19. 勇気の価値を
「ええええ!思ってたより怪我してんだけど!」
悲鳴のような声に秋人はびっくりした。
「マジかよ。俺たち無傷なんだぜ?」
「如月くん!死なないで!!」
「あほ、死ぬような怪我じゃねーだろ。どさくさに紛れて抱き着くなよ」
「だって私たちサービスポイント付きのチケット買えなかったんだもん!」
「あ、腹減ってないか?病院の食事つまんねーだろ?菓子パン買ってきたんだあ」
「お見舞いはお花だって言ってるじゃない。何よ、その菓子パン」
「これは俺の家の近所で30分は並ばないと買えない幻のメロンパンなんだぞ!」
たくさんのクラスメイトにもみくちゃにされながら、秋人は言葉が出ない。
「あー、君たち。ここは病室なので静かにね」
ドアから長身の影が現れた。
「薫!あの契約は待って!」
薫を見つけて秋人が慌ててそう言うと、見舞いにきていた全員がクルリと一斉に秋人を振り向いた。
「もう終わった」
代表して智輝がニコリと笑ってそう告げる。クラスのみんなもうんうんと頷く。
「どうしてそんな無茶を!契約破棄しなくちゃ…」
「しない」
「智輝、みんなも、ちゃんと聞いて。秘密っていうのはストレスなんだ。普通に生きてればそんな面倒なことする必要ないんだよ!僕は…みんながそう言ってくれただけで十分…」
声が震える。続きが出てこない。喉の奥につまってひりひりと痛んだ。
「秋人…落ち着いて。大丈夫。俺はそんなへまはしない」
ぽんぽんと秋人の頭を薫は優しく叩いた。
「契約の縛りは一番緩いものだ。ペナルティはない。何かの折にふっと話したくなった時に一瞬声が出なくなる。『あ、これ喋っっちゃだめなやつだったな』って思い出す。そのくらいの簡単な警告。秋人の正体を知っている人との会話は問題なし。逆に誰かに強要されそうになって、それが危険を伴う脅しなら簡単に話せるような条件だ」
「でも」
「みんな、君に帰ってきてほしいって。学校に戻ってきてくれって。そのためにちょっとだけリスクを負ってくれた」
「でも!」
「君の勇気にみんなが答えてくれたんだよ。たまには英雄だって誰かに甘えていいんじゃないかと俺は思うよ?」
薫が優しく秋人に促した。
「僕は、またみんなのところに帰っていいの?怖くない?僕はたぶんみんなが思ってるよりずっと…」
秋人の肩が震える。言葉にするのが怖かった。
僕は正義の味方なんかじゃありません。
それどころか、
僕は生き物を簡単に殺すことができます。
人を殺したこともあります。
時には、それを躊躇いません。
そんな言葉を口にだそうとしたその時、栗原明子が金色のカードをそっと秋人に手渡した。
「今まで、沢山、沢山、ありがとう。如月くんがずっと私たちを助けてくれてたんだね。一人ぼっちで。でも、今度は私たちがいるから。辛いときは言ってね。しんどいときは声を掛けてね。私、如月くんが言ったとおりにちゃんと受付の人にお願いできたよ。ほんのちょっとのどうでもいいことしかできないかもしれないけど、一人でやるよりはずっとマシな筈でしょ」
秋人の手の中に戻って来た金色のカード。その上に秋人の涙がこぼれて落ちた。
結局、さんざん騒いでしまったので、1-Bのメンバーは追い出され、薫は婦長に説教を食らう羽目になった。仕方ないので、猛が病院の外までメンバーを送っていくことになった。
薫から秋人の目をスマホから反らしてほしいと頼まれた時には冷や冷やしたが、なんとかうまくいったようだった。
「うわー、ホンモノの春日猛だあ!」
とクラス全員にサインする羽目になったのはご愛敬だが。
「あれ? 一人足りなくね?」
猛が数を数えると35人しかいない。
「ああ、智輝はサシで秋人に話があるって」
委員長がそう言うと、女子の数人がぶーたれる。
「もう、こういう時って男は空気よまないよねー。男の友情が優先されるって思いこみムカつくーーー」
「あいつ、絶対心の中で『まあ、でも秋人の親友は俺だけどな、ふっ』って笑ってるよね」
「それにちょっと何か知ってたっぽいじゃん。ちぇー。寒いのにミニスカ履いてった我々の心情を重んじろよ」
女子の言い分に猛は苦笑を零した。
「秋人くん、モテる?」
「そりゃあ!文化祭でこんな行列がさー」
迎えのバスがくるまで猛は高校生のどうでもいい話に根気よく付き合っていた。何となく、自分の寂しかった学園生活の一部を取り戻せたような気分だった。
薫は婦長の説教が終わった後、とある人影を見つけ秋人の病室へ行くのをやめた。それからおもむろにスマホを取り出し、電話を掛ける。
「巌さん、お疲れ様です。お手数おかけしております。どうですか?目撃者の映像、回収できそうですか?」
『概ね。目の前のキャッシュの威力は大きいのでね』
「遠くの1,000万より目の前の100万円ってとこですかね」
『まあ、もともと動きが早くてほとんど解析不能だと思いますが…。あと、あの帽子がね…』
「帽子?」
『ええ、デステニーワールドのキャラクターの猫耳帽子を秋人くん被ってたじゃないですか。あれのおかげで、顔が映ってるのがほとんどないんですよ』
「ああ、なんかそういえば変な帽子被ってたな」
『カチューシャだったら隠れなかったので、あの帽子買うように勧めた子にはMVPをあげたいですね』
「わかりました。そう伝えておきます」
薫は電話を切ると、少し笑った。朝のあの会話がこんな風につながるとは思わなかった。
流石に顔がもろに出てしまえば、秋人があのまま一般人として学校に通うのは難しいかもと思っていたが、どうやらなんとかなりそうである。
薫「SNSに上がってる秋人の動画を買い取りたいんですが、どなたか人手を借りれますか?」
後藤「そうですね…流石に今はちょっと」
薫「ですよね。当夜にできるかな」
巌「なんなら私がやりましょう」
薫「いや、流石に朽木家の前当主にそんな雑用をさせる訳には…」
巌「いやいや。隠居したら暇で暇で。札束で横っ面はたいて黙らせるのは得意ですしね」
薫「た、頼んじゃおっかな。あ、費用はちゃんとこちらに計上してくださいね」
巌「ちっ」




