2.古び錆びても
『さ、ソイツに乗り込んで現場に向かうぞ』
ゲンからの鉄拳制裁を受け、鼻の頭を赤く染めたコウヤと至って平常運転のリアはいつもの調子で漫才を繰り広げながら目的地……厳密には目的地へ彼らを運ぶ『ソイツ』の元へやって来た。
「……ダッサぁ。なんか、こう、なぁ?」
ひび割れた土の道路。その路肩の原っぱに膝をつく全長7〜8mのヒト型ロボット。その腰には錆びたチェーンが繋がれていて、先には3列に連なった飾り気の無いコンテナがあった。
『ダセェってお前……ロボットアニメの主人公にでもなりたいわけ?』
「違うけどさぁ……俺も男なわけでぇ……」
『男ならグダグダ言ってねぇで仕事熟せ。そら乗った乗った。昨日の雨で泥濘んでるから足元気ぃつけろよ』
硬い土の地面から1歩、雑草の生い茂る原っぱへ足を踏み入れるとそこはリアの忠告通りのぐちゅぐちゅとした泥濘み。コウヤの種類違いの赤のランニングシューズと白のハイカットスニーカーはみすぼらしくカラーリングだけが「泥と草色」に統一された。
ボルダリングの要領で雨で濡れた機体の装甲の隙間に指をかけ、よじ登る。
肩アーマーについた手すりとバケツを被った様な頭部のサイドについたパイプに掴まり、登頂成功。
「ロードメイカー……よろしくな!」
見下ろすのは丸みを帯びた胸部、コックピットのハッチに書かれた文字を読み、コウヤは今から自分のもう1人のパートナーとなる機体へ笑顔で挨拶をした。
『ご挨拶も程々に。お邪魔すんぞ』
リアの言われるまま、顔のパイプを掴んでいた手はコックピットのハッチを展開する取っ手へと伸ばされた。
『落ちんなよ?』
「何回乗ってると思ってんだよ。ヘーキだよヘーキ」
取っ手を前へ押し出すとガチャン! と堅牢なロックがされていた事を想起させる重厚な音が響く。
ギコギコと歯切れの悪い音を立てながらマイペースに開かれるハッチ。開き切ると真っ暗な「がらんどう」の中に操縦席が浮いているかのように設置されているのが見えた。
「よっ……」
ハッチ内側の手摺りを掴み、コウヤはその椅子を目掛けて飛び込んだ。その勢いで掴まれていた手摺りはハッチを引っ張りロードメイカーのコックピットは密閉された。
『リアちゃんフラーッシュ!』
要するにただの端末のライトだが彼の座る操縦席を照らすには十分過ぎる明るさがあった。コウヤの目の前にあるブラウン管テレビの様な古めかしのモニター、その下方にある【POWER】と書かれた丸いボタンを押し込む。
操縦席には甲高いピーガガガッピーの機械音、内部の機構からはブロロロ、ブルンブルン爆ぜるエンジンの音、全身の排気口からはプシュープシューと呼吸するかのような音。そう……ロードメイカーは手始めに聴覚で彼らの到着を歓迎した。
「これ……なに書いててあんのか分かる?」
『んあ? ぜーんぶ分かるよ? でも、時間の無駄だからおめぇには教えてやんねー』
目の前に置かれたモニターは次々と起動シークエンスを一つずつ行っていく。目まぐるしく流れる関数やグラフの意味を彼は何一つ理解していない。
起こるのはせいぜいこれから起こる出来事くらいの物である。
――All complete.Road maker Active.
