7. 久宝一家
一通り紹介が済み各自の部屋に通された。秋人は薫と同じ部屋だ。それで、秋人は少しだけ気になったことを薫に聞いてみた。
「薫、さっきの匠って人さ…」
秋人が言いたいことが分かったのだろう、薫は小さく頷いた。
「たぶん、秋人の予想通りだ」
「そっか。悪いことしちゃったかな」
「まあ、そう言うこともあるから、無闇に威圧しないように」
「うん…」
秋人は承諾したが、それでも大切な人たちに敵意を向けるものに対して容赦できる自信はなかった。そんな秋人の様子に薫はくすりと笑って彼の頭をぽんと叩いた。慰めるような仕草に秋人は少しだけほっとした。
「今晩、久宝家の夕飯に招待されてるけどメガネ掛けて行けよ」
「うん、わかってる」
薫の言葉にしたがって音々から渡された修理済みのメガネを取り出した。一応例のキャップも持ってきている。
「猫耳で行ってもいいけど」
「いや、夕飯いただくならキャップはな」
「そうだね」
他愛のない会話である。
「薫…」
「ん?」
「終わったら大阪・京都観光だね。楽しみ」
「ああ、そうだな。新幹線はどうだった?」
「思ってたよりうんと快適だった。すごいね!」
「駅弁は?」
「美味しかった!!」
こんな風にいつまでも過ごしていたい。そう秋人は願わずにはいられなかった。
ふと、エファネルの姿が思い浮かんだ。あれは母の影だ。そして、今回の大阪行きにはチラリチラリと父の姿が見え隠れしている。少しだけ嫌な予感がした。
久宝家には薫、秋人、巌の3人で向かった。当初当夜もついて行くと言ったが、薫が冬由の護衛を頼んだので残った。流石に薫も秋人と巌が付いていれば、そうそうおかしな目には合わないだろうという思惑である。
迎えの車から見えた久宝家は、片伊勢家より更に立派な佇まいだった。
「すごいな」
と思わず薫が呟くほどの、立派な日本家屋である。重厚な白壁がえんえんと続いており、屋根の瓦も庭木の美しさも群を抜いていた。池があるのだろう、鹿おどしの音が遠く聞こえる。
「久宝寺ダンジョンの特産品はよほど豊富なんですね」
と薫が肩をすくめると、巌が苦笑する。
「いや、もうほとんど掘ってないはずだ。久宝家の今一番の稼ぎは素材開発だな。確か、長男がものすごく商才があると聞いた」
「へえ、それは意外」
「だから、蔵を閉鎖しても困らないとの判断もあるんだろう」
「なるほど」
3人は迎えの車から降りて邸内に向かった。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
深々と頭を下げる和服の女性は女中だろうか。しずしずと案内される中、3人は進んだ。邸内は綺麗に掃除が行き届いているのにどこか暗い。何か得体の知れない圧力が3人の上に覆い被さるようだった。
秋人は無意識に警戒を強めた。特に薫は魔力察知能力が皆無である。急襲されても分からないのだ。
「よう来てくださった」
居間に案内されると、立派な和服の男性が上座に腰掛けていた。そして、薫や巌を通り越して秋人へ目をやる。
「顔は見せてはもらえへんのかな、如月秋人くん」
一見、親しげな口調だが何か粘るような気配を感じる。秋人はこくりと頷いた。
「守秘契約を結んでいただければ、出してもかまいませんよ」
薫が静かに告げると、男は肩をすくめた。
「当然やな…神崎弁護士」
「はい」
にこりと薫が笑った。それだけで、場がぱっと華やぐ。美しい微笑みに、男の周囲に座っていた男女が思わず息を呑んだ。
「あ、臨戦体制だ」
と秋人と巌は察した。わざわざ男は薫を弁護士と呼んだ。お前の実力などたかが知れてると言いたいのだろう。もちろん、薫は内心どうあれそれを表に出すような真似はしない。
食事が運ばれてきて、談笑となった。ダンジョンの話は後回しということで、それぞれの近況などである。
まずは自己紹介。さきほどの男は当主の久宝章と名乗った。その横に同じく和服姿の男性、薫より少し若いくらいの青年は優、長男である。
その反対側には和装の女性が座っていた。長女の綾だ。大変な美女だったが、どこか蛇を思わせるイメージがあり、先ほどからその視線はピタリと薫の顔に固定され、舌なめずりしそうな勢いである。
薫は慣れているので、その手の視線はさっぱり無視を決め込んでいるが。女性の変態は殴って撃退できない分厄介だなくらいに思っている。
そして、さらにその隣に駅で会った匠が流石にもう少し改まった格好で座っていた。
