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「まったくもう!エリアスったら、感謝の気持ちを伝える日になんてことしてくれたの!」
「……ごめん」
「不安なら提出前に私に見せてって言ったでしょ!?」
「……ごめん」
並走して馬を走らせながら、クローネはエリアスに小言を浴びせ続ける。
一方、エリアスは謝り続けることしかできない。
今日は父の日で、大切なギルフォードに日頃の感謝を伝える日。
それはわかっているが、エリアスにとったら好きな子と二人っきりで外出というドキドキのシチュエーションでもある。
それなのにこの状況……エリアスは己の不甲斐なさにしょっぱい気持ちでいっぱいだ。でもやっぱり嬉しい。
そんな複雑な心境を口にしないよう、グッと唇を引き締めながらエリアスは馬を走らせ続け、ギルフォードがいる軍本部に到着した。
長い廊下にエリアスとクローネの軍靴の音と、包みのカシャカシャ音が重なる。
「……ねぇ、クローネ……行き違いになったりとかしないよね」
不安そうな顔をするエリアスに、クローネは前を向きながら口を開いた。
「あなたの書類を見直してるのよ?そんなすぐに終わるわけないわ」
「そぉ-だねぇー」
大きく頷くことで、更にしょっぱくなった気持ちを隠したエリアスは、その後は無言で廊下を歩き続ける。
そして王立特殊諜報軍の執務室に到着すると、軽くノックをして扉を開けた。
「ギル、お疲れー」
「っ!……どうしたんだ?」
執務机でしかめっ面で書類を見ていたギルフォードは、エリアスとクローネが入室した途端、目を見開いた。
冷静沈着なギルフォードを驚かせることができたので、とりあえずサプライズは成功だ。
さっきまでしょんぼりしていたのが嘘のように、エリアスはウキウキした気持ちになる。隣にいるクローネも、まんざらでもない表情だ。
更にうれしくなったエリアスは、足取り軽くギルフォードの執務机に移動してこう問いかけた。
「ねぇ、ギル。今日は何の日か知ってる?」
「お前の尻拭いをする日だ」
書類を手にしたまま、ギルフォードは容赦ない返答をする。
これ以上ないほど正しい回答をもらったエリアスは、しおしおと項垂れることしかできない。
そんなエリアスを見て、ギルフォードは書類を机の上に置きクスリと笑った。
「そう落ち込むな。どんなミスであれ、部署内で解決できることなら問題ない。それに……こうすれば次回は間違えないはずだ」
そう言いながら、ギルフォードは机の上に積んである書類の一つをエリアスに見せた。
それはエリアスが提出した報告書の写しで、至る所に赤文字がある。筆圧は強く、二度と間違えるなという無言の訴えがひしひしと伝わってくる。
「そ、そうだね……」
二度と間違えない自信はないが、ここはもう頷くしかない。
エリアスが、ギチギチとぎこちなく首を縦に振ると、ギルフォードは歯を見せて笑った。次いでクローネに視線を向ける。
「それで、今日はどうしたんだ?」
クローネが手に持っている花束が、自分宛だとはギルフォードは全く気付いてない。
答えを促すように、ギルフォードはエリアスとクローネを交互に見つめる。
そんなギルフォードに向け、エリアスとクローネは満面の笑みを浮かべて贈り物と花束を押し付けた。
「今日は父の日だよ!ギル、いつもありがとう!」
「日頃の感謝を込めて受け取って!」
二人同時に発した言葉を受け止めたギルフォードは、口元を片手で覆って横を向く。耳がほんのり赤い。
この姿は、誰がどう見ても照れている。それなのに、ギルフォードの口から出た言葉は可愛げのないものだった。
「……いつから俺は、お前たちの親になったんだ?」
「ぷっ」
「あはっ」
すぐさま噴き出したエリアスとクローネに、ギルフォードは眉間に皺を寄せる。だが照れてしまった手前、いつもより威力は半減している。
予想以上にいいリアクションを貰えたエリアスは、予定通り昼食に誘うが返事は「この後、緊急会議ある」という望まぬものだった。
「ギル……仕事しすぎて死ぬよ?」
休日出勤させた張本人が言う言葉ではないが、ギルフォードはエリアスのぼやきを笑って受け止めた。
そして、表情を改めると二人にこんな指令を出した。
「なら俺に代わって一つ仕事を任せたい。いつも情報提供をしてくれる中央通りにある青兎亭に行って食事をしてきてくれ。今日は父の日だ。あそこの店主にはいつも世話になってるから、俺が感謝してると伝えてくれ。それと……クローネ、悪いが青兎亭には着替えてから行ってくれ。軍人が来たと客人たちが怖がったら、店主に悪いからな」