その文字を見た瞬間にバチンっ!と大きな物音を立てると彼らの座っていた「がらんどう」は一気に晴れ渡り、視界は茂みと原っぱと空と、これから進む道で満たされた。
『よし! 無事に起動したな!』
しゃがみ状態は乗り降りする際のデフォルトらしくコウヤが何かを操作するまでもなくロードメイカーは膝を伸ばし立ち姿勢に移行した。シューシューと一定間隔で吹き出す煙は「早く行こーぜ!」と2人を急かしているようだ。
「なぁリア。忘れたわけじゃないんだけどさ」
『んー?』
「依頼の内容、0からおさらいしてくんね?」
『その言い方。ぜってぇ忘れてんだろ』
「……さーせん」
『はぁ。本当に仕方の無い奴だな。僕が居なきゃ何にも出来……』
言いかけたリアは何かに気が付き、完全にそちらへ注意がそれてしまったらしい。
『AIアシスタント連動装置じゃねぇか! オンボロのくせに気の利いたもんついてんじゃーん!』
リアの黄色い歓声は先程までのけだる気な雰囲気とは反転。幼い少女勢とした物だった。
彼の真横にはリアの声がする携帯端末がすっぽりと収まりそうな窪み。上部にはご丁寧に「AI」の文字と下矢印。
『な! 良いだろコウヤ! 急がすからさ!』
「急がすて……わーったよ」
首のストラップを外して水色のライトをガイドにその窪みへ端末を押し込む。キィィィィーンというこれまた甲高い音という他無い音を立て、その装置周辺にはライトと同じ水色の電子回路が走り、物凄い速さで巡る。
「のぅ……ろあじンゴ……?」
now lodingだろうがバカ! そんな悪態は何処からも聞こえて来なかった。その代わりと言ってはなんだが彼を覆う球状のモニターの左半分は暗転しその「のぅろあじンゴ」のマークだけが高速回転する。
下部の文字が示すパーセンテージが100.0に到達するとその「左半分」へ外の景色が再び取り戻される。
「おい……背景消せ。流石に邪魔」
映し出されていたのは明らかに合成された奥行きの無い花畑。野暮ったらしくて汚らしい雨上がりの原っぱとは明らかに違う庭園のような景色だった。
「こっからが長ぇんだよな…」
画面上部からふわふわと散りばめられる光の粒。次第に積もっていく「ソレ」はそういう型の透明な器でもあるのか? とも思える大雑把な人のシルエットを作り出していった。
降り注ぐ光の粒は、コウヤが気怠げに頭を掻いたり積荷の状態を確認している合間に人間なら頭頂部に当たる部分まで溜まっていた。
その人の型の中から現れた2本の白く細い腕が殻を破るように、ないしは、カーテンを開くように大きく広げられると溜まっていた粒は一気に弾け飛び架空の景色に霧散していった。
「……」
簡素なシルエットに代わり、その場に降り立った「少女」は17のコウヤより3〜4歳は年下といった見た目をした幼さが勝る姿をしていた。
おかっぱとショートボブの中間といったミントグリーンの髪の隙間から覗く瞳は携帯端末と同じアクアマリン色の虹彩で、疑う余地も無く「彼女」である事をお知らせしていた。
「お〜い。なんとか言え〜?」
何処か眠そうでさえある半開きの瞳の前でコウヤは手を振ってみる。瞳の中には白い文字で彼の苦手な「なんか長ったらしいカンスー」が流れている。が、彼にそんな事を察するほどの察しの良さは無かった。
――ん゛ん゛ん゛ん゛ー゛っ゛!゛!゛
「うおっ! びっくりした!」
手が隠れるほどの大きなフリルがついた袖に通された腕が架空の空へ高く伸びる。画面の中のリアが着ているのは脇のザックリと空いたなかなかに際どいドレスだが気心知れた仲ゆえか、AIゆえにはなから羞恥心など無いのか、互いに気にする様子は無い。
「だははぁ……やっぱ、広いモニターは良いなぁ……!」
妖精や天使にも例えられそうな可憐な見た目をした少女は両目を糸目に、口をωマークにし中年臭く肩を回したり首を左右に振ってみたりのストレッチを行っていた。
