16. 養子縁組
かなり食事も進んでデザート前のシャーベットが出てきた時だった。章が不意に薫に向かって話しかけた。
「神崎さん、秋人くんには血縁がおらなんだので、あなたが保護者になったと聞き及んどりますが、相違ないですか?」
「はい。そうです」
薫は出てきたレモンシャーベットを掬いながら頷く。
「では、血縁があれば秋人くんの保護者はそちらに?」
「……それはその人物によるかと」
「はて?」
章の問いかけに薫は姿勢を正した。
「たとえば、血縁関係だったとしても犯罪者やアルコール中毒者、多重債務者、性的犯罪者などなら未成年の保護者としては不適格とみなされるでしょう」
「なるほど」
章が大きく頷く。
「それに、秋人はもう16歳です。その血縁の方に預けられることを本人が拒めば、現状に問題なければ継続される可能性が高いです。高校生ともなると本人の意思がかなり重要視されます」
「そうですか」
章はニヤリと笑うと、秋人に目を向けた。
「私は君の血縁関係にあると思うがね。どうだろう。うちの養子にならないか?ゆくゆくは久宝の家を継いで欲しい」
章のその言葉にテーブルに着いている全員が驚いた。
「何を、何を言っとるん!?お父さま!!」
綾が叫ぶ。流石の優も少し驚いたようで、いつもの鉄面皮が微かに歪んでいる。
「失礼ですが、章さんには優さん、綾さん、匠さんという三名のお子さんがおられるのでは?」
と薫が尋ねると彼は「ふん」と鼻で笑った。
「ああ、その3人は私の種ではありまへん。ふしだらな私の妻がどこの誰ともつかぬ男との間に作った子供や」
冷たい眼差しで章はそう嘯いた。
「は?」
綾の顔から表情が抜け落ちた。
優のことは前々から怪しいと思っていた。まったく父親に似てないからだ。けれども、自分はそうではないと思っていた。呆然としている綾に向かって見たこともない冷たい表情で、章は告げる。
「お前ら三人のDNA鑑定はもう済ませとる。俺とは父子関係は認められへんとさ」
皮肉な表情で章が言い放つ。
「匠さんはあなたに顔立ちは似ていると思いますが」
と薫が呟くと、章は「ふん」と鼻を鳴らした。
「ああ、おそらく血族の中から選んだんやろ。誰か親戚の大きな世話やな」
章は顔を大きく歪ませた。
「俺は種無しなんだとよ。診断結果がそうなっとったわ」
流石に薫も驚いて目を瞬かせた。
「だが生贄はいるからな。どこぞの親戚が手配して血縁から産ませたんやろ」
投げやりな言葉だった。
「綾、お前は優が俺の種じゃないと知りながら、放置していたやろ。もしも、俺に知らせとったら少しは情けもかけたやろうにな」
章は蔑みも露にして綾を睨んだ。
「お前も、知っておったのに俺をバカにしてたんか?」
優に対しても章は皮肉げに囁く。優はしばし固まっていたが
「私は戦闘には向いてないジョブ持ちなので、まあそんなことかなと思ってました。どうせ商売周りしかできませんからね。家の事には正直興味ないです」
との優の返事に「はん」と章は吐き捨てた。
「その会社は久宝のものだ。貴様にはやらん」
章の言葉で初めて優の表情が曇った。
「私が10代から起こした会社です」
優の言葉に彼の内側の微かな怒りを感じて章はほくそ笑んだ。
「だが、所有者は久宝家だ。俺だ。俺の血縁だけのものだ」
とうっそりと告げる。優が唇を噛み締めた
晩餐の席の空気が凍りつく。しばし誰も動けなかったが、秋人は小さく息を吐いた。正直こんないざこざに構っている余裕はない。秋人には色々とやらねばならないことが多いのだ。
「僕があなたの血縁だっていう根拠は?」
「そうだな、証明が必要か……」
章が低く笑う。
「マネージャーをよこしてくれ」
章が部屋の端末で部下の男を呼びつけた。
「彼に名前を名乗ってくれるかな?」
「?」
秋人が首を傾げる。薫は慌てて止めようとするが間に合わない。
「如月秋人です」
秋人がそう名乗ると同時にガクンと彼の体が傾いだ。
「秋人!!」
げほっと秋人の口元から大量の血が吐き出された。そのまま一言も発せず、床に崩れ落ちる。
【契約の門 契約破棄】
薫が杖を出して唱える。巌と当夜が章を引き倒した。秋人のそばには薫と聖夜が駆けつける。他は真っ青になってことの経過を見守った。
「秋人!秋人!大丈夫か?これ飲めるか?」
薫が収納からエリクサーを取り出して秋人の口元に当てる。秋人は弱々しい動作でその液体を嚥下した。契約を破棄したことでいくらかマシになったのだろうが、顔色が非常に悪い。
「くそ、内臓は治りが悪い」
薫の契約で久宝家と交わした守秘義務の違反は身体を損なうペナルティとなっていた。
秋人の場合、外側は非常に頑丈なので内部破壊に繋がったのだろう。心臓だとまずい。秋人は他の人間よりはるかに丈夫だが、心臓と脳に関しては通常の人間となんら変わらないのだ。それに、これだけの人の前では秋人の例の力は使えない。
薫は秋人を抱き起こした。
「瑛人さん、片伊勢家に連れて帰ってください」
片伊勢の家には冬由がいる。
「わかった!」
呆然としていた瑛人が立ち上がる。
「あははははは」
床に引き倒されている章が急に大声で笑い出した。狂ったような哄笑だった。
「ほらみろ。やはり春彦は三門の血縁だった。逃げた当主の本筋だ!俺じゃない!久宝寺ダンジョンを潰したのは俺じゃない!!」
「あなたは…!!」
薫の顔に怒りが浮かぶ。
この男は秋人が自分たちの血縁だと証明するために、わざと秋人に自分のことを部外者に紹介させたのだ。久宝家の血縁者にかけた守秘義務の魔法契約を逆手に取って。
「ははは、ざまあみろ。久宝家の歴史に最悪の当主として記されるのは三門、春彦、秋人だ!」
俺じゃない!俺じゃない!と狂ったように叫ぶ章に、薫は舌打ちした。
糾弾して警察に引き渡してやりたいが、秋人の様子が気がかりだ。一刻を争うかもしれない。薫が魔力を感じることができれば、冬由の魔力の型を元に瞬間移動できるのに。
薫は悔しさに唇を噛み締めた。
「優さん、章さんは精神科へお連れした方がよろしいのではないですかね?責任ある行動が取れるようには思えませんが。錯乱しておられるようだ」
呆然としている優に対して、薫が冷たく告げる。はっとして彼が顔をあげた。
「ここにいたのは我々だけです」
薫の言葉に優が大きく頷く。
「そう…ですね。あなたの言う通りだ」
明確に示唆したわけではないが、さっきの血縁うんたらの話は黙っててやるから、親父を黙らせろという薫の指示に優は従うようだ。
綾はまだ何が起こったかわかっていないように呆然と佇んでいた。床に蹲り涙を流しながら叫ぶ父親の姿をただ黙って眺めている。
「すみませんが、後日もう一度別途契約を」
「わかりました」
優が静かに頷く。
一同は慌てて秋人を抱え久宝家を後にした。
薫「・・・・・・・・・・ぐぎぎ(怒)」
当夜「瑛人!早く!急いで!!」
瑛人「バックミラーが怖くて見られへん!」
当夜「俺が見てやるから」
次回の更新は7/26(日)です。




