12. 竹山大善
秋人は片伊勢家に戻るとすぐに匠と連れ立って彼の師匠のところに向かった。そうゆっくりもしていられないし、依頼が終わったら冬由を連れて大阪・京都観光をすることになっている。あまり時間がなかったのだ。
匠に彼の剣が父のものに少し似ていることを話すと、彼は自分に剣を教えてくれたのは槍持の探索者だと教えてくれた。
秋人が会いたい、もしかしたら父のことを知ってるかもしれないと言うと、快く案内を引き受けてくれたのだ。
本当は薫も行こうとしていたのだが、本業の方にトラブルが発生したようで金子と詳しくやりとりする必要があるらしい。秋人は1人でも大丈夫だと言い張った。匠もいるし、彼の車でドアトゥードアということで、無理やり納得させた経緯がある。
真っ赤な2シーターのスポーツカーに乗るのは初めてで、秋人は若干緊張した。
「すごく綺麗な車だね」
と秋人が感嘆の声をあげる。ぴっかぴかのメタリックレッドの流線型の車体は、もちろん秋人の審美眼的にジャストフィットだ。職人の髄を凝らした造形美の完成系である。秋人はうっとりと眺めた。
「ええやろ?バカ息子の演出にはピッタリやと思って買うたけど、案外悪くなかってん」
ウィンクしてみせる匠に秋人は大きく頷いた。大概の男子はスポーツカーにはある種の夢をみるものである。それはどうやらあまり車に馴染みのない秋人でも同じらしい。その上、走行時にはマニュアル車を華麗に運転する匠のハンドル捌きが秋人には大人、かつ大変かっこよく見えた。
「かっこいい」
ぼそりとつぶやく秋人に、匠は車を褒められたと思ったので、満面の笑みで頷いた。
「すみません。無茶言って」
と車中で秋人が頭を下げるも、もはや自分を偽る必要がなくなった匠は、苦笑して感じよく笑った。
「いや、俺もあんたを師匠にあわせてやりたかったし」
「どうして?」
秋人がきょとんとした顔で聞き返すと、匠はぷはっと吹き出した。
「いや、だってそりゃそうやろ。天下の如月秋人の剣が見れるんやで?師匠だって見たいにきまってるやん」
「でも、僕の剣はかなり自己流だよ。今は師匠…桜子さんに稽古つけてもらってるからだいぶ変わってるけど」
「お、そうなんや。霧崎桜子かあ。ええよなぁ。豪快やし、あの人の剣は」
うんうんと匠が頷く。
「匠さんは師匠の剣を見たことがあるの?」
「あるで。仙台のダンジョン討伐で一緒やった。綺麗な太刀筋やったし、えらい美人やったからなぁ。憧れとったけど、高嶺の花やなって。おたくんとこの弁護士と婚約中やったか?」
匠は軽快にハンドルを切って山中の細い道に進む。
「なんであんな軟弱野郎に?って探索者の間ではちょっとばっかり噂になっとったけど、ありゃーすげえ魔法師やな。あの雷魔法はすっごいかっこよかったわ」
な?っと同意を求められ、秋人はうんうんと大きく頷いた。雷神の雷鎚は見かけも派手だし、美しい。薫にはぴったりの魔法だと常々秋人は思っている。
「薫はまだ魔法師になって2年なんだよ。本当にすごいと思うんだけどなぁ」
秋人の言葉に匠は「へえ」と感嘆を漏らした。
「まじで?それであんだけの魔力があるの、ちょっとびっくりやな」
「旅のしおりに書いてあるから読んでおいてね。あの周辺の話を薫に説明させると大概周りが居たたまれないんだ」
と秋人が難しい顔で説明したので、匠は不思議そうに首を傾げたが何も言わなかった。
「着いたで」
匠の言葉に合わせて赤いスポーツカーが停車する。小さな寺のような建物だった。
「竹山庵?ちくざんあん?」
入り口の木製の立て看板に書かれている文字を秋人が読み上げると、匠は苦笑した。
「んなええもんちゃうし。だって見てみ?このへったくそな文字」
立て看板の毛筆は確かに少し曲がってるし、お世辞にも上手いという字ではない。でも豪快でのびのびとした勢いがあった。
「僕、この字好きだよ」
と秋人が告げると、彼らの背後から大きな笑い声が聞こえた。
秋人が振り返ると作務衣を着た大男が立っていた。秋人は驚いた。こんなに近くまで魔力のある人間が接近していたことに気が付かなかったからだ。先日のショッピングセンターとは訳が違う。
「わはははは。どうや匠!聞いたか今の言葉!!」
「秋人は優しいからリップサービスってやつやで、な?」
匠が反論すると、彼は大袈裟に眉を寄せた。
「素直に褒めとけや、アホ弟子が」
