11. 久宝寺ダンジョン 4
【雷神の雷鎚 改 16檄】
薫の詠唱が終わるとともに、巨大な魔法陣から16本の雷撃が放たれた。黒龍は顕現前に出鼻を挫かれるように地面に引き倒された。
【圧縮衝撃波】
こちらは秋人の詠唱だ。対象がダンジョンの通路壁ではないのを初めて見た薫は、その威力に冷や汗を掻いた。
「こりゃあ確かに使いどころがなさそうだな」
と、己を棚に上げて呟く。
不意に、当夜の横を駆け抜けていく影があった。
「あ、巌さん」
秋人が思わず目を見張る。大柄で長身な印象を裏切るスピードで彼が剣を振り抜くと、黒龍の首がほとんど断ち切れる。見事な一閃だった。
「とどめを」
と彼が言うと、匠が素早く剣を構えて跳躍した。
「これで、終わりだ!何もかも!!」
【久宝流水環一閃】
匠が叫んで黒龍の頸を切り落とした。美しい剣筋だった。思わず秋人が目を見開く。昨晩言った通り、彼の剣はどこか父のものに似ていた。
「あとで、誰に教えてもらったか聞こう」
と心の中に秋人は留めた。
さしたる苦労なくダンジョンの主を倒せた事に全員がほっと安堵の息を吐いた。黒龍が呼び出した眷属のモンスターも、聖夜、当夜、瑛人の3人がきちんと狩り切ったので特に問題もなさそうである。
ダンジョンが鳴動するように、何度か揺れて黒龍の大きな体の向こうに迷宮核の部屋が現れた。
秋人は黒龍の魔石を取り出して匠に手渡した。
「はい。どうぞ」
「いや、これは…」
通常はパーティーで挑んだ場合、こういう高価な代物は共同所有で後から山分けだ。
「流石にこれは久宝家のもので皆納得だよ」
と薫が笑う。匠は困ったような顔で瑛人を見るが、彼も大きく頷いた。このダンジョンを血で支えたのは久宝一族だ。最後の宝は彼らの物である。
「サンキューな」
小さく匠は礼を言った。先祖の墓に終わったことを伝えるのに、これほど相応しい供物はないだろう。
迷宮核の部屋には、核の他に神崎家の面々が以前に見たものとよく似た物があった。
「龍玉?」
しかし、独立しておらずダンジョンにめり込むように固定されている。色も秋人の家にあったものは綺麗な虹色だったが、これは透明で色がほとんど抜けていた。
「一応、持って帰ってみる?」
と秋人は薫に尋ねたが、
「いや、止めておこう。何があるかわからん」
と薫は判断した。おそらくダンジョンと一体化している。これを取り出すと出口がなくなるとかそういう事になりそうだ。
「迷宮核を潰せばダンジョンごと消える。救世来神教が悪さする隙はないだろう」
と薫が言うと、秋人も納得したように首肯した。
秋人が迷宮核に向かって双剣を構えた。
【異界閉鎖】
魔法剣から強力な光が走って迷宮核に叩き込まれた。そこからずるずると迷宮核を引き抜く。桜の花のようなガラス体は秋人の魔法で引き抜かれ、ダンジョンから切り離された。
「すげ」
瑛人が感動の声をあげた。こんなに完全体な迷宮核を見るのは始めてだった。
「見事なものだな」
巌も思わずため息を吐く。
「お母さんの得意技だったでしょ」
「ああ、でもここまで巨大な迷宮核は私も初めて見たよ」
彼の言葉に秋人はにこりと微笑んだ。
完全に切り離された迷宮核を、秋人はくるくるとまとめて収納にしまった。
「これでよし。出口が開くよ」
との秋人の言葉と同時に最奥の壁にぽっかりと穴が広がる。
「よし。依頼終了」
彼らがダンジョンを出ると同時に、迷宮核が完全にダンジョンから取り除かれた。それを合図のようにダンジョンは消滅した。
長い長い間存在していた原初の魔窟のうちの一つが、ここに閉鎖となった。
あっさりと出てきた一行に、当初久宝家の章と綾は半信半疑だったが、匠が黒龍の魔石を見せると目の色を変えた。
「まあ!なんて綺麗なの!!」
「おお、これは素晴らしい!!」
2人は魔石の価値にしか興味がないらしい。匠は少しため息を吐いた。
「ご先祖様に供えたいんやけど」
