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どデカい垂れ耳うさぎの出現に、テーブルに着席していたウサギたちはピョンと地面に降り、給仕やメイドたちは一斉に姿勢を正した。
ついさっきまで優雅で穏やかだったお茶会は、一気に緊張感に満たされる。
ただ、どデカい垂れ耳うさぎだけは、ウサギたちを見下ろしながら呑気に後ろ足で耳をカシカシ掻いている。
その光景を無言で見つめていたギルフォードは、この巨大な垂れ耳うさぎが、夢の中のドンであることを悟った。思わず背筋が伸びてしまう。
そんな中、巨大な垂れ耳うさぎは耳を掻くのをやめると、鼻をヒクヒク動かした。
「自分ら、子供相手にいけずなことを言うてはあかんで」
まさかの西部訛りだった。
ギルフォードはまず最初にそこに驚き、次に喋る時に口ではなく鼻を動かすのかと二重に驚いた。
しかし、声を発していい空気ではないことはわかるので、次に放つ巨大垂れ耳うさぎの言葉をじっと待つ。
「うちの組は一晩だけのお客様でもしっかりともてなすのが流儀や。それやのに、なんやこの態度は。ウチの顔に泥を塗る気か?」
お叱りを受けたウサギたちは、不満そうに鼻をぶぅぶぅ鳴らす。それを足ダンで黙らせた巨大垂れ耳うさぎは、ギルフォードに目を向けた。
「悪かってんな、坊や。アイツら口は悪いが、根はええ奴やから許してや。おお……!なんや。坊やは手土産持参してくれたんか。まだこまいのに偉いなぁー、ええ子やなぁー」
良くわからないが褒められた。そのことだけは理解したギルフォードは、無難にペコッと巨大垂れ耳うさぎにお辞儀をする。
その態度に満足したのか巨大垂れ耳ウサギは、他のウサギたちに「自分ら、しっかりもてなすんやで」と言い残して、再びのっしのっしと地響きを残しながらどこかに去っていった。
ドンが完全に消えたのを確認したウサギは、ギルフォードの周りに集まり始める。
「まぁ……そういうことだから、よろしくね」
罰が悪そうに放ったウサギの一言に、ギルフォードは心の中で「何がよろしくなんだ!?」と若干の恐怖を感じる。
しかし、そこで意識はプツンと途切れてしまった。
翌朝、ギルフォードは朝日の眩しさで目を覚ました。
しかし意識は覚醒しても、身体が全く動かない。何か柔らかいもので身体を拘束されているのだ。
焦ったギルフォードは何とか首を持ち上げて……更に驚いた。
「っ……!!」
声を発することもできないほど仰天したギルフォードの周りには、数え切れないほどのウサギがいた。
ウサギたちは木の根の空間にみっちみちに埋まっており、もふもふの寝床はさぞや居心地がいいのか、隣で眠るエリアスは幸せそうな寝顔を浮かべている。
「おいエリアス、起きろ!」
「……んー、あと5分」
むにゃむにゃと呑気な台詞を吐くエリアスに、ギルフォードはもう一度「いいから起きろ!」と怒鳴る。
しばらくして目を覚ましたエリアスは、この状況に目をぱぁっと目を輝かせた。
「ギル、すごいねー。ウサギさんたちが僕たちを温めてくれてたんだねー!」
ヘラヘラと笑うエリアスに、ギルフォードは呆れすぎて何も言葉が出てこない。
(これが、おもてなしだったのか……)
夢はあくまで夢である。そうわかっていても、ギルフォードはメルヘンな思考を捨てきれない。
ちらっとウサギに目を向けるが、ウサギたちはここをモフモフ空間にすることに専念していて声を発するものは誰もいない。というか、そもそもウサギは声帯がない。
夢の中ではすんなり受け入れていた出来事は、現実だとあり得ないことばかりだ。
(つまりは全部が偶然ってことなのか)
偶然にしては出来過ぎているが、それしかないとギルフォードが無理矢理結論付けようとしたその時、エリアスが「ああ!!」と、素っ頓狂な声を上げた。
「どうした?」
「ギル、どうしようっ。木苺、全部ウサギさんが食べっちゃった!」
「なんだと!?」
空っぽになった籠を持ち上げて見せたエリアスに、ギルフォードもギョッとする。頭の中では「手土産って木苺のことだったのか!?」とまたメルヘン思考が復活してしまう。
一方、大事な木苺をご馳走になったウサギたちは、ギルフォードとエリアスが驚いている間に、すたこらさっさと森の中に消えて行ってしまった。まさに、脱兎のごとく。
その後ギルフォードとエリアスは、ディアス家の使用人に発見され無事に屋敷に戻ることができた。
無論、ディアス邸に戻ってから、うんざりするほど長いお説教タイムが待っていた。
しかし家出をした後から、エリアスは真剣に剣術に取り込むようになったので、きっとあの日の時間は無駄なものではなかったのだろう。
ギルフォードといえば、あの夢の中の出来事の真偽を確かめたくて、巨大な垂れ耳うさぎとの再会を願い続けている。でも大人になった今でも、それは叶っていない。
*
「──さて、一通り見て回ったけど……熊は見つからなかったね。帰ろっか」
エリアスの言葉に我に返ったギルフォードは、「そうだな」と頷いて馬の向きを変える。
「結局ただの外出になっちゃったね。どうせなら、帰りにみんなに差し入れでも買ってく?」
「お前にしたら悪くない提案だ」
「なんだよもー」
口を尖らすエリアスだが、さほど気にしていないようで「裏通りのミートパイが絶品だよ」などと嬉しそうに話し出す。
つられてギルフォードも「どうせなら肉串も追加しよう」と笑顔で答える。
そんな遠足気分がいけなかったのだろう。前方からぬっと熊が姿を現してしまった。
「うわぁ……最悪」
「同感だ」
同時にげんなりした声を出すギルフォードとエリアスは、もう熊は怖くない。
二人が怖いのは、今日の報告書が「異常なし」の一行で終わらなくなったことだ。
ギルフォードの脳裏に、自分の机の上に積み重なった書類がよぎる。事務処理が苦手なエリアスに至ってはうんざりを通り越して、絶望に近い表情だ。
「見てしまった以上、やるしかないな」
「……そうだね」
馬を降りたギルフォードは銃を構え、エリアスは補佐するために剣を抜く。
それから数秒後──バンッと銃声が轟き、任務は完了した。
しかし事後処理のため、ギルフォードとエリアスは深夜まで軍の執務室で残業を強いられてしまった。




