1. チョコレートパラダイス
第十二章始まりです。なんとタイムリーな出だし!
2月といえばバレンタインである。元はどこかの聖人についての記念日で愛を告げる日だったが、日本ではお菓子メーカーの作戦により女子から男子に告白する日というお題目が追加された。まだ女性から男性へ告白するのが難しかった時代はそれなりに役目のあったこの大義名分も意義を失って久しい。
だからこんな事態が起こるのだ。
「何読んでるんだ?」
智輝は上機嫌な秋人にそう尋ねた。秋人は大事そうに小さな冊子を抱え込み、試験勉強もかくやという真剣さでその冊子を読み耽っていたのだ。
「東部百貨店のバレンタインフェアの小冊子配ってたから貰って来たんだ」
「へー」
嫌な予感がした智輝はそれ以上突っ込みたくなかった。しかし、周囲の女子の圧力が半端なく無理やり続けるしかない。
「日本でいつも売ってないようなメーカーのチョコレートが世界中からくるんだって。凄いね」
にこりと笑う秋人の顔には一片の曇りもない。
「ところで、秋人さあ。誰かにチョコ貰いたかったりするの?」
周囲からの圧に負けて智輝がそう尋ねると秋人は不思議そうに首を傾げた。
「智輝がくれるの?」
「な・ん・で・だ・よ」
智輝が思わず秋人の頭をはたく。
「なんで俺がヤローにチョコレートをやらにゃならんのじゃ」
と智輝に言われて秋人はぽんと手を打った。
「あ、大丈夫だよ!僕自分で買うから!学校休んで買いに行くのはやっぱダメだよねぇ。売り切れちゃうかなぁ」
「ん?」
クラス全員が耳ダンボにして智輝との会話を聞いていたのだが、この辺から雲行きが怪しくなってきた。教室中の要望に応えて智輝は続けざるを得ない。
「自分で買うのか?」
「おやつに薫に買ってもらえる範囲は超えてるからねー」
秋人は少し困ったように笑った。
「僕バレンタインってお祭りのこと、去年初めて知ったんだけど、知った時にはもう終わってて。パンフレットとか見たら凄いお祭りだったから、今年は絶対に初日から行こうって決めてたんだ。でも、平日なんだね」
秋人はややしょんぼりと肩を落とす。クラス全体の空気は『違う、そうじゃない』だったが、秋人は気が付いていない。
去年の2月、薫がいくつかのチョコレートを持ち帰った。秋人はそれまでチョコレートは知っていたが、こんなに美しいチョコレートを見たのは初めてだった。プラリネとかトリュフとかいうそれは、キラキラした装飾の箱に入っていてまるで宝石のようだった。
薫曰く「バレンタインの義理チョコ」で、仕事関係の人からのもらい物だそうな。
薫はその時点ではまだ甘い物は好きではなかったので、秋人に全部くれたのだ。秋人は1粒1粒違う複雑な味に感動した。
もちろん、普通に今ではパティスリーなどで同じようなチョコレートも売ってるし、日本にも有名なショコラティエが存在していることは知ってる。自分にはそれらをダースの単位で買えるだけの財力もあるが、それとこれは別なのだ。
秋人は「バレンタイン」というお祭りを満喫したいのである。ずっと1年前から楽しみにしていたのだ。
秋人は小冊子を見ながらスマホに素早く入力を開始した。フリック入力もだいぶ様になってきている。流石の高速入力である。時々スマホの方がスピードに追い付いていないのはご愛敬だ。
「このフランスのショコラティエのチョコレートと、スイスのジャンドゥーヤは絶対に欲しいし、ここのベルギーチョコのセットは外せない。アメリカのチョコってどうなんだろ、美味しいのかな?あんまり美味しいイメージないなぁ。チョコレートドリンクかぁ。これもいいよね。あ、このお酒入ってるやつって高校生でも買っていいと思う?智輝?智輝?どうしたの?なんで変な顔してるのさ」
智輝は必死に笑いを堪えながら尋ねた。
「バレンタインってどういう日だか知ってる?」
「知ってるよ」
えへんと秋人は胸を叩いた。
「チョコレートのパラダイスでしょ?日本中で世界のチョコレートを購入できるイベント。友達にあげるために買うのが『友チョコ』で、自分用が『自分チョコ』で、一番美味しそうなのが『本命チョコ』って言って、2月14日に食べるんだよね?」
あまりにも幸せそうににっこり笑う3S探索者様の言葉を否定できる猛者はいなかった。
「こじれてんな」
智輝は深々とため息をついた。秋人が美術部に行ったのを確認してから、数名で放課後集まって今朝の秋人の言葉についての緊急会議である。
「如月の認識から『女子からの告白』ってあたりの要素がすっぱり抜けてたな」
委員長の作原も頭を抱えた。その場で訂正してやればよかったのに、運の悪いことにあの後すぐ担任がやってきて朝礼になってしまったのでタイミングを逃したのだ。
「最近は友チョコとか自分チョコとか言うくらいだし、好きな人にあげるってシチュエーション減ってるとかテレビでもよく言ってるからアイツが分からなくても仕方ない。しかし、女子の悲壮な空気を何とかしてほしい」
織田が眉を寄せてため息をつく。
「まあ、デステニーワールドに賭けてた子たちにとって、リベンジマッチだからなぁ」
町田がのんびりとぼやく。もうじきクラス替えだ。女子たちの気合も理解できる。
今日はあいにくの雨なので、智輝も町田も織田も部活は休みだ。なので、こんなところでだべっているのだが、思わぬ緊急事態となった。
「いや、しかしこれは由々しき事態だと俺は思うね」
委員長の言葉に他三人は頷く。
「このままだと如月は女子からチョコレートをもらっても『え?いいの?ありがとう』で済ませる可能性が高い」
「いや、それならまだいい。『知らない人からもらうのはちょっと…』とかもあり得るぞ」
「3月14日のお返しとか、マジ告白付きだった場合の対処とか絶対無理だろ」
4人は深々とため息をついた。彼の特殊事情が分かっている1-Bの中なら笑い話で収まるが、他はそうはいかない。秋人の学校での人気はすさまじい。同学年だけではなく、上の学年にまで波及しているのだ。
「がんばれよ、親友」
ぽんと智輝の肩を三人が叩いた。
「俺かよ…」
トホホと智輝がため息をついた。
薫「秋人、何このメモ?」
秋人「それは大角百貨店のバレンタイン特集で買う予定の本命チョコだよ」
当夜「なんで自分で買うんだよ」
秋人「流石に5000円もするチョコはおやつじゃないでしょ」
薫「いや、別に買っても構わないけど、そうじゃなくてだな…」
秋人「14日に各百貨店で一番の本命のチョコを並べて食べるんだー、あ、もう出かけなくちゃ。行ってきまーす!」
薫「あ、秋人!待って、なんか違うと思う!」
忘れてた!今日の20時に200話記念活動報告に小話アップします。




