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4.守るべきもの


『もうすぐ到着だぞ』


「ダルかったなぁ……」


 さざ波の音は駆動音に掻き消されど、一層近くなった広大な海は短い珍道中の終わりを知らせている。絶えず続く無意味で不毛で要領を得ない漫才も一区切り。


 ――ジリリリリリ!


 次の工程へ移る前にリアの映るモニターの隅。そこには丸い円で囲まれたダイヤル式電話のアイコンが表示されていた。リアは瞳でそれを見上げ、コウヤに伝える。


『マナカからだな。どうする?』


「繋いで」


 『おう』


 リアは腕をめい一杯伸ばして飛び上がり、画面の上からいわゆる黒電話を引っ張り出した。


 左右に揺れる受話器を耳に口に手を宛てがい、上品な声で応対する。


 『はい〜、キサラギでございますぅ〜♪ あらぁ〜マナカさぁ〜ん! 明け方ぶりねぇ〜!』


「どこのオバちゃんだよ」


 『ははは、冗談だよ。うん、今繋ぐ。ほい』


 電話の向こうにいる人物はリアの軽い小ボケをいなしコウヤに取り継ぐよう命じたらしい。


 のぅろあじンゴ。もとい、Now loadingの画面がほんの一瞬だけリアの上に被って表示される。


「よっマナカ」

 ――コウヤ!? また喧嘩したの!?


