15. 勇気とは 2
智輝は震える指を叱咤して携帯の住所録をタップした。神崎薫…登録していてよかった。クリスマスに招待された時に、秋人の携帯以外でもし何かの連絡があったらということで登録していたのだ。
『もしもし、智輝君。どうしたんだい?』
柔らかな物腰の声が耳元でする。ああ、この人のこの声で悩みを聞いてもらえれば、どんなに依頼人は心強いだろうかと智輝は改めて思った。
「神崎さん、秋人が、秋人が援軍が欲しいって言ってる」
『援軍?もう少し詳しく話せるかい?』
落ち着いた声のトーン、柔らかくゆっくり。
智輝は自分が想っているより冷静ではないことを悟って、一つ深呼吸した。こういう時は焦るとよくない。マウンドでも失投を繰り返す羽目になる。
落ち着くように胸を叩く。これで大丈夫。筋道をたててちゃんと説明しなくてはならない。大変な事態なのだ。
「俺たち、デステニーワールドに来てたんですが、デステニー城の広間のところで、急に秋人がダンジョンが出現するって言いだして」
真剣な顔だった。それなのに自分は最初信じてやらなかったのだ。さっさと信じていればもっと早く薫に連絡できたかもしれない。この一分一秒が彼の命を削ってしまうかもしれない。
組の古参の昔語りでダンジョンブレイクやモンスターの話を聞いたことがあった。恐ろしく強い猛者たちが紙でも裂くようにばらばらになるのだと。モンスターとは恐ろしく、素人が手を出していい相手ではない。対峙できるのは探索者だけ。無事でいられるのは高位のものだけ。けれども秋人は普通だった。見るからに大男でもなければ、筋骨隆々の戦士でもない。普通の高校生だ。
涙がせりあがってくる。泣くな。自分に泣く資格はない。と言い聞かせても止まらない。
「逃げろって。俺たちを逃がしてくれて自分は残るって。ダンジョンはAか悪ければSかもって。数が足りないかもしれないから援軍が欲しいって神崎さんに伝えてくれって」
後半はとうとう涙声になってしまった。
「お、俺…秋人を置いてきてしまった」
クラスメイトを逃がしたい、足手まといである、自分が残っても何の役にも立たない、全部言い訳だ。たった一つ残ったのは自分が友人を死地に置いてきたという事実だけだ。
ほんのわずかな沈黙の後、薫の珍しくはきはきとした勢いの良い声が響いた。
『・・・・・それでいい。よくやった!』
「え?」
『それ以外君たちと秋人が生き残る方法はなかった。偉いぞ、智輝君』
まるで運動部の先輩と話しているようだった。智輝は馴染みの空気に思わず背筋が伸びる。
「え、でも」
『おそらく逃げるぞって君が言い出してくれたんだろ?それでいいんだよ。そうじゃないと秋人は戦えない。彼の力は強いが出力がでかい。君たちを巻き添えにするかもしれないと思うと彼は大技が使えない』
「・・・・・」
『君は間違ってない。ありがとう』
「はいっ」
ぐすんと智輝は鼻をすすった。
ああ、秋人がこの人の事を心底信頼しているのがよく分かるなと智輝は納得した。
薫の言葉はさらに続く。それは意外な提案だった。
『すぐにそこから逃げてほしい。おそらく秋人は君たちを先行させたはずだ。まだ園の入り口は混乱してないよね?タクシーを使いなさい。全員。急いで』
薫の言葉に少々智輝は面食らった。それはなんだかちょっと狡くないだろか。園にはまだ残っている人がいる。自分たちは秋人の友人だということで、人より早く危機を察することができたが、なんだかちょっと複雑だという少年独特の正義感がうずいた。
ためらっている智輝の空気を読んだのか、少しだけ厳しい声で薫が続けた。
『その為に秋人は君たちを先行させたんだよ。智輝君』
「え?」
『君はもうある程度分かっていると思うけど、おそらくその園の中にいる人で秋人が本当に守りたいのは君たちだけだ。全員は守れないことは彼は分かっている。だから君たちを先に逃がしたんだ。彼のその気持ちを無駄にしないでほしい』
人に関心がない
誰にも思い入れがない
それはそうだろう。あんな生き方をしていた人間が他人に関心があるわけない。智輝は唇を噛みしめた。自分たちがどれほど秋人にとって特別なのか嫌というほど身に染みる。
そして、秋人があの時何を手放そうと決意したかも、漠然と察した。
秋人はおそらくもう自分たちの前に現れないつもりだ。
『一つだけ、言い訳をさせてほしい。秋人は君に今晩全部話すつもりだった。その事だけは忘れないでやってくれ』
少し困ったような声で薫が告げる。そういえば、今晩大事な話があると秋人は言っていた。
まるで、二度と秋人に会えないような事を言われて、智輝はカチンときた。
「聞きません。本人の口からじゃなけりゃ言い訳も謝罪も聞きません!」
智輝がそう言うと電話の向こうは少しだけ笑った。
『それもそうか。では俺は本人にそう伝えよう。君たちは一刻も早く退去してくれ、いいね。退去できない時は緊急事態だ。迷わずお父さんを呼びなさい』
そう言って通話は切れた。
智輝が会話を終えると同じくらいに、委員長たちがこちらに向かって走ってくる。
「逃げるぞ!タクシーに乗れ!!」
智輝の言葉があまりにも簡潔だったので、皆疑問を持つ前に従った。幸いタクシー乗り場にはそれなりの数が揃っていた。
「流石、轟学園次期キャプテン」
と委員長が笑う。彼はおそらく秋人の意志を察していたのだろう。
「愛されてるねぇ、智輝」
「なんでだよ」
タクシーに乗り込みながら、ばんと背中を押されて智輝が文句を言う。
「ダンジョン圏でも24時間いたら探索者になっちゃうんだぜ」
「それが何だよ」
知ってるよ、それくらいと智輝が告げると委員長は困った顔をした。
「探索者になったら、甲子園もオリンピックも全国大会も大リーグもなしだ」
「!!」
スポーツ推薦組の生徒が皆顔色を変えた。
「そっか…だから甲子園には行けないのか…」
ぽつりと誰かが呟いた。智輝は春先の困ったような顔の秋人を思い出した。
薫が、いや秋人がなぜあんなにも頑なに逃げろと言ったのか、智輝はやっと理解した。
織田「もしかして俺ってライバルに助けてもらった上に将来の夢まで守ってもらった感じ?」
委員長「まあ、平たく言えば」
織田「アイツ、一回締めようと思う」
町田「落ち着けよ。お前の好きな子が如月にマジ恋なのは如月の所為じゃない」
織田「え?なんでそれ知ってるの?」
智輝「バレバレだろ」




