14. 執着
章は死にたくなかった。少なくとも、生贄にだけはなりたくなかった。
ずっと兄と差をつけられて育てられてきた。それでも、自分はマシだ、真っ当な死に方ができる。兄は生きながらダンジョンに捧げられる運命だ。そう思うと豪華な食事も、ブランドものの衣服も、美しい妻も全て羨ましくもなんともなかった。
自分は系列の商社に勤めた。そこで一般人のかわいい妻とめぐりあい、結婚した矢先だった。
幸せは一瞬で崩壊した。
贅沢を享受し散々いい想いをした兄は、あっさりとどこにでもあるBランクのダンジョンを閉鎖するために命を落とした。次兄も同じくどうでもいいようなダンジョンブレイクの鎮圧に赴いて死んだ。
何の旨みもない人生を送らされていた自分だけが、ダンジョンの餌にされる。親族は章を失わなくて済むように家に縛りつけた。章をダンジョンの間引きにもあまり出さないようにしていた。
途中で死なぬように。自分たちにお鉢がまわって来ない様に。
こんな非道が許されるのだろうか。ずっとその恨みを抱えて生きてきた。
「如月秋人…あれはやはり春彦の、三門の血筋や」
章はさきほど見た顔を思い浮かべた。
少年にしては整った容貌だ。横になんとも言えず美しい男がいるから目立っていないだけで、大人になれば匂い立つ様な美貌の主になるだろう。その父がそうであったように。
「絶対に逃がさん…絶対に…」
ぶつぶつと何やら唱えている父に綾はうんざりしていた。父の執着にはほとほと呆れる。
綾はダンジョンがなくなったのだからもうどうでもいいではないかと思った。これからは生贄になる必要もないのだ。昔はダンジョンから採取できる資源で賄っていた財源も、今や商売で十分な利益を得ている。もっと早くに潰せばよかったのだ。あんな不吉なダンジョンなんか。
「姉さん」
綾を呼び止める声に振り返ると和服姿の優が立っていた。
「どうしたん?」
綾はこの弟が苦手だった。当主の長男だというのに弱く、魔力も少ない。しかし、現代では優の方が剣士や拳闘士なんかより遥かに価値がある。今やもう久宝家の財産を支えているのは優の頭脳と魔法である。
「明日、如月秋人はくるの?」
「くるわよ。高校生だからランチになったんやけどね」
「わかった。じゃあ予定を少し調整するよ」
綾は無表情な弟を少し揶揄ってみたくなった。この弟は家族の中で唯一標準語で喋る。その方がビジネスシーンには都合がいいのだと言うが、どうにも腹立たしい。
「羨ましいんやろ?」
「何が?」
「あんな子供がSランクの探索者やなんて。それに匠まで懐柔されて。強い者同志の絆ってとこやろか?」
平然とした弟の表情に亀裂を入れたい。その想いだけで、綾はそんな嫌味を口走った。
むかつくことに、末っ子の匠は優秀な戦闘職のジョブを持ち、兄弟3人の中では一番優れた探索者だった。幼い頃から散々いじめてやったので、匠は綾には逆らえないと思い込んでいるが、一度本気になれば、簡単に片手でいなせるだろう。
そのことを当てこすったのだ。しかし、優は表情の一つも変えなかった。
「別に。ダンジョンが無くなったのだから、この際そういうのは無意味だよ。それより、大勢いる戦闘職の人員をどうするかが問題だな。解雇…も視野に入れるべきか。人件費はバカにならない」
綾の嫌味などまったく効いていないのだろう。弟は平然としていた。
ふと綾は先日の屈辱を思い出した。まるで取るに足りないと言わんばかりに拒絶してきた男。天使のように美しい容姿に反して悪魔の様な毒舌。
爪を立てて傷つけたい衝動に駆られた。綾の意向に逆らって無事だった男はいない。
「ねえ、ちょっといつものやつ準備してよ」
綾は弟に囁いた。
「ね、ええやろ?」
「またかい、姉さん、あれは違法薬だよ」
弟が冷たく言い放つ。けれども、綾は優に対して鼻で笑った。
「別にええねんで。私、口が軽いから誰かに話してしまうかもしれへんわ」
「・・・・・・」
「当主の子供はハズレなし…のはずやのに、あんたのジョブ思い切り『商人』ってハズレやん。これって何を意味するんやろか」
「・・・・・・」
優は答えない。綾はニヤリと唇の端を持ち上げた。
綾たちの母親は匠を生んだ時の産褥で死んだ。一家の中で優だけが異質だ。母親に似ているといえば聞こえはいいが、反対にいうと章にはまるで似ていないのだ。
「あんたがいい子にしてくれたら、私の口も固くなるで。今更、DNA鑑定なんてして追い出されたくないやろ」
優は深くため息を吐いた。
「わかったよ。でも如月秋人には使うなよ」
「わかってる。子供に興味はあらへん」
はんと綾は笑った。
あの男、自分をバカにしたあの男を屈服させてやる…綾はそれを思うだけでぞくぞくと身震いするのだった。
秋人は匠に片伊勢家まで送ってもらった。父の話、救世来神教の話も色々と聞かせてもらった。
代わりにと言ってはなんだが、2人の前で大技をいくつか披露して見せて、ものすごく喜ばれたのが印象的だった。
「なあ」
ぽつりと匠が呟いた。
「俺、東京行ってもやれると思う?」
ハンドルを切りながら匠が呟く。おそらく関西でははびこってしまった悪い噂が不安なのだろう。薫もそれを心配していた。
「ん。いいと思うよ。東京はダンジョン多いし、匠さんならすぐにランク上がるんじゃないかな」
秋人が笑顔でそう答えると、匠は一つ大きく頷いた。彼の中で決心がついたのだろう。
「年末のパーティーでれっかな」
匠の言葉に秋人は年末の薫と桜子の美しい立ち姿を思い出した。
「うん。すごく楽しいよ」
「行ったことあるんや?芸能人とかおった?」
「芸能人はあんまり知らない。でも薫と桜子さんのダンスはすっごく綺麗だった」
「へえ」
とそんな会話をしているうちに、片伊勢家に到着した。
「お前の父ちゃんが本当は三門とどういう関係だったかは分かんねえけど、親戚かもしれんみたいやからな。何か困ったことがあれば遠慮のう言えよ」
匠は少し照れくさそうにそんなことを言い出した。
秋人は知っている。誰にも見向きもされなかった人間が、誰かに優しくするのは容易ではないことを。
匠のこの言葉はとんでもなく価値のあるものだということを。
「ありがとう、匠さん」
秋人は静かに微笑む。柔らかい星が瞬く様な笑顔だった。秋人の返事に匠は屈託なく笑った。
「匠でええ。俺も秋人って呼んどるしな」
「うん。僕たちもう友達だね」
「っせやな。じゃあ、東京行ったら連絡するわ」
「わかった!」
2人は連絡先を交換して、片伊勢家の玄関前で別れたのだった。
そして、その夜匠は行方不明になったのだが、この時の秋人は知る由もなかった。
優「姉さん、そんなことよりこの領収書は経費では落ちないよ」
綾「なんでやねん。接待費やんか!」
優「ホストクラブで1人で豪遊してるのの、どこが接待費なんだよ」
綾「あたしを接待しとるやん!」
優「・・・・・・・・←言葉が出てこないくらいの衝撃を受けている」
綾「なによう!その顔!!」
次回の更新は7/19(日)です。




