17. 再契約
昼食会に出かけた一同が血相を変えて飛び込んできたので、片伊勢の家族はひどく驚いた。特に血まみれの秋人と蒼白な薫のただならぬ様子に絶句していると、乱れた薫の魔力を察知したのか冬由が莉音の部屋から飛び出してきた。
「薫!秋人!!」
冬由は薫の腕の中でぐったりとしている兄の姿に絶句した。如月秋人をここまで痛めつける魔法に想像がつかない。
「一体誰が!?」
「俺がやった」
と薫が苦く告げる。
「バカなこと言わないで!何があったか説明して」
薫の言葉を全否定した冬由は、皆から様子を聞き出して秋人を寝室に運ばせた。一応冬由が魔法を使うところはあまり見せたくないので、薫と秋人、冬由の3人だけにしてもらった。
「冬由ちゃん、秋人の心臓は無事?」
薫の言葉に、冬由は秋人のジャケットとシャツを脱がせて心音を確かめる。
「大丈夫、心臓は無事よ」
という冬由の言葉にヘナヘナと薫は座り込んだ。
「よかった」
薫があまりにも安心しているのが不思議で、冬由は治療を試みながら薫に尋ねる。
「秋人はかなり頑丈でしょ。なんでそんなに心配してるの」
薫は冬由にぽつりと告げる。
「龍神族の弱点は脳と心臓だから」
「ああ」
だからエファネルはあの姿で保存されていたのか…と冬由は納得がいった。
「でも、肺をかなりやっちゃってるわね。とにかく治療するわ。静かにしててね」
と冬由が医者のような顔で告げる。そういえばこの前のリサもそんな感じだった。
「師匠譲りだね、冬由ちゃん」
薫が告げると彼女は少し嬉しそうに笑った。
一通りの治療を終えて、冬由はふうっと額の汗を拭った。
「まさかこんな方法で血縁を証明してくるとはね」
薫がため息混じりに呟く。疑問顔の冬由に章の所業を伝えると彼女は少し嫌な顔をした。
「その人、もしかして教団に唆されてない?」
「ん?」
冬由の表情は暗い。
「よくあるパターンよ、それ。だとしたらこれで終わらないわね。久宝家に行く時は絶対に当夜を連れて行って。あと、これ…」
と冬由は例のイヤーカフの指差した。
「絶対に無くさないで。あんたに何かあれば、このバカと桜子さんが飛び込んでくることを忘れないで」
「わかってるよ。無茶はしない。それに、少し気になることもある」
「?」
薫はさきほどの騒ぎを思い起こしていた。
確かに優は章とは似ていない。けれども、綾と匠は明らかに似ている。親族の誰かとの不貞であると章は喚いていたが、どうにも気がかりだった。
「かおる?」
秋人の口から小さな声が漏れた。
「ああ、よかった。気がついたか」
薫が安堵のため息を吐く。しかし、秋人は少々躊躇いがちに何度か口を開いては閉じを繰り返した。
「僕、久宝家に引き取られる?」
不安そうな秋人の顔に薫は笑顔を向けた。
「いや、さっきも言っただろう。問題ありの家に預けたりはしないし、秋人の年齢なら本人の意思が尊重されるはずだ」
「でも…」
気持ちが治らないのか、秋人は薫の上着を掴んだ。指が微かに震えている。
「大丈夫。どんな弁護士連れてこられても、俺は絶対に負けないから」
「うん」
そう返事を返すと秋人はまた、うとうとと眠りに落ちて行った。
「秋人が連れていかれるってことは、私もセットかしら」
冬由の表情まで暗くなるので、薫はぐしゃぐしゃと彼女の頭をかき混ぜた。
「俺は負けないって言っただろ。ちゃんとご両親の言質もあるしな」
「え?」
「遺言状さ」
薫はばちんとウィンクしてみせた。
秋人はとりあえず絶対安静で冬由が見張っている。なので、再度久宝家に契約を結びにいくのに薫は当夜を連れて行った。
「1人になったらだめっすよ。あの綾って人、何しでかすか」
彼女の久宝家の長女というアイデンティティが崩壊したのだ。新たな拠り所として薫が狙われても不思議ではない。
「俺には婚約者がいるんだけどなぁ」
薫のため息に当夜は頷いた。
「もういっそ籍入れちゃったらどうっすか?」
