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終戦後のヨルシャ国は、近隣諸国に魔道具の脅威を見せつけたおかげで、平和な日々が続いている。
とはいえ、ギルフォードが率いる王立特殊諜報軍が暇を持て余しているわけではない。
そんなわけで本日ギルフォードは、エリアスと共に森の害獣駆除に駆り出されている──
*
「あのさぁ、熊を駆除するのに魔道具って必要なの?」
カッポカッポと馬の蹄の音を響かせながら、エリアスは並走するギルフォードに真顔で尋ねる。
「さあな。ただ要請を受けたなら出動するしかない」
生真面目に答えたギルフォードだが、面倒事を押し付けやがってと言いたげな表情だ。
ギルフォードが隊長を務める王立特殊諜報軍は、その名の通り国王直下で、ヨルシャ国のありとあらゆる面倒事を請け負う部署である。
出来立てほやほやのこの部署は、闘神ギルフォードのおかげで他部署から見下されることはないが、やたらめったら支援要請が多い。
(だからといって、熊狩りはないだろう)
森の中を巡回しながら、ギルフォードは机に山積みの書類を思い出して苦い気持ちになる。
「ギル―、そんな怖い顔してたら熊が驚いちゃうよ」
「そのまま森の奥まで引っ込んでもらえたら本望だ」
いくら狂暴な熊とはいえ、人里に降りてこなければ討伐する理由はない。
そんな気持ちから思ったままを口にすれば、エリアスはぷっと噴き出した。
「あの時も、ギルがこんな怖い顔をしてくれてたら熊に会わなかったのにねー」
「ん?……あっ!」
一瞬なんのことかわからず首を傾げたギルフォードだが、すぐに思い出した。
エリアスの家出に付き合わされた、あの日の出来事を──
*
幼い頃、ギルフォード・ディアスにとってエリアス・ガルシュは、親友というより一つ年下の手のかかる弟のような存在だった。
会えばちょこまかと後ろをくっついてまわり、居なくなったと思えば木に登って降りれなくなったり、噴水にダイブする。一言で表すなら、手のかかる存在だった。
でもギルフォードは、不思議とエリアスのことを疎ましいと思ったことはない。
多少、イラっとすることはあれど、エリアスから屈託のない笑顔を向けられると、どんなことでも”まぁ、いっか”と思ってしまうのだ。
とはいえ、一緒に家出をしようと誘われたギルフォードは、さすがに返答に困ってしまった。
「──ギル、駄目……かなぁ?」
学習時間が終わって、夕食までの自由時間。ギルフォードは大きな籠を持って屋敷の裏にある森に入ろうとしていた矢先、見知った家門の馬車が到着した。
そこから単身エリアスが飛び出してきて、家出をお誘いを受けたのだ。
突飛な提案に言葉をなくすギルフォードに、エリアスから上目づかいで尋ねられてしまった。ギルフォードは思わず目を逸らしてしまう。
まだ6歳のギルフォードには、上手く断わる話術は持ち合わせていない。
一方、エリアスの瞳は、涙で滲んでいながらも強い決意が見え隠れしている。
普段は素直なくせに妙に頑固なところがあるエリアスは、優しく諭したところで、大人しく帰ってくれるはずがない。
(仕方がない……付き合ってやるか)
ちょうど持病で臥せっている乳母に、木苺を摘みに行こうと思っていたところだ。
日暮れまで、まだ時間がある。その頃には、エリアスの家出願望もおさまっているだろう。それに何より、木苺積みは二人の方が効率がいい。
そう判断したギルフォードは、大きな籠を持ってエリアスと共に屋敷の裏にある森の中へと入っていった。
「ねぇ、ギル……僕はね剣術が嫌いなわけじゃないんだよ。でもね、姉上と手合わせすると身体が勝手に震えて木刀を落としちゃうんだ……僕だってちゃんとやりたいのに……」
「そうか」
「姉上はね、そんな僕を見て気合が足りないって怒るんだ。でもさ、姉上の怖さは気合でどうこうできるもんじゃないのに……」
「そうか」
「父上も母上は、僕が姉上にしごかれてるのに”仲がいいわね”って笑うんだ。ぜんぜん仲良くなんかないのに!確かに姉上はニコニコしてるよ。でも僕は涙目なんだよ?それってさ、父上も母上も、姉上しか見てないってことだよね?僕なんてどうでもいいってことじゃん!」
「そうか」
「……ねぇ、ギル。僕の話、聞いてる?」
「そうか」
「聞いてないじゃん!!」
エリアスが憤慨しても、ギルフォードは黙々と手を動かしている。
だいぶ西に陽が傾いてきたというのに、木苺は籠の半分しかない。これはエリアスが手を動かさずに、口を動かし続けた結果である。
しかし家出のつもりで森にいるエリアスに、もっと木苺を摘めと言うのは筋違いだ。
家出に付き合ってやってる対価として要求することもできなくはないが、エリアスに損得勘定をするのは、なんだか気分が悪い。
そんな気持ちでいるギルフォードは、黙々と手を動かし続けているのだが、エリアスは別の意味に捉えてしまった。
「もういい。どうせギルも家出なんかする暇があったら、もっと剣術を頑張れって言いたいんだよね!」
返事に困る正論を放ったエリアスに、ギルフォードは肯定も否定もできない。
「いや、エリアスが頑張ってるのはわかってる」
「じゃあ、なんで僕の話を聞いてくれないの?」
「それは……」
「もういい!!」
痴話げんかのようなやり取りが森の中にこだまする。
鳥たちのさえずりが、心なしか呆れ声に聞こえるのは気のせいだろうか。
「エリアス、僕が悪かった。とりあえず屋敷に戻ろう……今日は泊まればいい。ゆっくり話を聞くから」
日が暮れてきたこともあり、ギルフォードはうっかり家出したことを忘れてそんな提案をしてしまう。すぐさまエリアスは半目になった。
「やだね!僕は帰らない!!」
そう言い放ったエリアスは、すくっと立ち上がるとギルフォードに背を向けて、森の奥へと消えて行ってしまった。
普段のどんくさいエリアスとは思えない素早い動きに、ギルフォードは啞然としてしまう。
「嘘だろ……あいつにこんな特技があったなんて……」
どうしてその素早さを剣術に活かせないのかと頭を悩ましたのは一瞬のこと。ギルフォードは籠を掴むと、急いでエリアスの後を追った。




