8. 口止め
加藤法律事務所の所長室、その応接セットに小さくなって1組の男女が座っていた。
「そんなに緊張しなくても、取って食ったりしませんよ」
薫が苦笑しながらそう言ったが、二人は押し黙って体を堅くしていた。
三人の前には温かいコーヒーが置かれている。薫は自分のカップを取ると口をつけた。
「それで、この前のお話は考えていただけましたか?」
薫が促すと、二人は意を決したように顔を上げた。
「あの、そのお話なのですが、やっぱりお断りしようかと思います」
「おや、条件が気に入りませんか?」
薫が眉を上げると、二人…特に男の方がぶんぶんと大きく首を振った。
「いえ、そうじゃないです。身に余る光栄だと思うのですが、その…命を救っていただいた上に、こんな条件で仕事を斡旋していただく訳にはいかないというか…」
「あまりにも上手い話すぎて、胡散臭いんです」
男の言葉に食い気味に女が言葉を被せた。
「おい、和美!」
「だって…」
男は小早川将司、女は幸田和美。秋人がデステニーワールドで武器を貸した探索者だ。
「お二人のパーティーは解散されたとか…」
薫の言葉に二人は気まずそうに俯く。
「武器もなくモンスターの相手をしろなどというのは自殺行為だから付き合えないという彼らの言い分はある程度理解できます。でも、窮地に陥った際に俺たちを見捨てて逃げた人間をこれからも信用できるかというと難しいです」
「おまけに、あいつら逃げ出したくせに報酬を山分けしろって言ってきたんですよ」
将司より和美の方が憤慨している。
二人はこの前のデステニーワールドでスタンピード発生初期から討伐に当たっていたとして、ギルドからかなりの報酬を得た。さらに、功労者として討伐後の記者会見にも出席し、一躍時の人となった。
しかし、本来デステニーワールドにはパーティー5人で来ていたのだ。そのうち三人はスタンピードが起こった時に逃げ出したので、報酬は二人分しか出なかった。そのような事情で色々と揉め事が発生した。
「結局、俺たちのパーティーは空中分解してしまった」
将司はリーダーとして忸怩たる思いがある。もっと上手くできなかっただろうかと情けない気持ちになるのだ。
「その…現在俺たち二人しかいないので、探索業務は開店休業状態です。なので、こちらのビルの護衛任務は大変ありがたいのですが、報酬が破格すぎて」
「新たなパーティーメンバーを見つけたら猶予期間なしで辞めてもいいとか、募集は常におこなっても構わないとか、こちらに有利な条件すぎて、何か裏があるのではないかと疑っています」
男は言いにくそうに、女はずばりと言い切った。薫はぷはっと思わず吹き出してしまった。
薫はひとしきり笑った後、困った顔で二人を見た。
「では、こちらも正直に言いましょう。まあ、ぶっちゃけると一番の理由は口止めです」
「口止めですか?」
「そうです」
薫は厳かにうなずいた。
「秋人が少年であることを知っているのはごく僅かです。ギルドに数人、私の知人が10人いくかいかないかのレベル、アークエンジェルの皆さんと、朽木家の家長の一族のほんの一部。あとはこの前デステニーワールドでばれた彼の同級生。それだけです」
「それは…」
想像よりはるかに少ない人数に二人は愕然とした。
「お二人にはこの前かいつまんで説明しましたが、保護者としては、できる限り世間に彼が『如月秋人』であることを知られるのは後ろにずらしたいのです」
「はい」
二人は神妙に頷いた。
「まあまあ警戒心の強い子なんですが、お二人にとても大切にしている刀や杖を貸したことを鑑みても、あなた方の人格には問題がないのだろうなと思います」
二人は恐縮して身を縮めた。あの修羅場のどこで彼が自分たちを評価してくれたのかさっぱり分からないのだ。
「それに、私もお二人の倫理観を高く評価しています」
薫の言葉に二人はさらに困惑を深くする。
「お二人はあの場で私を見つけるとすぐに借りた武器を返しに来てくださった」
薫の言葉に二人は戸惑う。それは当たり前の事ではないだろうかと。というか、寧ろ二人は後で
「ちゃんと綺麗にして返すべきだった」
と悔やんだくらいである。
