15. 昼食会
秋人は日頃あまり着慣れないジャケットの袖を気にしている。
「あー、ちょっともしかして小さいか?」
薫がその肩やら背中をとんとんと触ってみた。少しキツイようだ。
「しまったな。もっと早く気がつけばよかった。ごめん」
薫自身が、あまり着るものにこだわりがないので、気にしていなかったのだ。
「俺のじゃデカすぎるか?」
替えの上着を薫が収納から取り出して着せてみたが、微妙に大きい。鏡の中の秋人はジャケットに着られてる感満載で、やたらと幼く見えた。16歳の年頃の少年としては却下である。
「このままでいいよ。そんなに気になる?」
「いや。でも動きにくいだろう?」
「うーん。そうでもないよ。いざとなったら脱いじゃえばいいしね」
一応、正式なお呼ばれの席なのでジャケット着用で行こうとしたのだが、ここ数ヶ月で秋人はまた手足が伸びたようである。
「帰ったら新しいのを買いに行こうな」
と若干落ち込みながら薫が提案した。秋人は笑って頷いた。
「そういえば、僕新宿第三ダンジョンで薫のジャケットダメにしちゃったよね」
ふと秋人は最初に出会った時の出来事を思い出した。あの時、薫のジャケットから水分を全部抜いてしまって粉々にしてしまったのだ。
「っ!ああ、あれな。うん…まあ気にしないで」
と薫は不意打ちに一瞬だけ言葉に詰まった。秋人は薫がそんな様子の時は自分に何か隠している時だと最近はわかるようになった。こういう時は続けて問いかけても、もう薫の口は開かない。折を見て加藤か四季に聞くべきだろうと秋人は胸にしまった。
久宝家までは瑛人の車に全員乗り込んで向かった。彼も今日は一応きちんとした格好である。フォーマルまではいかないが、皆一応それなりの格好をしているので、煌びやかさが倍増だ。薫は小さくため息を吐いた。
「嫌な予感がするなあ」
薫はできるだけ地味目なジャケットなのだが(彼は本来は常にジャケットだ)、それでもやはり一番目を引くのは薫だ。
「綾さんですか?」
聖夜の言葉に薫はしぶしぶ頷いた。聖夜も女性に言い寄られる方の人間なので、薫の気持ちはよくわかる。
「あの手の女は諦めが悪くて、根性が汚くて、何やっても大丈夫って変な自信があって、犯罪まがいのことやっても平気だからな」
「すごい偏見から正解導きだしてる!」
瑛人が半ば呆れ顔でそう呟く。
「間違いなく、神崎さんにロックオンしとるから、気ぃつけてくださいよ。あの女は関西探索者界隈では『女郎蜘蛛』とか『無限サキュバス』とか言われとるから。評判も根性も悪いことこの上ないんですわ」
「無限…何だって?まあ、出される料理は全部鑑定かけてから食べることにするよ」
と薫が嘯いた。
久宝家に到着すると、満面笑顔の章と綾、それから相変わらず無表情の優に出迎えられた。
「あれ?匠くんは?」
と薫が尋ねると、章が難しい顔になった。
「申し訳ない。あいつはどこをほっつき歩いてるんだか」
ため息混じりにそんな事を言う。綾が薫に手を差し出した。
「エスコートしていただける?」
薫は無表情に首を振った。
「え?」
と綾が顔を歪める。
「婚約者がいるので私は遠慮させていただきます」
と澄まし顔で答える。当夜が
「じゃ、俺で」
とにこやかに笑って促すと、綾はしぶしぶ当夜の腕をとった。
おそらく、瑛人と当夜のようなごついタイプは綾の好みではないのだろう。かなり不機嫌な様子である。当夜はばちんと秋人にウインクして見せた。
「さあさあ、ではこちらに」
と章が作り笑いで案内する。薫たちは黙って従った。
大きな洋間に白いテーブルクロスが掛けられたテーブルが真ん中にどんと置かれている。ディナー用の部屋なのだろう。席順もあちらが用意している順番に座らされたが、ここは指示通りに座った。薫の横が綾にされているのも予測内である。そして、秋人の席は章のすぐ近くだった。
章は上機嫌に秋人に話しかけている。薫は運ばれてくる料理を鑑定しながら、章の話に耳を傾けていた。
「ねえ、先生」
ふと薫の耳元に綾が吐息混じりの声をかけた。思わず音を立てて薫が後退る。
「先生のご活躍をお聞きしたいわあ」
綾は昼間にも関わらず、かなり露出の高いワンピースを着用していた。その胸を押し付けるようにして薫にしなだれかかる。流石に払いのけるのは大人気ないが、薫の心情的にはそうしたい気分だ。だいたい食事をしようかというのに、ここまで香水を振り撒いている時点でアウトだろう。
