9. 久宝寺ダンジョン 2
相変わらず薫がダンジョンとは思えない料理を作って、みんなで美味しく食べた後、神崎家と朽木家、久宝家と片伊勢家でテントを分けて休むことになった。
「そっちの方が人数多いんやけど、大丈夫ですか?」
と瑛人が尋ねたが、
「ああ、空間魔法で中広いから大丈夫ですよ」
とにこやかに薫が告げた。
瑛人は疲れてすぐに眠ってしまったが、匠は瑛人が寝たのを確認してからそっとテントから抜け出した。
収納魔道具に入れている愛用の長剣を取り出し、型を一つ一つ丁寧になぞる。毎日稽古をしないと気持ち悪いのだ。
「それにしても、あれは綺麗だった」
8階層のボスを倒した秋人の双剣。あの軌跡は完璧で見事だった。少し記憶の太刀筋をなぞるように剣を流す。
「ふふ」
剣は好きだ。稽古するのも嫌いじゃない。優れた戦士の技量を見るのはいつも楽しい。 匠の師匠は残念ながら体を壊していて、もうあまり探索には出られないのだが、いつもしっかり稽古をつけてくれるし、できたら褒めてくれる。正直なところ彼がいなければ、自分はもっと早くダメになっていただろう。
「師匠に見せてやりてえ」
秋人の剣は無駄のない理想の剣筋に見えた。あんなスピードで振り抜いているというのに一切のブレがなかったのが、また何とも言えず美しかった。もう一度この目で見てみたい。
「もう一回見せてって言えればええんやけどなぁ」
ぽつりと小さく呟く。
「言えばやって見せてくれると思いますよ」
「は?」
慌てて匠が振り向くと、コップと歯ブラシを手に突っ立ている薫が居た。
「な、なにして」
「歯磨き」
「いや、それは見たらわかるんやけど」
匠は焦って何か誤魔化そうとしたが、薫は小さく微笑んだ。
「夜中まで稽古とは大変ですね。剣士って」
匠は頬が熱くなるのを感じた。
「べ、べつに稽古ちゃうし。こ、これは明日の準備や。ボスは俺が倒すねん。よそ者に手伝ってもらうのほんまは嫌やったしな」
などと言ってみたものの、薫はうんうんと頷いて微笑ましいものを見る顔をしている。
「くそ」
匠は剣を地面に刺して、座り込んだ。
「いつから分かっとったん?」
「最初から…と言いたいところですが、秋人の威圧に耐え切った時ですね」
「ちっ」
匠が舌打ちする。
「うちの秋人の威圧に耐え切れる探索者なんて日本で桜子さん、巌さん、当夜の3人くらいじゃないですかね?全員Sランクですよ」
「あんたは?」
「私、魔力を感知する能力が皆無なので、秋人の威圧はさっぱり効きません」
まあ、その代わり不意打ちだと攻撃され放題ですけどねと薫は笑った。呆れたように匠が深くため息を吐く。
「内緒にしといてくれへんか」
「あなたのレベルが51を超えていることをですか?それはダンジョンの主に食われないために?」
「違う!!」
匠は即座に否定した。
「俺は、覚悟はしてた。いずれはダンジョンに食われるやろうって。親父も兄貴も姉貴もたぶん足りへん。いけるのは俺だけや。だから…」
俯く青年の表情は見えない。
「だから、惜しまれないように素行の悪いそぶりを?」
「っ!!」
匠が顔をあげると、真剣な顔の薫が匠の横に座っていた。
「秋人がごめんねって言ってましたよ」
「・・・・別に演技してるわけじゃねーよ。ただ、俺は次男だし。あんま兄貴の邪魔になりたくもなかったし。兄貴は賢くてきちんとしててすげーんよ。だからさ…」
匠はもうずっと兄を立てるために悪役に徹してきた。それが骨身に染み付いているので、こんな風に、努力を褒められたりするのは尻の座りが悪いのだ。
「それに、ホンマに俺、女の子は好きやし」
何とか絞り出した言葉は、しかし少々拙かった。
「うちの冬由に手を出したら、恐ろしいことになりますよ」