「こっちのセリフじゃ、バカ師匠」
ニヤリと2人は笑って見せた。
「首尾よく事が済んだんやな」
「まあ…な」
匠が鼻の頭を掻くと、ふっと男は真顔になった。
「無事のご帰還お喜び申し上げます」
さっきまで大笑いしていた大男は、匠の前に膝をついた。
「師匠!!!」
驚いて匠が声をあげる。
「曲がりなりにも槍持だ。これくらいやって当たり前やろ」
「でも」
「ようやらはった。お前は早起きは嫌いやし、才能はないし、頭悪いし、女癖も最悪やったけど、諦めることだけはせんかった。誰よりも努力しとった。それは俺が一番よーわかっとる」
匠が泣きそうな顔になった。
「ひでえ言い草や」
と涙声で呟き、目を擦った。
しばらく森の中に、匠の涙声だけが響いた。
「やあやあ、みっともないところを見せたのう」
がははと豪快に笑った。
「みっともないってなんやねん」
と匠が文句をつけるも、男はおおらかに笑った。
「あんたが、如月秋人やな」
「はい」
男の言葉に秋人はそっと頷いた。
「ひゃーーーー、おとんによう似たイケメンやな。匠、負けとるで」
「ほっとけ」
匠がぼやくのを無視して、男は秋人に片手を差し出した。
「竹山大善 探索者や」
「如月秋人です」
秋人も流石にその名前くらいは知ってる。Sランクの探索者で、最近は殆ど表に出てこない人物だ。秋人は思わずまじまじと相手を見ながら片手を差し出した。その大きな手を握り返すと相手は大きく破顔した。
「ははは。匠、見てみ、この手。この若さでこの手の硬さ。どんだけ修練してるかようわかるわ。幾つやったっけか?」
「16歳です」
秋人が答えると大善は痛ましそうな表情になった。
「おとんとおかんの仇は討てたか?」
「…はい」
「そうか。ようやったな。孝行息子や」
大善はそう答えてから秋人に大きく頷いて見せた。
そのことをこんな風に労われたことは初めてで、秋人は少しだけ胸の中の何かがすっきりとするのを感じた。
大善は庵の中へと案内してくれた。和風の建物で道場のようなものだったが、質素で古風だった。しかし、清掃はしっかりと行き届いており、趣のある建物だった。山の自然と合間っておそらく季節折々に美しい様相になるのだろう。
秋人が感心して眺めていると、大善は弟子に向かって
「茶でも出さんかい」
と要求した。
「へいへい」
と言いながら匠も席を立つ。2人はまるで親子のように仲が良かった。久宝家でのやりとりを見ていた秋人はその違いに驚いた。まるでこちらの方が『家族』のようだった。
「匠さんとは長いのですか?」
と秋人が思わず尋ねると、彼はふふっと小さく笑った。
「あれが5歳の頃から面倒みとる。まあ、最初はほんまに生意気なクソガキやったけど、あいつ自身も色々と思うところがあったみたいやな」
言葉は乱暴だが、親しみが込められている。
「久宝寺ダンジョンのダンジョンボスに最後のとどめを刺したのは、匠さんです」
秋人が言うと、彼はうんと大きく頷いた。
「神崎家のべっぴんの兄ちゃんは久宝のエースに花を持たせたくれたんやな」
秋人は静かに首を振った。
「薫はそんな気遣いはしない人です」
「そうか…」
「はい」
静かに2人は瞑目した。久宝寺ダンジョンへの哀悼のように。
「粗茶ですが」
と匠が大きな湯呑みを秋人の前に置く。大善は呆れたように呻いた。
「おいおい、なんでその湯呑みやねん。客用のもうちょい気取ったのがあったやろ。なんで寿司屋の景品なんや」
「ああ?だってこれが一番たくさん入るやろ。秋人は高校生やからな。沢山飲んで食べなかんねん。ほい、茶菓子」
どんと秋人の前に羊羹が一本出された。
「切ってこい」
「何言うとん、師匠。秋人、男やろ。齧りつけ!」
「アホか!」
というやりとりを見ながら秋人は魔法剣を小さく出すと、包み紙ごと羊羹を三等分して、大善と匠の前に置いた。
「器用なもんやな。そんな小さいのも出せるんか」
とは匠である。大善もびっくり顔だった。
「僕、和菓子の中では羊羹が一番好きです」
とニコニコと笑顔で食べ始める。2人はそんな秋人を見て顔を見合わせて笑った。
大善「いやあ、しかしあれやな。秋人くんはえらいしゅっとしたイケメンやなぁ」
匠「それがさー、もっとどえらいイケメンがおるねん」
大善「あれより上ってバケモンの類ちゃうんか?」
匠「あー、なんか天使みたいな感じや」
次回の更新は 7/12(日)です。