「……絵なんだから凝んねぇだろ……」
『ハイ差別〜、凝るんですぅ〜データなりにぃ〜!』
「へいへい……」
『あっ……ちょっと音ズレた』
リアのいる画面斜め下には「♪〜パキポキ音〜」の音楽ファイル名が表示されていた。考えるまでも無く、実際に彼女の関節から鳴ってる物では無いことが分かる。
閑話休題。リアはAIらしく強引に話を戻した。
『んで。仕事内容のおさらいだったな?』
「ん。0から頼む」
『〇ねーっ!』
両腕をバタバタと前に突き出し必死の抗議をするリア。画面から手が出たならコウヤをポカポカと非力に叩いていただろう。
「生きるッ!」
『よしっ!』
リアは暴言を吐くのと同時にセルフ規制音を発し全容までは明かさなかったが命令形で2文字の○ねなど、そう多くない。
『ゴホン。じゃ、僭越ながら』
僭越だなどと微塵も感じていないふてぶてしい態度で望み通り0からのブリーフィングが始まる。
『今回のお仕事は見ての通り運送だ。目的地はここから約40分のアズマノ沿岸部付近にあるコンテナ集積所、到着次第、積荷の連結を解除しエッサホイサと指定の位置に積み込むまでが仕事だ。ここまでは良いよな?』
リアが縦の掛け軸を開く要領で腕を広げると現在地から目的地までのザックリとしたデジタルマップが表示される。所々にこの世界の言語で寄り道禁止! や走行注意! といった子供のおつかいの様な注意書きがなされている。
「うん」
『良い子。で、忘れちゃなんねぇのが報酬についてだ。前払いで3,000ジェン。そしてなんとぉ……』
縦の掛け軸を巻き、今度は横に広げる。そこに描かれていたのは彼らの乗っているロードメイカーの表と裏、そして装備品。
『運搬・建築作業用機動人形:ロードメイカー! こいつを頂けることになってる。太っ腹だな』
「え? 借りモンじゃねーの? こいつ」
『この機動人形を処分するってとこまでが今回のお仕事の内容だ。雇い主サマは何が何でも身バレを避けたいらしくってな』
「処分しろってんなら貰っちゃダメなんじゃね……?」
『手段は任せるとの仰せだ。つまり、奴さん方に迷惑させかけなきゃ、うるせぇ事は言わねぇだろ?』
「それも……そうか……」
『ははっ! だろ? これで仕事の幅が広がるな!』
「そんなんばっかり広がってもなぁ」
『なんだよ……何が不満なんだ?』
「空……」
『空?』
広く遠くを見渡せても元はがらんどう。そんな中でコウヤは何処までも広がる青と白の天井へ手を伸ばした。
その天井へ何者よりも近づく大気汚染と生態系の変化が産んだ奇妙な鳥は彼に目もくれず何処かへ飛んでいく。
「わっかんねぇ。うーん……未来……とか、夢……とか、さ。そんなんに広がって欲しい」
『……ポエムか?』
「う、うっさいなぁ……」
『……今を必死に生きるってのもステキな事だと思うぞ? お前が欲しがってるそこら辺もいつか見つかるって』
優しく微笑むリアに気休めの言葉をかけられてもコウヤは空を見るのをやめなかった。
『ボクは楽しいぞ? お前はそうじゃないのか?』
「あー……ワリィ。ガラにも無く入り込んじまってた。お前の言う通りかもな、今を必死に、な?」
『おう!』
ジャケットの胸ポケットからコウヤが徐ろに取り出したのは黒く透明な飾り気の無いカチューシャ。
無造作に乱れている彼の髪は目を覆うほどの前髪からめくり上げられ、彼の髪をオールバックにした。
「っし! 準備完了!」
『おお、気合入るな。マナカから借りたの?』
「あぁ。最近、前髪が邪魔くさくってさ。特に、こういうのに乗る時は余計に」
左右の操縦桿を握り、上ではなくしっかりと前を見つめたコウヤは顔に笑みを浮かべる。
『リアちゃん号……しゅっぱーつ!』
「だからダサいって!」
高らかに掲げられたリアの拳を合図に2人の仕事が賑やかに、すっとんきょうに始まるのだった。