綾がしっとりした声で薫に話しかける。
「先生は先日かなりのお怪我をされたと耳にしたけど、もうお体の方はええのん?」
「ええ、あれは少し大袈裟に盛ってもらったんです。会見を早く切り上げろと秋人が煩くて。おかげでリサさんに怒られました」
薫が苦笑を浮かべてそう返答する。
「まあ」
などと笑い声をあげるが、目の奥はちっとも笑っていない。ただ、熱心に薫の顔を見つめていた。
「じゃあ、目玉なくなったり指切られたんはホラやったんか?」
と匠がバカにしたように尋ねたので
「あ、それは本当。リサさんは大変優秀な回復魔法師ですので、助かりました」
とにこやかに笑って左手をみせた。秋人はムッとしているが、先ほどの部屋でのやりとりを覚えているので、ちょっとだけ我慢した。
「欠損をそこまでしっかり治せるとは、さすがSランクパーティーのメンバーやわ」
とにこやかに綾が笑ってみせる。
「私も回復魔法師だけど、まだそこまではでけへんし」
ほほほと笑っているが、秋人は彼女が片伊勢進の不調の原因だと悟ってげんなりした。
「回復魔法師なのですか?ご本家で?」
と薫が尋ねる。本家の血筋の者ならおそらく十歳前後でダンジョンでジョブを得る習慣がこちらの家にもあるだろうと思ったのだが。
「ああ、君は回復要員か」
と巌が呟くと綾はひどく冷めた顔をした。
「ええ、一族の回復魔法師が高齢で引退したので、わたしがする羽目になったんですわ。おかげで、ついこの前まで看護師をさせられててうんざり」
ある一定の技能を習得したものがダンジョンでジョブを得るとそれに関連したものになる。医者や看護師は回復魔法師になることが多いのだ。名門はそうやって回復魔法師を常に補給するのである。
特に当主に近い血族は魔力が強い可能性が高いので、綾が選ばれたのだろう。
「ところで、明日さっそく閉鎖作業に入られるとか。もっと調査してからでもかまわんが」
章の言葉に薫は苦笑を返した。
「いえ、盆休み中に片付けたいので」
いかにも簡単なことのように薫が言ったので、久宝家当主は顔を顰めた。
「それはまた…ずいぶんとたいそうな口を利く」
「いや」
章の言葉を遮ったのは巌だった。
「事実ですよ、章さん。神崎先生たちはうちの荒れかけたダンジョンを1時間もかけず閉じた。こちらの久宝寺ダンジョンは正常状態でしょう?全然余裕の日程だと思いますよ」
巌の言葉に、そこにいた久宝家の全員が押し黙る。
「あの時は師匠…霧崎桜子さんがいたからね」
秋人がフォローするように告げると、巌はクスリと笑った。
「だから、代わりに私が来たじゃないか」
「押しかけ助っ人だね」
「これでもSランクだよ」
「うん、びっくりした」
秋人と巌の会話を久宝家の皆が驚いて眺めている。
巌はつい最近ランク更新を行った。Sランクである。もともと蔵持の当主はおしなべてS相当の実力なのだが、緊急招集などに応える必要がないようにBで止めていることが多い。巌は兄がいたのでAまで上がってしまっていたが、それを更新したのだ。
「仲、ええんやな」
匠が呟く。
「秋人くんを虐待していたギルド職員は朽木の一族だったと聞いていたが」
と章も続けたが、秋人は首を傾げた。
「別に同じ人じゃないから、一族とか関係ないと思います。巌さんがさせてたとかならともかく」
これは秋人の本心だ。
「それに、巌さんは毎回すっごく人気のある美術展のVIPチケットを2枚くれるし」
にっこりと笑った秋人に対して薫は天を仰いだ。
「餌付けならぬ絵付けだな」
と。
食後、薫は章を介して久宝一族と守秘契約を結んだ。
「今回の依頼によって知り得た秋人の情報を久宝家並びにその関係者の家系以外に漏らすことを禁じる」
という内容で、ペナルティは身体損傷なのでかなり重めだ。
「本当にいいんですか?このペナルティで」
と薫が章に確認したくらいである。警告や話せなくなるなどのペナルティを選ぶことも可能なことを説明したが、章はうっそりと笑うだけだった。
薫「そういえば、巌さんあんなにたくさん毎回展覧会のチケットもらってますけど、どうやってるんです?」
巌「ああ、朽木家で美術品関連の新部所を立ち上げたんですよ。妻が今そちらの責任者です」
薫「それって…」
巌「チケットをあげた時の秋人くんの喜びようが楽しくて」
薫「金持ちの道楽の規模は意味が分からない」
次回の更新は6/25(木)です。