流れる口調で依頼された内容は、エリアスにとっては指令ではなくデートのお膳立てだ。
これではどっちがサプライズをされたのかわからない。
そんな気持ちでギルフォードを見れば、彼はニヤリと笑う。
「今日は、父の日なんだろ?」
「っ……!」
まさかの返しに、エリアスは小さく息を吞む。
ヨルシャ国にとって”父の日”は、父親だけではなく男性親族や友人知人にも感謝の気持ちを伝える記念日。
ギルフォードは、きっとこう言いたかったのだろう。
『俺だって、お前に感謝している』
ゆっくりとそれを理解したエリアスは、強く拳を握る。少しでも気を抜けば、嬉しさと悔しさで、涙が溢れてきそうだ。
「……ギルはさ、ちょっとずるいよ」
「ははっ」
拗ね声を出すエリアスにギルフォードはどうとでも取れる笑いを浮かべた後、すぐに書類を手に取った。要は、早く行けということで。
「それじゃあ、任務遂行のために行こうか。クローネ」
「ええ、そうね」
エリアスの誘いに頷いたクローネは、廊下に出ようとする。しかしドアノブに手をかけながら振り返ると、ギルフォードに向けてこう言った。
「ギル、来年の母の日は期待してるわよ」
「もちろんだ」
即答したギルフォードに満足した笑みを浮かべたクローネは、その後、指令通りシックなドレスに着替えてエリアスと共に食事をした。
その間、エリアスが夢見心地でいたことは言うまでもない。
*
緊急会議が終わり、ギルフォードがディアス邸に戻ったのはすっかり日が暮れた後だった。
「お帰りなさいませ、旦那様……ああ、エリアス様とクローネ様にお会いできたんですね」
玄関で出迎えた執事のドミールは、ギルフォードが抱えている花束と贈り物を目にして安堵の表情を浮かべた。
「行き違いにならず安心いたしました」
「つまらぬ心配をかけたな」
「いえいえ、とんでもございません……ん?」
穏やかに首を横に振ったドミールだが、ギルフォードから小さな包みを差し出され、目を丸くする。
「これは……なんでしょう?」
「疲労回復効果がある茶だ。寝る前に飲んでくれ」
「わたくしに?」
「ああ、今日は父の日だからな。それとこれは食堂にでも飾ってくれ。俺は部屋に戻る」
早口で言い終えたギルフォードは、押し付けるようにドミールに包みと花束を渡すと、足早に自室へと向かった。
大股で廊下を歩いて、自室へと足を踏み入れたギルフォードは、ソファーにドサッと音を立てて座る。
なんの予定もない休日のはずが、色々あったし、柄にもないことをしてしまった一日だった。しかし、気分は悪くはない。
ギルフォードは、抱えたままの贈り物を軽く持ち上げる。感謝の品ということだが、一体中身はなんだろう。
莫逆の友からの贈り物なら、どんなものでも嬉しい。逸る心を抑えてギルフォードは、慎重にリボンを外す。そして箱から出てきたものは──
「な……なんだ、これは?」
おおよそ闘神の部屋に飾るのには似つかわしくない、でっかい垂れ耳ウサギのぬいぐるみだった。
フワフワの最高級の生地で作られたウサギのぬいぐるみは、つぶらな瞳でギルフォードをジッと見つめている。
ギルフォードは、己の目線までぬいぐるみを持ち上げた。
「っ……!!」
ぬいぐるみのモフモフとした感触と、愛らしい小動物のフォルムは的確にギルフォードの心を撃ちぬいた。
「くそっ……あいつ、やるな」
忌々し気に舌打ちしつつも、ギルフォードの表情は緩んでいる。実はギルフォードは顔に似合わず小動物が大好きなのだ。そのことを知っているのは、ごくわずかの者だけ。
早くに両親を亡くし、領民を守ることだけに専念してきたギルフォードは、己を甘やかすことも、己の私利私欲のために財を使うことも、厳しく禁じている。
そんなギルフォードのことを知っているエリアスとクローネだからこそ、あえて軍人らしくないぬいぐるみを贈ったのだ。
【友人のいない人生は太陽のない庭のようだ】
偉人が残した言葉を、ギルフォードは不意に思い出す。
彼らがいてくれたからこそ、ギルフォードはギルフォードのままでいることができた。
「ありがとう」
ここにはいない親友二人に、ギルフォードは心からの感謝の言葉を贈る。
そして大切な二人にとって誇れる自分でい続けようと、改めて心に誓った。
<父の日 おわり>