「あれがどれほど貴重なものか、Cランクの探索者なら分かったはずです」
アダマント製の刀に、見たこともない強力な魔法の杖。
どちらも、一財産なことは間違いないし、そんじょそこらで手に入るものではない。持ち逃げすることもできたはずだ。
「命を救っていただいたのに、そんな恩知らずなことできませんよ!」
将司が思わずと少し強めに反論すると、薫はうんと大きく頷いた。
「残念ながら、そうできる人ばかりではないのが現実です」
薫の言葉に将司も和美も押し黙った。それは、彼らにも理解できる。
「あなた方は倫理観もあり腕もある、おまけに秋人の事を知っているという大変貴重で有難い存在なのです」
と薫が締めくくる。
「できるだけいい条件で近場に囲い込んで、秋人の味方になってもらえたらなって、私は思ってます」
「味方…ですか?」
将司は困惑した。如月秋人を嫌う人などいるのだろうかと。薫は少し困った顔で笑った。
「秋人は少々やっかいな相手に目をつけられています。力押しで来られる分には対応可能ですが、もっと嫌らしい方法をとってきて秋人を社会的に追い詰めてくる可能性もあります。例えば少年のくせに殺傷能力が高いとか…そういったことをいかにも危険人物のように広められたりするかもしれません」
薫の懸念に、二人は眉を顰めた。ランクの高い探索者の殺傷能力が高いのは彼らにとっては当たり前のことだが、世間はそうではないのだ。
「そういった時に、秋人の普段の姿を知っている方が味方していただけたらいいなと思ってます」
緊張を強めた二人に向かって、薫は空気を和らげるようにおどけた表情を浮かべた。
「それに、私が探索者になったのは完全なるアクシデントですし、当夜は家庭の事情で探索者業からは距離を置いていました。桜子さんは探索者としてのキャリアは長いのですが、彼女たちはSランクの探索者なので、一般的かというとちょっと違うかなとも思いますし」
薫は指折り数えて二人に告げる。
「ごく一般的な探索者の知り合いが我々は皆無なんです」
周囲のメンバーが特異すぎるのだ。
「なので、色々と探索者的な常識を教えてもらえるのではないかという下心もあったりします」
薫はいたずらっぽく笑って見せた。
「わかりました」
将司は大きく頷いた。
「こちらにばかり有利なお話ではないという事でしたら、お断りする理由がありません。救ってもらった命です。ご恩を返せるときに返したいと思います」
将司の言葉に、和美も頷いた。おそらく単純な護衛などではないのだろうが、むしろそういう事なら受けるのはやぶさかではない。
二人は薫の契約の門で雇用条件や、守秘義務などの条項を結んだ。
控えを受け取りながら将司は感慨深くその契約書を眺めた。
万年Cランクの中堅探索者。
おそらくどこかで怪我して引退するか、何かドジを踏んで死ぬまでそんな人生が続くと思っていた。それが今や如月秋人の知り合いで、彼の住居の護衛である。人生何があるか分からないものだ。
「ダンジョンの神様に、レベル100の先払いしたみたいなすごい出世だな」
と思わず呟いた。
「ダンジョンの神様?」
不思議そうな顔の薫に、和美が苦笑する。
「神崎先生、ほんとにあんまり探索者のこと知らないんですね。私たち探索者にはダンジョンの神様がついてるんですよ」
彼女はどやっと胸を張った。
「探索者はレベル100になったら死人を生き返らせる以外のなんでも1つ願いが叶うって言われてます」
「へえ、それはすごい」
薫が目を見張った。
「こういう予想外にラッキーなことが起きたときに、俺たちは『ダンジョンの神様にレベル100のお願いごとを前借した』みたいに言うんですよ」
「なるほどね。勉強になります」
薫が感心する。
「早速、役に立ってよかった」
二人は安堵の笑顔を浮かべた。
和美「しかし、びっくりだねぇ。私たちが3S探索者の護衛だってさ」
将司「まあ、あの人に護衛が必要かと言われると微妙だが」
和美「ねえねえ、一緒に写真撮ってもらってサインしてもらったらだめ?」
将司「お前ねぇ…」
和美「言わないよー言わないけど、心の御守りにしたいんだよー、ねーねー」
将司「神崎先生に確認しとくよ」
→秋人がいいよって言ったらOKになりました




