20. 話を聞くよ
ちょっと長いです。でも分けたくなかったのですいません。
コンコンとノックが響いた。秋人はさっきまでのにぎやかさが嘘のように静かな病室でそれを聞いた。
「どうぞ?」
と応えると、想像通りの人物が顔を出した。
「智輝…」
「話があるってお前が言ったんだぜ?」
にやっと笑って智輝は頷いた。
勝手に、秋人のベッドの隣に丸椅子を引きずってきて座る。
「ほれ、どうぞ。喋れ」
「え、なんか。思ってたのと違う。話しにくい」
「いいから、なんでも聞いてやるから」
「じゃあ、そうだな…」
秋人は一呼吸深く吸い込んだ。
「僕の小さい頃の一番最初の記憶は、金色の光の中だった。そりゃあ綺麗でね。中でも白いオーロラみたいな光のひだにあかがね色が重なる時が本当に綺麗で僕はその瞬間をずっと待ってた。後でそれは新宿第六ダンジョン最下層のエリクサー湖だったて分かったけど、その時はただ本当に光が揺れるおもちゃみたいな感じだった」
秋人の言葉に智輝は黙って頷く。
「僕の父と母はSランクの探索者だった。でも、なかなか変わった人たちで子供の僕をダンジョンに連れ回してた。僕は別にそれは嫌じゃなかったし、むしろ楽しかった。ダンジョンで魔法や剣を覚えるのは遊びの一環みたいなもんで、『よくできました』って褒められたくてすごく頑張って練習してた。父と母はべったりで仲が良く、僕ら三人はいつも一緒だった。育ったところはちょっと変わってたけど、本当に普通の当たり前の家族だったんじゃないかなって思う」
「うん。そうだな。少なくてもうちよりは家庭円満だ」
智輝がしたり顔で頷くので、秋人はぷはっと噴出した。
「でも、僕は10歳くらいの記憶があまりない。両親の声は思い出せるのに、顔は朧気だ。二人がが死んだショックだろうってカウンセラーの先生が言ってたけどそれは分からない。あの日も僕らは新宿第六ダンジョンの地下を探検してた。そこで何かがあって、それまで大人しかったモンスターが一斉に襲い掛かってきた。一斉にだ。ダンジョン中の悪意が僕ら三人に向けられた。恐ろしかった。僕は恐怖で縮み上がって何もできなかった。
父は狭い通路に陣取って僕と母を逃がした。僕と母を庇って最初の一撃のほとんどを受けた所為でかなり出血してたからもう助からないって思ったんだろう。
母も僕を逃がすためにほとんど防御を捨ててたから、いつもだったら絶対に傷一つ付けられないような迷宮核の攻撃で瀕死の重傷を負った。それでも、彼女は僕にダンジョンの異変をギルドに伝えなさいって言った。それが探索者の使命だと」
秋人は耐えるように拳をきゅっと握った。
「母は迷宮核を仮死状態にする呪文を命がけでかけてくれた。そのおかげで僕は逃げることができた。僕は必死で走って走って、ギルドの本部へ。いつも両親の相手をしてくれていた気のいいギルド職員のお兄さんを探し出して、ダンジョンの異変についてと両親を助けに向かってほしいと必死に頼んだ。彼は分かったと優しく笑って僕に休むように告げ、足早に去っていった。僕は長い間ギルドの受付の椅子で蹲って待ってた。両親が迎えに来てくれるのをずっと待ってたんだ」
訪れるはずのない迎えをただ待つしかできなかった。
「ずいぶん経ってから、彼がやってきて両親の死を告げた。そして彼は言った『大変な損害になった。ご両親のミスの所為で莫大な被害が出た。とてもじゃないが両親の資産を全部つぎ込んでも補填仕切れない。おそらく犯罪者として死んだ後でも裁かれるだろう』とね。今ならそれがどんなに馬鹿げたホラだったかって分かるけど、当時10歳の僕にはたった一人の頼りになる大人の真剣な言葉だった。僕は震えあがった。大好きな父と母が犯罪者として死ぬ羽目になると」
秋人はあの時の激しい焦燥を今でも覚えている。
「だから、僕は彼に懇願した。自分がダンジョンで稼ぐから、死んだ両親にそんな酷いことをするのはやめてくれって」
何度も何度も地面に頭をこすりつけて頼んだ。あの時、赤城がどんな顔をしていたのか秋人は知らないが、おそらく見るに堪えられないような愉悦に満ちた顔をしていたことだろう。
「胸糞だな」
智輝が吐き捨てる。
「そこからは、彼の言いなりだった。西へ行けと言われれば飛んで行ったし、東へ行けと言われれば這ってでも行った。ドロップ品もほぼ全部渡した。討伐報酬なんて見たこともなかった。ダンジョンに潜る必要最低限の装備で、できる最大限の利益を出せと言われた。
僕も本当は彼がおかしいということは何となく分かっていた。当時のギルドマスターとつるんで、僕を殴ったり蹴ったりすることもあったからね。まあ痛くはなかったけど。普通の人の暴力なんて、その頃の僕にはもうなんてことなかったからさ」
