14. 勇気とは 1
「ちょっと、君…」
大人の一人が危険なものを出現させている秋人の肩に手を掛けようとしたが、秋人は振り返らず言い放つ。
「今からあそこにダンジョンが出現します。できるだけ早く逃げてください」
秋人の言葉に彼は肩を竦めた。
「ここはコスプレ禁止だよ。厨二病はそろそろ卒業してもいい年頃だと…」
説教しようとした彼を無視して秋人は空中を睨む。
「思ってたより早いな」
秋人が呟くと同時に、また先ほどの女の悲鳴のような音が一層高く鳴り響いた。
「おい、この音もお前か?止めさせろ!」
男がわめくも秋人はどこ吹く風である。
「ねえ、なんか気持ち悪いよ。逃げようよ」
男の連れがそんなことを言い出すと、不快そうに男は眉を上げた。
「ああ?こんな餓鬼の言う事真に受けんのか?」
「だって、あれ」
女が指さす方向がさらに歪んでいく。その異様さに周囲の人間も騒めき始めた。
「ねえ、きみ。ダンジョンって…嘘でしょう」
女が秋人に恐る恐る話しかける。
「本当です。できるだけ守ってみるつもりですが全員は無理です。頑張って逃げてください」
冷たい言葉に周囲の人間はドン引きだ。しかし、秋人にとってそれは紛れもない現実でしかない。
モンスターを前に一般人は無力だ。何もできずただ蹂躙されるだけだ。その事を今理解している人間が今ここに何人いるだろう。
「おい、逃げよう」
と一人が言い出すと我先にと皆が慌てだす。
子供を抱きかかえて逃げる親子、恋人の手を振り切って逃げる男、反対に彼女を抱えるようにして逃げ出すカップル。
様々な人生が垣間見えた。
「一緒に逃げようって言ってもらえるとは思わなかったな」
ぽつりと秋人が呟く。
あれは、あの言葉は智輝が自分を如月秋人だと知って、3S探索者だと分かってもなお、言ってくれた言葉なのだ。
自分は薫以外の大切なものなど持っていないと思っていた。
でも本当はもっと色々と沢山のものを既に持っていたのだ。
ならば、秋人のやるべきことは一つだ。
「智輝たちの夢を、誰にも邪魔させない」
双剣が激しい光を放った。
「もう、無理。少し休憩」
女子の何人かがへばりそうなところを、智輝や織田、町田などのスポーツ組が何とか支えて入り口の門までたどり着いた。
「委員長!受付はこっちだ!」
「分かった!」
作原が慌てて駆けだすも、足がおぼつかない。彼はどちらかというとインドア派でマラソンなどは大嫌いな部類の男だ。
「私が行きます」
明子が作原の手からカードを受け取る。
「木下くんはどこかに連絡するんでしょ!電話して」
そう叫んで受付に駆けだした。
明子は入学式で秋人の事を初めて見た。
綺麗にまっすぐに伸びた姿勢が美しいと思った。まるで、剣道や弓道の選手のようだと。
そんな生易しいものではなかった。彼は戦士だ。
たった一人でみんなを守るために残ったのだ。せめて僅かでも力になりたかった。
「すいません!園内にダンジョンが発生しました!誰か話を聞いてください!」
明子が受付で叫ぶ。園内で何か騒ぎが起こっていることは何となく把握していた数名の職員が、明子を見てため息をついた。
「お嬢ちゃん、いくらなんでもそんなデマを…」
言いかけた彼らの目が彼女が掲げたカードに止まった。
「これは…」
金色のギルドカード。その意味を知らないものは日本中どこにもいない。
「『如月秋人がダンジョンが出現する』って皆さんに伝えてくださいって。マニュアルに従って避難誘導を早くしてください。退去をお願いします」
明子は涙を堪えた。泣いてしまっては信用してもらえない。一刻も早く園内から人を遠ざけなければならないのだ。
明子には探索者の知り合いがいる。血縁ではないのだが、父の友人だ。
彼はあまり強いランクではないそうだが、以前に言ってたことがあった。
一度だけダンジョン出現時のスタンピードの掃討に関わったことがある。あれは地獄だった。人間とモンスターが混じってるから大技が使えない。魔法も撃てない。人海戦術じゃないと厳しい戦いだ。だからこそ自分のような下っ端まで駆り出されたのだと豪快に笑っていた。
秋人は一人だ。いくら彼がすごくてもたった一人なのだ。
「どこらへんか分かるか?お嬢さん」
中の一人が真剣な顔で尋ねる。
「デステニー城の前でした。上空が歪んでて…」
「3カメ映るか?」
「ダメです」
「じゃあ、遠景の6カメだ」
園内のモニターを確認する。
「これは…」
モニターに映る映像はまさに地獄絵図だった。モンスターがまるで人形のようにバラバラと降ってくる。地面に着くや否や近くの人間に襲い掛かる。音がないのが幸いだ。おそらく苦悶の声と恐怖の悲鳴で溢れているだろう。
「・・・・・・っ」
職員の顔が強張る。
そんな中、キラリと光る何かが走った。映像のノイズのように見えるそれは何度も画面を縦横無尽に飛び回っている。そのたびに襲われそうになった人が逃げ出し、モンスターが消滅する。
「如月くん…」
明子は小さく呟いた。それが彼なのが、明子には分かった。
「もう、ダメだ…逃げよう」
職員の一人がそう呟いた。
「そうだ!逃げよう!!ここもいつまで保つか分からん」
そうだそうだと言い出す彼らを明子はきっと睨んだ。
「逃げるのはやることをやってからです!ここにはマニュアルがあるはずです。如月秋人がそう言ってました!!」
彼女は精一杯の声で叫んだ。
「逃げるなとは言いません!でも最低限のことはやってください。じゃなかったら、私生き残ったらここで逃げ出した人のこと全部SNSで拡散しますからね」
彼女の言葉に職員たちは一瞬怯んだ。
「お嬢さんの言葉だけでそんなこと信じる人いるかな」
と最初に逃げようと言った男が言った。しかし、明子の背後からすっと携帯を出してきた少年がいた。
「作原君!」
「いやね、うちの委員長の雄姿をここはやっぱり録画して後でみんなで盛り上がりたいなって思って後ろから撮影してたんっすよね。結構いい動画撮れたと思いますよ」
ニヤリと作原少年が笑う。
「く、それをよこせ」
と手を出そうとした男を押し返したのは織田だ。
「早くやっちゃってください。俺たちも逃げたいんで」
スポーツ推薦組の学生は皆体格がいい。ズラリと並んだ猛者の前で職員たちはぐうの音も出ない。
「マニュアル通りにさっさとやるぞ。避難勧告、ギルドへの連絡、逃走ルートの確保だ」
職員の中でどうやら一番役職が上らしき男の掛け声で、渋々皆が動き出す。それを明子がほっとして見つめた。
「いやあ、しかし、委員長の脅し文句はなかなかレアだったな」
作原の言葉に明子が赤面する。
「だって、必死で…」
「うん、ご苦労さん」
明子はとうとう涙を堪えきれず泣き出してしまった。秋人のカードを握りしめたまま。
「うーん…ライバルがあまりにも強力だな」
委員長はそっとため息をついた。
作原「あ、待って!栗原さん!一人じゃだめだ」
織田「委員長、足笑ってるぞ」
作原「織田、連れてって」
織田「ヤローを背負うのはちょっと…」
作原「はやくううううう!!!」




