1.ガラクタ街のデコとボコ
「あい安いよ安いよ! 食塩100g54ジェン! 取れた海域は聞かないお約束だよ!」
毛深く太った汚らしい中年を赤毛の少年が横切った。
商品に目もくれず去る少年の背中には舌打ちが飛ぶ。
ここは広大な産廃の大海原、東部『アズマノ』地区にある闇市。
そこにはワケが有り「過ぎ」る商品を売り、または求めて今日を生き抜くので手一杯な人々で溢れていた。
少年は着倒された赤いラインの走る白のナイロンジャケットのポケットで手を暖め、大きな口であくびを一つしながらマイペースに歩く。
あくびで目尻に溜まった涙を拭うと、視線はアングラな雰囲気を放つ路地裏へと移る。
「こいつだな。契約成立だ」
「あ、あぁ……頼んだぜ……!」
違法な商品だけならばまだ平和だったかも知れない。
この地では倫理を超越した違法なサービスも蔓延る。
顔を真っ青にした平凡な男、その隣で凄む「私は殺し屋です」と名乗っているかのような黒尽くめの男。
偶然、その2人と赤髪の少年は目を合わせてしまう。
『おい。目ぇ反らせ。因縁つけられるとダルいぞ』
「わーってるって。行こうぜ」
何処からかこもって聞こえる可愛らしい少女の声。
似つかわしく無いほど荒々しい言葉遣いに従い、
少年は足を早めてその場を立ち去る。
――ひったくりやぁ! 捕まえてぇなぁ!
かつてヤオヤと呼ばれていた建物の曲がり角の向こう、叫び声が聞こえる。
『なんだなんだぁ? 相変わらず物騒じゃねぇーの』
「そか? 別に。いつも通りだろ」
ひったくりの登場を呆れたように呟いた少女の声は、少年が首からストラップで下げた携帯端末から発せられていた。彼女(?)が発声する度にそれは水色のフラッシュを焚く。
少女の声は物騒と評したがひったくりなど彼らには物騒でも何でも無い幼稚な「僕のお菓子取った!」「とってないもん」の様な話である。
「どけどけ! ぶっ飛ばすぞゴラァ!」
ひったくり犯が少年に向けて叫んだ。気怠るげに携帯端末の少女が小声で囁く。
『半歩下がって、右膝から下を挙げる』
「おう」
指示通りに半歩下がる少年。ひったくり犯はシメシメと怪しい笑みを浮かべ角を曲がろうとするが……。
『ほい』
「ほほい」
間抜けな掛け声と共に少年の爪先が男のスネに引っかかり勢いよく大きな弧を描き宙を回転する。
「どわっはぁーっ!」
『今の感じ。おケツのポケットだな』
「うす」
例えるならば後転の途中で一時停止された人と言った形容し難い体勢で目を回すひったくり。
意識が飛んでるうちにと少年は薄汚い布巾着をひったくりの尻ポケットから抜き取った。
「……ひ、ひぃ! 見逃してくれぇ!」
「ハハッ、まぁそんな怖がんなって! 俺が返しといてやるからさ!とっとと行きなよ」
「ち、チクショー!」
戦利品を失ったひったくり犯は全力疾走で何処かへ逃走する。優しい笑顔でひったくり犯を庇ったように見えた少年はノータイムで盗品の布巾着を物色し始める。
「782ジェンにボルトが2本……ウネウネの針金……」
『まーた始まった……ってかシケてんなぁ?』
「ここは欲張らず30ジェン……」
『1ジェンも盗らないって選択肢はねぇのか?』
程なくして息を切らした布巾着の持ち主が追いついた。どうやら顔見知りらしく、少年と少女の声の名を叫ぶ。
「コウヤ! リア! こっちにデニム羽織った日に焼けた男来たやろ! どっち行った!」
「なんだゲンさんだったか。あのひったくり野郎ならここをまっすぐ行ったぜ。目を離した隙に居なくなったからどっかの路地に入ったかもな」
ゲンと呼ばれた初老の男はコウヤをどこか信用していないらしく携帯端末にも尋ねた。
『「胸」に同じ〜く』
右に同じく、左に同じくといった言葉は今の彼女、リアには当てはまらないためコウヤの首からぶら下がり胸元にいる事からこの返事となった。
「ゲンさんゲンさん。アンタの探しモノ、これだろ?」
「おぉ! ワイの巾着やないか!」
「野郎テンパって落としてったんだよ。犯人よりは盗られた物の方が大事かなと思ってさ。拾ったってわけ」
『まぁ嘘はついてな……』
