5. 嵐の予感
新大阪駅に着くと、音々と莉音は何やら感慨深く空気を吸った。
「大阪の空気やー」
「関西弁でも変な顔されへんのうれしー」
2人、それなりに東京で苦労しているらしい。
「どうして東京に住んでるの?」
冬由が尋ねると、2人は少し困った顔をした。
「ああ、うん。本家がね…厄介なんやわ」
「冬由ちゃんも気をつけてな」
2人の言葉の意味はもう少ししたら知れることになる。
「音々!莉音!!」
新大阪の駅舎を出たところに一台のワゴン車が停まっていた。
「お兄!」
莉音が駆け出す。
「ちょっとはデカくなったんか?ちびっ子よ」
大柄な青年は飛び込んできた妹の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「やめてや!レディの髪の毛を掻き回すなんて言語道断やし!」
と莉音が抗議するも、笑って受け流していたが、その様子を眺めている一行に気がついて少し赤面してごほんと咳払いした。
「いやはや。お見苦しいところを見せて申し訳ない。片伊勢瑛人です」
青年は人の良さそうな笑顔で薫に向かって頭を下げた。薫に対して礼を取ったことで秋人の中で瑛人の評価は上向きである。
「はあ、しかしあれやな。ほんま、こんなイケメン初めて見ましたわ。目、潰れそうなイケメンやでって音々がなんかわからん自慢してたけど」
瑛人は薫を見て感心したようにうんうんと頷いた。さらに周囲に並ぶメンツの顔面偏差値の高さに驚愕する。
「はー、なんか煌びやかなご一行やなぁ」
と、瑛人は薫、秋人、聖夜、当夜、巌、遊馬を見て、それから小柄な少女に目をやった。
「えっと…こちらは?」
「うちの友達」
莉音がそう紹介すると、冬由はニコリと笑って見せた。
「初めまして、如月冬由です」
と鈴が転がるような声で挨拶をする。相変わらず妹の頭上に巨大な猫の幻覚が見えた秋人である。
しかし、瑛人は冬由を見るなり頭を抱えた。
「あああああ、莉音ーーーーおま、これやばいやろ。ホテル取れ、ホテル。今からでも…」
「やっぱ、やばいかなぁ」
「本家のバカ息子に見られたら絶対あかん。こんな可愛い子見かけたらアイツ…」
瑛人が何か言おうとした時、その背後から声がかかった。
「ええ、なになに?瑛人くん俺に何か含むとこありなんかぁ」
と軽薄を絵に描いたような声に瑛人が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「剣持のくせにご主人様に逆らうなよ」
背後の声の主が強引に瑛人の肩を押しのけて割り込んだ。
現れたのは頭髪をきんきんに染め、じゃらじゃらとシルバーアクセサリーを重ね着けしている、いかにも軽薄そうな見た目の男だった。
「へえ、ほんまや。すっげー美少女やん。まあまだ色々小さいけど、女やしなんとでもなるやろ」
と男はニヤニヤ笑いながら冬由を品定めするように、上から下まで眺めた。
「俺、久宝匠。たっくんって呼んでくれてええよ。ふゆちゃん?」
馴れ馴れしくもニヤリと匠が笑って手を伸ばす。
すっと冬由の目が細められ臨戦体制に入ろうかというその前に、冬由と男の間に割り込む人影が現れた。
「見るな、減る」
秋人の威圧に男は一歩下がった。
「これは、これは。如月の」
男は誤魔化すように唇の端を持ち上げた。
「本当に子供なんやな」
男の言葉に秋人は無言だったが、威圧は下げない。寧ろ徐々に上げ続けた。
薫以外の全員が青い顔をしているところを見ると相当なのだろう。相手の男はプライドだけで逃げ出さない判断をしているが、足元ががくがくしだした。
「秋人、そこまで。一応、こんな素行が悪そうで、ちゃらそうで、感じが悪くても依頼主の一族だ。なあに、最悪気に入らなければそのまま依頼放り出して、ユニバと海行館と京都に行って帰るだけだよ」
薫はにこりと微笑んで秋人の肩を叩いた。それで、秋人は威圧を解いたらしい。
男は真っ青な顔で俯いていた。本当は膝をついてうずくまりたいほどの激しい消耗と疲労を感じているのだろうが、そこは久宝のプライドにかけてなんとか我慢したようだ。
「ふうん」
と薫が小さく笑う。それから、ぽんぽんと匠の肩を叩いた。
「さ、乗って」
気を取り直して瑛人がワゴンへ促したので、一同は無言で乗り込んだ。
「ほな、匠さん。また後で」
瑛人は青い顔で突っ立ている本家の男を放って車を発進させた。
「あれは拾っていかなくていいのかい?」
薫が尋ねると、瑛人は苦笑をこぼす。
「あー、なんかいつもは真っ赤なスポーツカー乗り回してるんで、ええでしょ」
「なんか、いかにもな感じっすね。久宝家ってみんなあんな感じっすか?」
当夜がうんざりして尋ねると、音々が困った顔で笑った。
「もっと強烈なんがおるねん」
「うわー」
当夜が顔を歪める。薫は少し難しい顔になった。
「巌さんが警戒してるの、彼ではないですよね?どなたですか?」
薫の問いかけに、巌は少し躊躇った。
「そうだな。当主の久宝章だな」
「強い?」
秋人が短く尋ねると、巌は少し悩んだ。
「強さはそうでもない。だが、それ以上に彼は…おそらく秋人くんに執着するだろう」
「?」
秋人は無言で続きを促す。
「久宝章は、春彦にものすごく付き纏ってたからな」
「お父さんに?」
「ああ」
巌は思い出すのも嫌という風情で顔を歪めた。
「悲しいほど片思いだったが、本人は必死だった。ライバル関係ですらなかったがね」
巌はふっと小さく笑った。
「私が知っている限り、秋人くんを除くと春彦より強い男はいないね」
巌の言葉に秋人は少し考える。
「師匠とどっちが強いと思います?」
「・・・・・・・・・・強い『男』はいないねって言っただろう」
どうやら、やっぱり桜子は人類最強の剣士のようである。
「うーん、頂上が高い」
と秋人はぽつりと呟いた。
「お、秋人は師匠超え狙ってんのか?」
と当夜が面白そうに尋ねると、案外真面目な顔で秋人は頷いた。
「だって、僕は大事な人は自分の手で守りたいんだけど、師匠だけは僕に守られてくれなさそうなんだもの」
と割と真剣に嘆いたのだった。確かにその目標はかなり高めのハードルだなと皆が思った。
桜子「はっくしょん」
康子「あら、夏風邪?彼氏が出張で寂しいんじゃない?」
桜子「・・・・・・」
康子「え、まじなの?」
桜子「薫さんの…鰯の南蛮漬けが食べたいっ!」
康子「うわ、めんどくさそうなメニュー」
桜子「帰ってきたら作ってくれるって!」
康子「(なんだかんだであの男桜子に超甘いんだよね)」
次回の更新は6/18(木)です。
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