「活躍……ですか?」
「ええ、ダンジョンではどんなご活躍を?」
粘り気のある声音で綾が尋ねるので、薫は「ふむ…」と一呼吸置いた。自然に綾から距離をとりつつ話し出した。
「そうですね。まずは防御魔法を掛けて全員で身体強化をかけて走ります。その防御魔法が私の担当です」
「はあ」
綾の顔に困惑の色が浮かぶ。
「モンスターを弾き飛ばして進むのですが、残念ながら私では防ぎきれないレベルのモンスターは秋人と当夜にお願いしていますね」
薫の言葉に瑛人が
「綾さん、これホンマやで」
と合いの手を入れた。しかし、綾の心象風景と、瑛人が見た現実には大きな隔たりがあった。
「オアシスに着いたら簡易宿泊施設を使います。それからご飯を作ります。それも私の担当です。今回はシャケのちゃんちゃん焼きでした。朝食は目玉焼きを作ります。パーティーメンバー全員の好みを聞いて作るので大変です。以上」
との薫の言葉に綾は侮蔑も露わな顔になる。薫があえて自分の攻撃能力について言及しなかったことに、ゲストは全員気がついていた。
「すっげえ美味かったわ」
と瑛人が笑う。当夜も「うんうん」と頷いている。
「薫の料理はすごく美味しいよ」
と秋人も追随して、薫を満面の笑顔にさせていた。
「まあ、戦闘職ではありまへんものね?そんな雑用ばかりやっててSランクということは、よほど秋人くんのポイントが入ってるんでしょうねぇ。私も今度連れて行ってほしいわあ」
綾の無礼な言葉に当夜と聖夜が反応しようとしたが、薫はさして気にしていない。審議官がむしろ攻撃力があって強力なジョブなのだというようなことは、知られない方が都合がいいからだ。手の内は見せない方が強いのはトランプも魔法も同じだ。
「いや、無理でしょう。あなたの実力では身体強化もできなさそうだし」
と薫の向かいの席から巌の言葉が響いた。
「12階層まで身体強化を維持して駆け抜けるなんてCランクの探索者では無理でしょう。ね、先生」
にこりと笑っている巌の目は笑っていない。
「まあ、そうですね」
ふっと薫も巌の言葉に小さく頷き返す。
「そうやで。俺でもかなりきつかってんで。綾さんには無理やわ」
と瑛人までは参戦する。
「匠は全然平気そうやったけどな。そんで、匠は?どこにおるん?」
「知らないわよ」
綾は不機嫌そうな表情で、卓上のワインを煽った。
本当に腹立たしい思いだった。昨日から皆が「匠、匠、匠」と持て囃す。なんなんだろう。探索者という連中の強さ至上主義的な思考にはうんざりだった。
「神崎先生」
不意に薫に向かって優が話しかけた。
「秋人くんに我が社の広報誌に出ていただくわけにはいきませんか?」
「広報誌ですか?」
薫が首を傾げる。
「はい。ダンジョンがなくなったことを一族に説明せねばなりません。如月秋人の名前があれば、説得力が増しますので。もちろん、写真などは不要です。まあ、あればありがたいですがね」
優の話を薫は吟味する。
確かにこれまでダンジョンの間引きをしていた久宝家の探索者は一時的に失業だ。日本にはまだ沢山のダンジョンがあるし、蔵を維持している一族もまだ6つある。職場はすぐ見つかるだろうが、先祖代々のものが消えたのだ。きちんとした説明義務があるのは、薫にも納得の話だった。
「私ではいけませんか?」
「…そうですね。少し弱いかと」
「そうですか……」
薫のネームバリューというより、強さの部分が不足しているのは分かっていた。先ほどの綾の態度のように、今でも戦闘職以外のジョブを持っている相手への侮りは多い。
「わかりました。私と秋人の2人でもいいですか?」
「はい。構いません。お手数おかけいたします」
ぺこりと頭を下げる弟を綾は不機嫌な顔で見つめていた。
巌「(身体強化を掛けて目的の階層ボスまで駆け抜けるまで、先頭の秋人くんが倒す以外のほとんどのモンスターを弾き飛ばしていた威力の防御魔法が一貫して使える魔力の持ち主で)」
聖夜「(護衛のメンバーはほとんど横から時々出てきた不意打ちのモンスターを倒すだけにとどめるようなスピードで障壁を展開できる器用さのある)」
瑛人「(ダンジョンボスの顕現をまずは最初に1人でぶちのめす広域殲滅魔法の持ち主の)」
薫「後衛職なんで」
次回の更新予定は 7/23(木)です。