「開口一番それかよ……」


 映し出されるピンクかかった茶色い髪に白い花のカチューシャを付けた少女は少し前のめりに叫んでいた。


 『安心しなママン。こいつはケンカはしちゃいねぇよ。ゲンさんだ。後は分かるな?』


「ゲンさん? そっか……なら、いいけど……」


 マナカ・モガミはゲンの名を聞いた途端にホッと胸を撫で下ろし後ろのパイプ椅子へ座り直した。


 彼女の中ではコウヤvsゲンであれば10対0でこの子が悪いという構図がすっかり出来上がっているようだ。


 コウヤはマナカの穏やかさに絆されてか、リアとの漫才の時からは想像もつかない優しい声色で尋ねた。


「おつかい? 今30ジェンしか持ってねぇから一旦家に帰ってからになんだけど」


「あ、ううん。違うのミリとセンチが「2人」とお話がしたいって聞かなくって。ごめんねお仕事中に…」


 マナカが話している側から褐色の肌をした幼い双子が彼女の太腿を踏みつけ腕にしがみついた。


「あー! リアねーたんだぁー!」


「おねーたん……お話しよ……?」


「ちょっ、2人とも重い……っ!」


 立てた髪を後ろにカーブさせ青いリボンで縛ってある活発な少年がセンチ、立てた髪を前にカーブさせピンクのリボンで縛ってあるおっとりとした少女がミリ。


 『おうおう、今日も元気だな! このお仕事が終わったらいくらでも遊んでやっから、ちゃんと良い子にしてろよ〜?』


「なぁ……オレは……?」


 物欲しげな顔をしてミリとセンチを見るコウヤ。だが、返ってきたのは幼さゆえの冷酷なパンチだった。


「おー、コウヤかー、コウヤはいいやー」


「コウヤ、マナカおねーたん、さびしいって」


「あんた達! 誰のお陰でご飯食べれてると思ってるの!?」


 『……フッ』


 リアがコウヤにだけ見える角度でほくそ笑む。その顔は勝利の悦に浸っていてどこか煽るかのようだった。


「むきーっ! なにちょっと誇らしげにしてんだムカつく!」


 『べーつーにー? 粗暴で荒っぽくて汗と泥の臭いのコウヤおにーたんよりぃ〜? 聡明で優しくていい匂いのリアおねーたんが人気なのは当然かなぁーってぇ?』


「お前のどこからいい匂いがすんだよ! せいぜいプラスチックだろうが!」


 『一部ダイキャストですぅー! 豪華なんですぅー!』


 画面の向こうではしゃぎ回るミリとセンチ。

 コックピット内で言い争うコウヤとリア。


 二組の姿を見てマナカは苦笑いを浮かべる。


「わー……子供がたくさん……」


「砂場まで競争ねー!」「まってぇ……」


 通信に早速飽きたのか双子はマナカの太腿から飛び降り、何処かへと走り去った。


「あはは、騒がしくってごめんね?」


「いや。むしろ元気そうで安心したよ」


 『このバカがちょいとでも自分に気を使えりゃなぁ』


 コウヤとリアの喧嘩の大部分は面白半分。

 要するにプロレスごっこなのである。


 疲れ果てて眠り、起きてすぐ仕事へ向かうコウヤ。

 休憩を必要とせずエネルギーの限り動くリア。


 育ち盛りのわんぱくパワーをより受け止める事が出来るのはどちらか。そんなことは考えるまでもない。


「そうそう。今、お爺ちゃんが灯台の見張り番の人とお話しててね?」


 思い出したかのようにマナカは言った。

 珍しい客なのかコウヤもリアもピンと来ていない。


「軍用機動人形が1機、アズマノ上空……とりわけ沿岸部を重点的に飛び回ってるから気をつけなさいって」


『軍用? なんでまた』


「それが分からないの。密輸船も摘発を怖がって入港できないんですって」


「え? ホントに? ラッキー!」

『棚ぼただな。さっさと納品しちゃおうぜ?』


 得体の知れぬ恐怖に怯える素振りも無く、2人はそれを「遅延証明書」のように受け取り朗報とした。


「お爺ちゃんはすぐに帰って来なさいって……」


「冗談! ここまで来て辞めれっかよ!」

『積み下ろしには10分もかからんだろ。安心しな』


 マナカの心配そうな表情を他所に廃墟に等しいコウヤ宅のリビング、背後の勝手口が開きセンチが叫ぶ。


「コウヤー! けが、すんなよー!」


 満面の笑みで手をブンブン振るセンチ。

 その下に潜り恥ずかしげに小さく手を振るミリ。


 コウヤは鼻の下を擦りながら笑って応える。


「誰の心配してんだよ! 10年はえーよ!」


 釣られてマナカ、リアまでも笑顔になった。


「それじゃあコウヤ……待ってるから、ね?」


 ミリとセンチの手前、朗らかな表情を浮かべていたがマナカの表情は急転直下で曇り、心配に支配された。


「日が沈む前には帰るよ。晩メシ、楽しみにしてる」


 んじゃ、と短い挨拶を交わすと交信は終了する。


 『待ってるからね……コウヤ……!』


 通信画面が消えると目をウルウルと湿らせ顔の前で手を合わせ祈るリアの姿があった。わざとらしい演技は本物の乙女の祈りを茶化してるかのようにも見えた。


『……なんか言えぇー!』


「悪ぃ。ちょっと考え事をな」


『またぁ〜? バカの考え休むに似たりだぞ?』


「そんな言葉無いぞ」


『あるのっ!!』


 笑顔を作っているのはコウヤも同じだった。マナカにさえ話せないでいる抱え事をリアは察していたのだ。


「別に。いつものつまらねぇ戯言だよ。10年後って言葉にちょっと引っかかってな」


『10年後? なんかあった?』


「今よりジャンジャン稼いでアイツらに南部(サースーノ)の居住権を買って寮制の学校に入れてやるって夢」


 ガラクシー南部「サースーノ地区」そこはアズマノとも北部、西部ともまるで違う外界に引けを取らない都市機能を有するほどに豊かな場所だった。


 誰しもが居住を夢見るが成就させる者は多くない。


 リアは口を挟まずコウヤの描く人生設計を聞いた。


「マナカはもう学生って歳じゃ無くなってるだろうけどさ。南部の金持ち捕まえてそいつと幸せに……」


 口籠るコウヤの言葉をバカにする事無くリアは神妙な面持ちで聞いていた。しかしその顔は『誰もんなことは望んでねぇんだけどなぁ』という優しくも残酷な真理を語っていた。


『言ったばっかだろ? ボクらにあるのは今だけだ』


「……だったな。さーて、仕事仕事〜!」

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