リアが言い掛けたのをすかさず彼女をファスナーの中に隠して黙らせる。『むごぁっ!』と間抜けな悲鳴をあげた後『暗いよ怖いよ〜!』『出せぇ〜!』『汗くせぇ〜!』と必死の抵抗をしているのが聞こえるが、ゲンと呼ばれた男には「何か騒いでいるな」程度にしか聞こえていない。
「と・も・か・く! 返って来て良かったね!んじゃ「俺ら」は現場があるんでこの辺で……」
「おい待てや。そんな慌てんでも……ええんちゃうか?」
『あーあ……ご愁傷さん』
ゲンの苦い声色に何かを感じリアが呆れたように言い放つ。歩みを止めたコウヤも額に汗をかきながら……
「あ、あぁ……この前の……乾燥たこ焼き? つったっけ? マナカもおチビ達も大喜びだった。また食いに行くよ……」
『いいなぁ〜ボクも食べたかったなぁ〜』
「せや。勘がええな。自分らがあんまり喜ぶもんやから新味の開発の為にいろいろ買い漁ろ思うとったんや」
「へ、へぇ〜ゲンさんの職人気質には頭が下がるよ。おチビ達にも今度なにかお礼を……」
『右ストレート。時速38km。直撃コース』
ぎこちなくヘラヘラしていたコウヤの身に迫る驚異をリアは淡々と告げた。次の瞬間、コウヤの整った顔はめり込んだ拳でたちまち押し込まれ、目と鼻と口が混じり合ってブラックホールの様な模様を描く。
地面に叩きつけられたコウヤにゲンはドスの効いた声で凄む。さながら任侠映画の脅迫シーン。
「ワイの巾着……931ジェン入っとったはずなんやが……」
「ふぁ……? はひほっへんはよ……ひっはいあ……」
『は……? なに盛ってんだよ……実際は……!』
リアは口が動かないコウヤに代わり、3倍ほど情けない大げさな吹き替えで通訳をする。
「せや? 782ジェンや」
「は、はまはへはあったあ!?」
『か、かまかけやがったなー!?』
そこからは想像に容易く。千と数百年前の終末戦争が遺した雪のような灰を巻き上げボコボコと揉み合いになるコウヤとゲン。
首から外れたストラップが地面に落ち『やれやれ』と何度めかの呆れた態度を見せる。「彼女に姿があるとすれば」その姿は両手を挙げ、首を横に振っている事だろう。
「こんのクソガキャぁ〜! 根性叩き治したるでぇ!」
「良いだろぉ! 俺が取り返さなきゃ0ジェンだったろ〜! お助け料的なさぁ〜!」
『大人しく届けりゃこうはならんかったのになぁ』
「……ぎゃふん」
程なくして、コウヤは完膚無きまでに叩きのめされ腰を突き出した滑稽な仰向けの姿で地に伏した。
「ワイは何も盗ったことに腹立てたんやない。このガラクシーにおいちゃ、盗られる方が悪いってのが常識や」
では何故、コウヤは殴られたか。
「お前は嘘が下手過ぎる。そないな演技でこの先やって行こう言うんなら今のパンチ一発じゃ済まへんで?」
「……一発? あれ、なんか記憶が……」
ゲンはリアの声がする端末を拾い上げ、倒れっぱなしのコウヤのつむじにソッと置いた。
「ったく昔はもっと優しくてええ子やったのに。なんでこんなんなってもうたんやろな……」
『全部だよ全部。生まれも時代も環境も』
「責任感じてまうわ……」
「あ、あのぉ……サーセンした……これ……」
捧げるように両方の手のひらを重ね掲げるコウヤ。
「そういうとこやて。自分から盗ったモンをバカ正直に返す奴があるかいな」
起き上がると2人(パッと見は1人だが)に背を向けてゲンは歩き始めた。
「30ジェンでええなら持ってけ。今日もお勤めごくろーさん。リア、このバカのことは頼んだで」
『ま。それがボクの役割だからね。ご心配無く』
強面に優しい笑みを浮かべるゲン。フッと声を漏らすとそれっきり。その姿はどんどん遠くなって行った。
『……提案だ。コウヤ』
「……なにー?」
『次のバイトの納期までまだ余裕がある。朝飯がてら少し休まねぇか? 日が昇る前から動きっぱなしだろ』
「……そうする」
『よし来た。そんじゃ、通行人の皆さんが視線の針で黒髭ゲームを始める前に移動すんぞ』
「ま、前が見えねぇ……」
『まだブラックホールだったのぉ!?』
……ここは広大な産廃の大海原、ガラクシー諸島。東部『アズマノ』地区。
物騒ながらもどこか楽しげな彼らのガラクタのような日々は続いていく。
汚染されて尚。空の青さは変わらず澄み彼らを照らすのだった。




