法なら?」


 レオン。


 ミレイアが岩を見る。


「破壊魔法を使えば除去できる」


「中の人は?」


「衝撃で死亡する可能性が三十七%」


 レオンが振り返る。


「だったら別の方法!」


「最も効率がいい」


「三十七%死ぬんだぞ!」


「全員死ぬよりまし」


 言葉が止まった。


 ミレイア自身も。


 一瞬。


 自分が何を言ったのか分からないような顔をする。


「……私」


 首輪へ手を伸ばす。


 震えている。


「外せ」


 レオンが言った。


「でも」


「外せ」


「これがあれば強い魔法が使える」


「知ってる」


「助けられるかもしれない」


「それでも」


 レオンはミレイアを見る。


「お前が考えろ」


「…………」


「魔法使いとしてじゃなく」


 手を差し出す。


「ミレイアとして」


 長い沈黙。


 首輪が外れた。


 地面へ落ちる。


 カラン。


 ミレイアが大きく息を吐く。


「……最悪」


「何が?」


「今の私」


「そうだな」


「否定しなさいよ!」


「戻った」


「何よそれ!」


 目に涙。


 でも。


 怒っている。


 それを見て。


 レオンは安心した。


「で」


 ミレイアは坑道を見る。


「別の方法」


 杖を握る。


「崩れた岩を一気に壊すから危ない」


「うん」


「なら、一個ずつ動かす」


「できる?」


「普通の呪文にはない」


「じゃあ?」


 ミレイアが笑った。


「作る」


「今から!?」


「私、魔法理論は天才だから」


「自分で言う?」


「事実」


 魔法とは。


 決められた言葉を正確に唱えるもの。


 ずっとそう教えられてきた。


 でも。


 ミレイアは昔から疑問だった。


 なぜ、その言葉なのか。


 なぜ一文字違えば失敗するのか。


 滑舌が悪かったから。


 誰よりも考えた。


「全部言えないなら」


 杖を構える。


「必要な部分だけ言えばいい」


「そんなことできる?」


「知らない!」


「怖!」


「やるしかないでしょ!」


 魔法陣。


「岩を……」


 噛む。


「い、岩を、ひ、ひとちゅ……」


「頑張れ!」


「うるさい!」


 深呼吸。


 長い詠唱を捨てる。


 一言。


「浮け!」


 光。


 岩が。


 わずかに持ち上がった。


「……え?」


 全員が固まる。


「浮いた!」


 ミレイア自身が一番驚いていた。


「もう一回!」


「浮け!」


 二つ目。


 三つ目。


 ガルドとレオンが移動させる。


 ノアが中の人の声を探す。


 シオンが隙間へ潜る。


 ポキッ。


「ここだ!」


「その音役立ってる!」


「今は言うな!」


 エルナが負傷者を治療する。


 二時間。


 最後の一人が救出された。


 死者。


 ゼロ。


 ミレイアは地面に座り込んだ。


「できた……」


 レオンが隣へ座る。


「噛んだけどな」


「うるさい」


「でも」


 彼女を見る。


「今の魔法、誰にも教わってないだろ」


「うん」


「だったら」


 レオンは笑った。


「前より魔法使いっぽいんじゃない?」


「それ褒めてる?」


「多分」


 ミレイアは少し考えて。


 笑った。


「じゃあ、受け取っておく」


 足元。


 銀の首輪。


 ミレイアは拾う。


 そして。


 石の上へ置いた。


「ガルド」


「何だ」


「壊して」


「いいのか」


「お願い」


 ガルドが大剣を振り下ろす。


 銀の輪が砕けた。


 その瞬間。


 ミレイアの能力表示。


《魔法使い適合率――22%》


 数字が。


 一瞬揺れた。


《21%》


「……下がった」


 ミレイアの声。


「え?」


 全員が見る。


 二十二から。


 二十一へ。


 適合率が。


 初めて。


 下がった。

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