と早速売るための算段をしだした2人に対して、匠が告げると章は眉を跳ね上げた。
「生意気なことを言うな!ちょっと力が強いからと言って偉そうに」
「そうや!あんたなんかどうせ皆の足手纏いやったんやろ!」
吐き捨てるようにそんな言葉をぶつける。匠は唇を噛み締めて黙り込んだ。
所詮家族にとってはいつまでも自分はないがしろにされる存在なのだということが、嫌と言うほど思い知らされた。
ダンジョンで得たはずの誇りも自信も、あっという間に枯れてしまいそうである。しかし、そんな彼の姿を黙って見ているような面子ではなかった。
「最後のとどめを刺したのは、匠さんですよ」
薫は静かに告げた。
「え?」
2人が困惑を浮かべて薫を見る。
「大変立派でした。これまでの親族の犠牲に対してきっちりとけじめをつけた。久宝家のエースはさすがですね」
お前らと違ってな
という言葉が見えるように薫は微笑んだ。カミソリ並の鋭さである。
「いや、驚きました。こんなに有力な探索者を抱えておられたのに、わざわざ高い金を払ってまで我々を召喚する意味があったんですかね」
と半笑いなのは巌だ。
巌は匠に向き合って微笑んだ。
「匠くん、よかったらうちに来ないか。うちもダンジョンを失ったが、一族を再編して探索者の組織を立ち上げてる最中なんだよ。うちなら君の実力をもっと有用に活用できる。幸い、もう久宝寺のダンジョンもなくなったことだしね」
にこりと威厳のある笑顔を浮かべた。蔵を無くしたもの同士、章と巌は同じ立場だ。それならば、圧倒的に巌の方が格上である。
みそっかす扱いだった弟が急に持ち上げられていて、綾は面白くなさそうに顔を顰めた。
「匠さん、東京にくる?」
と秋人が尋ねた時、章が横から割り込んできた。
「おお、やはり!秋人くんはお父さんにそっくりやな。春彦もかなりいい男やったが」
秋人はしまったと露骨に顔に出してしまった。メガネも帽子もつけ忘れていたのだ。
「そうですか?母に似ているとはよく言われますが」
敢えてそう言うと顔を隠す様に薫の背後に隠れた。薫もそれを助けるように章の前に立ち塞がる。
「秋人は人見知りでね。ではとりあえず依頼も片付いたことですし、契約書にサインをお願いします」
薫が差し出した契約書を眺めながら、なお章の視線は秋人へ向かって粘着している。
「いやあ、お母さんにももちろん似とるやろうけど、お父さんにもよう似とるわ。涼しい顔で容赦のない剣を振るってたけど、君もそんな感じか?」
じわりとにじり寄ってくる章に対して、薫が眉をひそめた。
「サインを」
再度促すと章は渋々書類のサインをしてみせた。
「東京からわざわわざご足労かけたんやし、ぜひ祝いの席を設けさせてくれへんか?」
「いえ、今日は疲れておりますので一旦戻ります」
冷たく薫にあしらわれても、なお章はめげない。
「では、明日。明日はどうやろ?いいやろ?ギルドにも報告せなあかんし」
「・・・・・」
薫は閉口したが、ここまで言われて断るのも難しい。
「わかりました。ですが、秋人は学生ですので、ご遠慮願いたい」
薫の言葉に章は大袈裟に肩をすくめて見せた。
「じゃあ早めの時間にセッティングしたらええやろ。な?そうしよ。天下の如月秋人と食事を一緒にしたって一生の自慢やで」
薫がなお断ろうとしたが、秋人はそっと薫の袖を引いた。おそらく章は諦めない。
「ちょっとだけなら」
「秋人…」
薫の苦境に秋人が黙っていられるはずもない。薫は深くため息を吐いた。
「昼食の席にしてください。時間も2時間で」
「いけずやなぁ」
章が薫の妥協案に了承し、全員がその場を後にした。
秋人「僕、なんとなく薫が変態が嫌いって言ってる意味がわかる気がする」
薫「な、そうだろ?わかるよな?」
秋人「うん。なんかゾワゾワする」
薫「そうなんだよおおおお」
聖夜「びみょーに違うと思います」
次回更新は7/9(木)です。




