19. 球技大会 3
美香は秋人のとんでもないサッカースタイルに顔を覆った。絶対やばい。なんで止めないんですかという意味をこめて、父兄席の薫に視線を送るも、薫は肩をすくめるだけだ。
そのジェスチャーは「言っても無駄」である。
薫は小姫から龍の龍珠に対する執着の話を聞いているので、そんな大切な恋人の名前を「俺の女ばり」に気安く呼び捨てにされて、秋人が大人しく勝利だけで済ませるとは思っていない。
おそらく、徹底的に完膚なきまでに元宮は折られるだろう。
薫はセンターサークル付近で顔面蒼白で立ち尽くす元宮を、憐れみを込めて見つめた。
「いい傾向だな…秋人」
薫は養い子の新たな一面を感慨深く見守った。
それくらいの「欲」は持っていいと薫は思っている。ある意味自我が出てきた結果だろう。
何かを大事に思えない人間は肝心なところで弱い。
それは、昔加藤に薫自身が言われた言葉だ。今ならその意味が嫌と言うほど理解できるのに、当時は分からなかったのだ。
秋人は当初の予定通り開始10分で交代となった。担任が「交代です!交代です!」と散々騒いでいる。彼女からしたら、秋人と2ーBの行為はスポーツマンシップに対する暴挙である。
約束通り10点を奪った秋人は交代する際に、元宮の横を通り過ぎた。
「約束、守ってくださいね。先輩」
ヒヤリとした声で秋人が告げる。元宮は悔しさに唇を噛み締めたが、これだけ大勢の前でここまで叩きのめされたのだ。今更反故にもできなかった。
「てめえ、どこのアカデミーに所属してるんだ」
低い声で元宮が詰問した。彼の理解できる範疇では、秋人はどこかのJリーグクラブのユースに属していて、本当はプロ並みの実力を持っているのを隠していたのではないかということしか思いつかなかった。しかし、秋人は首を傾げた。
「僕の所属は美術部ですよ」
と秋人にとっては至極当たり前のことを宣言する。
「てめえ」
元宮が激昂して秋人の体操服の襟を掴もうとした手を、織田が払った。
「こいつは、全然素人ですよ、元宮先輩。一ヶ月前までどっちのゴールにシュートを打てばいいのかも知りませんでしたからね」
と織田が嘯く。
「んなわけあるか!」
と元宮が叫ぶも、秋人は
「ルールブックはあなたに賭けを言われた日に初めて読みましたよ」
と淡々と説明した。
愕然としている元宮に、さらに織田は止めを刺した。
「こいつには、シュートだけに絞って練習させたんですよ。残念ながらドリブルのドの字もできません。因みにコーチは梶原先輩です」
織田が片方の口の端を上げて皮肉な笑みを浮かべた。梶原の名前が出た瞬間、元宮の眉が跳ねた。
「てめえがあの人に怪我さえさせなけりゃ、俺だってここまでしようとは思わなかったよ」
凄みのある織田の言葉に、元宮は言葉が出なかった。
「交代!お疲れ!秋人!」
と委員長が入ってきた。
「頑張ってね、委員長」
と秋人が笑う。作原委員長はぐっと親指を立ててみせた。
というわけで、波乱の一回戦2ーB対3ーAは秋人たちの圧勝となった。
試合が終わって秋人は美香を探した。美香は次の試合に出ないといけないのでバタバタだったが
「もう、困った人ね」
とちょっとだけお説教をくらって、それからさらに小さな声で
「でもかっこよかった」
と言ってもらえたので頑張って練習した甲斐があったと秋人は達成感を味わった。
きっとこれがスポーツの楽しさだろうとか智輝や織田に怒られそうなことを考えていると、梶原がやってきた。もう松葉杖はついていない。
「やあ、完璧だったね」
「あ、梶原先輩」
秋人が笑顔で返す。
「しかし、本当に10分で10点取ったんだ」
「織田のパスがよかったので」
と秋人が言うと、梶原も大きく頷いた。
「なんか、前よりえらく上手くなったような気がするな」
梶原も感心したらしい。ほぼピンポイントで秋人の足元にボールを運んでくれていた。おそらく6点分くらいは織田のアシストだ。
秋人と特訓している間に何か掴んだようである。
「梶原くん?梶原くんだよね?」
不意に声を掛けられて振り向くと、J1パレオ川崎のスカウト水原がやってきた。梶原はあちゃーという顔をしている。
「水原さん、今日見にきてらしたんですか」
自分が怪我をしたので来ないのではないかと期待していたのだが。
「梶原くん、この子と知り合いなんだね?紹介してよ。あ、私こういう者です」
水原は秋人に向かって名刺を差し出した。J1パレオ川崎スカウト 水原との記載に秋人の大きな目がさらに大きく見開かれた。
「いやあ、すごかったね。鳥肌が立ったよ。どうだい、俺たちのチームに入らないか?君なら2年後にはベルギーかドイツ、もしかしたらいきなりプレミアだって夢じゃないよ。素晴らしかった!」
秋人の手を握るとぶんぶんと振り回す。しかし、秋人は彼の正体に青くなった。
「やばい、美香に怒られる」
と涙目である。Jリーグの人に見つからないようにと忠告されていたのに。織田にそのことを聞いたら、「こんな末端の試合なんて見にこねえよ」と言ってたのに!
「あー、失礼。私こういう者です」
不意に水原の背後から声がかかり、秋人との間に大人が割り込んできた。同業他社かと身構えたが、違うようである。
「薫、ごめん」
秋人は薫のジャケットをぎゅっと握って背後に隠れた。梶原も困った顔をしている。
「弁護士さん?」
差し出された名刺を見て、それから薫の恐ろしく美しい顔を惚けて見ていたが、水原ではなく名坂が薫に気がついて叫んだ。
「あ!サバ味噌弁護士!!」
薫の体が少しだけ傾ぐ。
「それ、いつになったら辞めてもらえるんだろう」
とほほである。
しかし、水原はそれを聞いて慌てて背後を振り返った。恐ろしく迫力のある集団が父兄席にいる。どうみても武闘派だ。
女性にしては上背の高いサングラスの美女が一人、明らかに外国人の美形男女が二人、いかにも探索者然としたイケメン青年が一人、明らかに場違いな美少女が一人。
「彼は私の保護下にいる少年です。お話はあちらで聞きましょう。秋人!2回戦がんばれ!智輝くんと野球できる機会は滅多にないぞ」
薫は水原をひきずって行きがてらそんなことを言う。秋人は大きく頷いた。
水原「あの、神崎先生は彼の保護者ということですが、彼はすばらしい才能の持ち主です。ぜひ我々に預けていただけないでしょうか?彼はきっと将来日本人男性で初のバロンドールを取れる選手になります!!」
薫「私が如月秋人のパーティーメンバーということはご存知ですか?」
水原「あ、はい。一時期かなり騒がれてましたので」
薫「それで、あの子の名前は『如月秋人』というんです」
水原「え?」
薫「なので、大きな大会には出られないんです。あ、これ秘密なんで魔法契約してもらっていいですか?」
水原・名谷「ええええええええ」