「いや、そういう目的で結婚はだめだろ。一般的に女性には結婚への夢とかあるだろうし」
「まあ、そうっすよね」
当夜は一応相槌は打ったものの、桜子を一般的な女性の枠で括る薫の大胆さに相変わらず慄くのだった。
久宝家では優が待っていた。
「お手数おかけします」
と沈痛な表情を浮かべる優に薫は大きく首を振った。
「秋人くんはどうですか?」
と心配そうに尋ねたので、回復魔法で回復した旨を伝えた。優はほっと胸を撫で下ろした。
「その後、章さんは?」
と尋ねると、優はため息を吐いた。
「錯乱状態に等しいですね。精神科への入院が決定しました。なので、秋人くんの養子の件は申し訳ないのですがなかったことに」
そりゃそうだろうと当夜は思ったが流石に顔には出さない。薫は鷹揚に頷いた。
「承知しました。それでは、守秘義務の契約を」
「はい」
薫の魔法契約が一通り終わり、少しの雑談が始まった。
「本当に神崎さんにはご迷惑をおかけしまして」
流石に心労からだろうか、優は少しやつれて見えた。
「匠くんは?」
と薫が尋ねると彼は無言で首を振った。
「もしかしたら、父から親子鑑定のことを聞いてショックで飛び出したのかもしれません。あの子は昔からずっと久宝寺ダンジョンのために尽くしてきましたから」
優が苦しそうに囁く。
薫は不意に切り出した。
「ダンジョンで彼はあなたのことをとても尊敬しているように見えましたよ」
「え?」
珍しく驚いたようで優の表情が動いた。
「兄はとても優秀だと」
「そっすね。俺も兄貴が頭がいいのでわかりますけど、出来の悪い弟って大変なんっすよ」
当夜が思わず口を挟む。しばし、優は呆然としていた。
「てっきり嫌われているものだとばかり思ってました」
「そうなんですか?」
「はい。その…探索者、それも攻撃力の高いジョブを持っている者ほど支援職や後衛職のジョブを見下すので」
優の言葉を聞いて、薫の脳裏には赤城の姿が浮かんだ。
「優さんのジョブをお聞きしても?」
「ええ。私は商人です。なので、商売が得意なのはスキルの影響もありますね」
でも、あまりダンジョンに潜ってないからレベルは低いですけど。と彼は困ったように笑った。
「そうですか…」
薫は少し考えるように目を閉じた。
「ところで、このあとは大阪観光をされるんですよね?」
と優が気を取り直して薫に話しかけた。
「ええ。その予定です。秋人ももう少ししたら回復するでしょうし」
「頑丈ですねぇ」
優が苦笑いするのも尤もだ。かなりの重傷だったはずが、既に今朝は朝食を自分で食べていた。
「よかったら、これ使ってください」
渡されたのは何枚かのパスだった。
「ユニバーサル・フィルム・ジャパンの入場券です。ファストパス付きのVIPチケットなので楽しめますよ」
「え?」
当夜が思わず声をあげた。
「うちはスポンサーなので年間何枚かいただけるのです。ご迷惑をかけたお詫びに」
優が困ったように差し出した。
「ただ、日付の指定がありまして、明日なんですが大丈夫ですか?」
「そうですね、たぶん」
「先生!貰っとこうよ。これめっちゃレアものだよ。冬由ちゃん大喜びじゃん」
と当夜が興奮気味に叫ぶので、薫は躊躇いながら受けとた。
「かなり高額なのでは?」
と尋ねると、優は無言で首を振った。
「いえ、スポンサー特権で無料です。でもうちは使う人がいないので。このまま大阪を嫌な思い出にしてもらいたくないので、ぜひ」
との彼の言葉に、薫は釈然としないまま受け取った。
当夜「とにかく、先生は最近誘拐事件が多すぎるので注意するっす」
薫「俺は注意もしてるし、警戒もしてるんだがな」
当夜「そうっすよねぇ」
薫「だいたい、誘拐する奴が悪いんであって、誘拐された側は悪くないんだ!」
当夜「へいへい」
昨日は短編集の方にSSをアップしておりますので、まだ見てない方は宜しかったら覗いてやってくださいー
次回の更新は7/30(木)




