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橙色の空は濃い藍色に変わり、星々が輝き始めている。
そんな中、ギルフォードは必死に声を張り上げながら、エリアスを探し続けている。
「エリアス!おーい、エリアス!出てこーい!!」
うっそうとした森の中、ギルフォードは今のところ自分がどこにいるのか辛うじて把握している。だが、これ以上奥に入れば未知の領域だ。どんな危険があるかわからない。
そうわかっているが、ギルフォードの足取りに迷いはない。あるのは、もっとちゃんと話を聞くべきだったという後悔だけだ。
「エリアス!どこだ……っ!!」
更に森の奥に入って声を張り上げていたギルフォードだが、ガサッという葉擦れの音がしてそこに視線を向ける。
視線の先には、自分より遥かに大きな熊がいた。
剣術を学んでいるギルフォードだが、まだ幼く狩りの経験はない。加えて丸腰である。
熊は威嚇するように二本足で立ち上がり、グォッーと吠える。その声に驚いたギルフォードは、不覚にもビクッと身を震わせ後ずさってしまった。
それが合図となり、熊はギルフォードめがけて突進し、鋭い爪を振り下ろす。
(これまでかっ)
享年6歳で人生の幕が閉じようとしているギルフォードの耳朶に、ずっと探していた声が響いた。
「ギル!!」
これまで聞いたことがないエリアスの切羽詰まった声と同時に、ギルフォードは猛烈なタックルを受ける。
そこでギルフォードは、エリアスが自分を救ってくれたと気づいた。
「エリアス……!?」
「ギル、熊だよぅ……怖いよぅ……」
驚くギルフォードにしがみつきながら、エリアスはべそべそと泣き続けている。つい今しがた勇敢にも熊からギルフォードを救ったとは思えない情けない姿だ。
「とりあえず離れろ」
「嫌だよぅ……怖いよう……」
とにかく起き上がりたいギルフォードと、ヘタレと化したエリアス。二人は、もつれあいながらゴロゴロ転がり続ける。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
幸い熊は追ってこないが、転んだ場所は運悪く坂道だった。
起き上がりたくても転がるスピードが増し、ギルフォードはエリアスの身体を守ることしかできない。
それからしばらくして大きな木の根元にぶつかったギルフォードは、ようやっと身体を起こすことができた。
「エリアス、大丈夫か?」
両腕に抱えているエリアスの身体を横にずらしながら問いかければ、エリアスの目から涙がボロボロ零れ落ちる。
「……ぅぅ……っ……熊、怖かったぁーーー」
ひぃっくひぃっくと、しゃっくりをあげながら泣き続けるエリアスを見て、ギルフォードはとりあえず泣ける元気はあるのかと安堵の息を吐く。
「助かった。ありがとう」
感謝の言葉を紡ぎながらギルフォードが、エリアスの頭をポンポン叩けば更に鳴き声が増す。ここはドヤ顔を決めるところなのに。
途方に暮れたギルフォードは、エリアスからすっと目を逸らして周囲に目を向ける。
しかし日が暮れてしまった森の中では、目を凝らしても自分たちがどこにいるのかさっぱりわからない。
ただ唯一救いなのは、ぶつかった大木は根上がり樹なので、根元は洞穴のようになっている。なんとかここで一晩過ごせそうだ。
先に中に入って広さと安全を確認したギルフォードは、エリアスに声をかける。
「エリアス、泣くのは後にしてこっちに来い」
「……うん」
ぐずるかと思ったが、エリアスはズッと鼻水を啜りながら根元の穴に入ると、大人しくギルフォードの隣に座り込む。
「ギル、ごめん。僕の家出に付き合ったせいで……」
「気にするな。それよりお前、やるじゃないか。これなら剣術だってきっとすぐに上達するぞ」
「ぅ……ぅぅ……ギルが褒めてくれて嬉しい……ふぇ」
「嬉しいならいい加減、泣き止んでくれ。腹減っただろう?これでも食べろ」
熊に襲われても、森の中を転げ落ちても、ギルフォードは籠を手放さなかった。
籠が蓋つきだったおかげで、二人の空腹をしのげる程度には木苺は残っている。しかしエリアスは、首を横に振った。
「いい……だってこれは、ベトニーさんのやつじゃん。僕はまだお腹空いてないから──」
エリアスの言葉を遮るように、きゅるるとエリアスのお腹が鳴った。
木の根の中の空気が微妙なものに変わる。暗闇の中でもエリアスが赤面しているのが、ギルフォードには手に取るようにわかった。
「木苺はまた摘めばいい。僕も食べるから、お前も食べろ……ほら」
籠の中から木苺を適当につかんだギルフォードは、強引にエリアスの手の中にねじ込む。そして、自分も木苺を手のひらに乗せると、むしゃむしゃと食べだした。
「食べないのか?なら、僕が全部食べるぞ」
「た、食べるよ!」
慌てて食べだしたエリアスに満足すると、ギルフォードは手のひらに残っている木苺を完食した。
その後、二人は籠に残った木苺に手を付けることなく、互いに肩を寄せ合い、じっと森の様子を伺う。
さっきの熊が再び襲ってくるかもしれない。そんな恐怖が身体中を支配していたが、疲れ切っていたエリアスは寝落ちしてしまい──後を追うようにギルフォードも睡魔に負けてしまった。
そして眠りに落ちた先で、ギルフォードはこんな不思議な夢を見た。
日差しが穏やかに降り注ぎ花畑で、華やかなお茶会が開かれている。
ただ真っ白なパラソルの下にいる招待客も、給仕も、メイドも、揃いも揃ってウサギなのだ。
テーブルに並べられているのは、ニンジンをモチーフにしたケーキやサンドイッチ。ティーカップもポットもニンジン柄だ。
ウサギによるウサギのためのお茶会は、人間のギルフォードにとったら突っ込みどころ満載で、秒で夢だとわかったけれど次に取る自分の行動がわからない。
「あらあら、人の子が迷い込んでしまったのね」
「どおりで人間臭いと思ったわ」
「いやだわ、キャロットティーが台無しじゃない」
自分を小馬鹿にするウサギたちに、ギルフォードは無言を貫く。
人参茶ではなく、キャロットティーと上品に言うところがちょっとツボに入ったけれど、それでも無表情でい続ける。
「いつまでここにいる気なの?」
「人の子はお呼びでないのよ」
「せっかくのお茶会なのに気分が悪いわ」
言外に帰れと訴えるウサギたちに、ギルフォードは同感だと頷く。しかし戻り方がわからない。いや、目を覚ます方法がわからないといった方が正解だ。
困り果てたギルフォードは、とりあえずお茶会の邪魔にならぬよう場所を移動しようとウサギたちに背を向ける。その時、お茶会の雰囲気が一変した。
のっしのっしと、地響きがしたと同時に、熊よりもデカい垂れ耳うさぎが姿を現したのだ。