ひんやりとした空気を感じて匠は顔をあげた。いつのまにか、匠の傍に秋人がいる。
「ひっ」
思わず腰を浮かせた。
「秋人だけじゃないですよ。冬由の師匠は庄司リサさん。彼女を敵に回すということは、アークエンジェル全員が敵になるってことです。当然、私の婚約者もそのうちの1人です」
薫の言葉に匠はごくりと唾を飲み込んだ。匠はちゃんと霧崎桜子のやばさは理解している。
「それに、冬由の後見人は探索者ギルド本部名代のレネオアさんだよ。すっごくバカみたいに強い人だよ」
と秋人。匠は額から汗をだらだらと流した。秋人が強いというなんて、どれほど強者なのかと震え上がった。
「あ、もちろん私もそれなりに色々とできますよ。魔法的なものから法律的なものまで一通り」
にっこりと薫が笑った。法律的なものって何?探索者関係なくねえ?と内心おおいに焦る。
匠が青い顔で地面から立てなくなっていると、ふっと2人は笑った。
「もう、ダンジョンに食われる必要ないわけだから、明日からやり直せばいいんです。大阪にいづらいようなら東京にいらっしゃい。仕事くらいは斡旋してあげましょう」
「匠さんの剣はちょっとお父さんのに似てるので、今度またちゃんと見せてくださいね」
未来の約束や将来の生活など、匠には考えられないことだった。明日にはそれが手に入るのだ。匠は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
「まあ、ええわ。明日はボス戦や。ゆっくり休みや」
そう負け惜しみのように告げて、逃げるようにテントに入って行った。
「薫、一つ気になってることがあるんだけど」
秋人は匠を見送りつつ薫に声をかけた。無言で薫が先を促す。
「ここにも樹のお姉さんいるのかな。巨福呂坂にもいたって言ってたんだけど」
「いるかもな」
「ダンジョンを閉鎖しちゃったら、どうなるんだろう。僕、前みたいにはできなさそうだし」
「・・・・ん」
秋人は何度かあの祝詞を思い出そうとしてみたのだが、記憶が霞んだように浮かんでこないのだ。あの時はさらさらと唄えたのに。
「薫の魔法で見せてもらうわけにいかない?」
「小姫も言ってただろう。2度としない方がいいって」
薫の返答を半ば予測していたのだろう、秋人は沈んだ顔になった。
「でも、なんとなくなんだけど…蔵を閉めるのに普通の方法を取るのは、新潟の姫やうちの小姫にも悪い影響が出るような気がするんだ」
だからといって秋人の命には代えられないのだが、秋人自身はそこまでとは思っていないらしい。
「秋人はあの時5日目が覚めなかった。病院でも原因不明って言われたし、生きた心地がしなかったよ」
薫の言葉に秋人はしゅんと項垂れる。
「まあ、祠に行けば、きっとここの姫とも話せるだろう。何かいい方法がないか聞いてみよう」
「そうだね」
薫の言葉に、秋人は少しだけ浮上したようで、笑みを見せた。
「そろそろ寝ないと。明日は早いぞ」
「ババ抜きあと一回やったら寝る」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ビリじゃなかったんだからいいじゃないか」
「絶対、薫手加減したでしょ!僕にもわかるようなベタベタな手だったよ」
「それほどでも…」
「褒めてないからね!!」
と言い合いながら2人はテントに戻って行った。
当夜「えー、それでは神崎家ならびに朽木家メンバーによるババ抜き選手権を始めます」
秋人「どんとこい!」
薫「秋人、もうこれ言っちゃうけど秋人ね、相手のカード取る時に自分の手札全部見せてるの知ってる?」
秋人「え?」
薫「手首返したら見えるでしょ」
秋人「ええええええ」
次回の更新は7/2(木)です