「そんな事ねえよ」
智輝が面白くなさそうに言う。
「殴られたり蹴られたりが日常になると、自分の価値が分からなくなるって組の奴が言ってた。そういうことをわざとやって、反抗心を摘むんだと」
「そうだね。それは確かにそうだ。僕はたぶん徐々に壊れていった。何もかもどうでもよくなった。ダンジョンでの危険な仕事も、命の限界みたいな戦闘も、まるで遠くから眺めているようだった。僕の頭の中には二つだけ。両親の借金を返すことと、彼らの仇をとる…母が眠らせてくれた新宿第六ダンジョンを討伐すること…それしかもうなかった。それがみんなが知ってる『如月秋人』の正体だ」
「・・・・・・」
「僕は5年かかってようやく新宿第六ダンジョンを討伐することに成功した。けれども、彼はまだ両親の借金が山のように残ってるから働けって言う。僕はもう疲れていた。本当に疲れていてどうしようもなくて、もういっそ何もかめちゃくちゃにしてしまおうか…なんて物騒なことも考えるようになってた」
秋人は本当にあの時限界だった。
両親と見た最後の光景に似ている新宿第三の地底湖が見たかった。
あの時、タイミングよく赤城が適当に寄越した採取依頼を珍しく喜々として受けた。あそこで死んでもいいかなと本気で思っていた。
「そこで、僕は薫に出会った」
秋人は重大な秘密を打ち明けるように智輝に小さな声で囁いた。
「実は、僕は最初に薫の顔を見た時に天使だと思ったんだ。ああ、僕は死んじゃって迎えにきてもらえたのかなって」
「ああ、なんか分かる。あの人、天使感あるよな」
「ほんと、薫酷い恰好だったんだけどね。彼も散々な目にあってダンジョンの最下層に突き落とされたばっかりだったからさ」
「薫はすぐさま僕の現状がおかしいことに気が付いて、色々と助けてくれた。彼とその時のギルドマスターは捕まって、僕を騙してたことを知ってた人はみんな表舞台からいなくなった」
「捕まったのか?」
「ギルドマスターはね。彼の方はたぶんもう死んでると思う」
「えっ」
「この前からぱったりと魔力の波動がなくなったから。野垂れ死にかも」
「ちぇ、俺が死ぬより怖い目に会わせてやろうと思ったのに」
智輝が唇を尖らせる。秋人は困ったように笑った。
「でも、僕は壊れたままだ。何が正しいのか、何が大切なのかよくわからない。学校も行ってなかったから社会常識も知らない。如月秋人は正義の人みたいに言われるたびに困惑する。僕は僕が好きな人しか大切じゃない。片方の天秤に日本中の人の命がのってて、片方に薫や先輩や師匠や智輝の命が載ってたら僕は迷わず薫が載ってる方を選ぶ。そういう人間なのにおかしいよね」
秋人が首を傾げなら言うと、智輝は不思議そうな顔をした。
「そうか?別に普通だろ?そんなの」
と言い放つ。
「家族とその他大勢、恋人とその他大勢、親友とその他大勢なんてみんな大事な方取るに決まってるじゃん」
智輝の言葉に秋人はぽかんと口を開いた。
「でも、僕は…」
如月秋人なんだけどな…と小さく呟くと、智輝は肩を竦めた。
「そりゃあ、世間一般的にはヒーローってのは自己犠牲の塊みたく思われてるかもだけど、別に秋人は『俺は正義の味方です』なんて一回も言ったことないじゃん。外野が勝手に期待してるだけでさ」
「そ、そうかな」
「そうとも」
そっか…と秋人はちょっとおっかなびっくり頷いた。
「それでも俺はお前は偉いと思うぜ。まだ探索者やってんだろ。俺だったら絶対辞めてるね。もう十分やりましたって」
智輝が言う言葉は出会った当初の薫の言葉に似ていた。
「薫もそう言ってた。辞めていいよって」
「だろ?」
我が意を得たりと智輝が頷く。
「でも、両親がいつも言ってた。みんなより強い力を持ってるなら人のために使うべきだって。この前師匠も探索者は私利私欲に溺れたらモンスターより質の悪い存在になるって。だから、僕はやっぱりたぶんこの先もずっと探索者なんだろうと思う」
智輝が心配そうに眉を寄せる。
「でも、嫌な時は嫌だって言う事にする。困ったときには困ってる、助けてほしい時には助けてって」
そう言う事だよね?と秋人が笑うと、智輝は大きく頷いた。
秋人は確かに探索者だけれども、正義の味方でもなければ奉仕者でもない。ただの「如月秋人」という一人の人間なのだと、ようやくそれを自分に許すことができたような気がした。
薫「・・・・・・・・・・」
猛「・・・・・・・・・・」
秋人「(あ、扉の所で薫と春日さんが固まってる。あ、薫が暴れてる。春日さんが止めてる。坂田の捕まってる刑務所はどこだって叫んでる。やばい)」




