10. 元旦
前日遅くまで騒いでいたからか、元旦の神崎家の朝は遅かった。
しかし、その中でも薫だけは早起きして作りかけのお節の仕上げをしていた。パーティーに出かける直前まで調理していたものを、綺麗にお重に詰めていく。
秋人と二人だった去年、初めてお節を作ったのだが今年は人数が倍だ。それなりの量を作らないと間に合わない。
しかも、秋人がもう三段追加でお重を買ってきたのだ。秋人は去年作った栗きんとんがかなり気に入ったようで、今年は一段全部栗きんとんである。
本当は一段だけ欲しかったのだが、ばら売りはしてくれないので、残りの二段も買ってきたらしい。
「人数増えたし量的には丁度いいだろう」
と薫が言うと、秋人も嬉しそうに頷いた。
「おはよう、薫。あけましておめでとうございます」
秋人が眠そうに目をこすりながら起きてくる。
「あけましておめでとう。まだ、寝てても大丈夫だぞ。皆起きる気配ないし」
「ううん、手伝う」
秋人がそういうので、薫はお重に詰めるのを秋人に任せて、自分は紅白なますや雑煮の具を揃えることにした。
「今年も一緒に作れて嬉しい」
「そうだな」
秋人がポツリと呟く。去年一緒に作った時に、来年も一緒に作ろうと約束したのだ。薫と二人だけの正月は、初めてのことだらけで何もかも新鮮だった。「あけましておめでとう」も去年教わったのだ。
「初詣は近所でいいか?」
「うん。食べたらみんなで行こう」
薫の言葉に秋人は大きく頷いた。
昼近くなってようやく当夜と桜子が起床してきた。ダイニングには立派なお節が用意されている。
「わー、すごーい」
二人は目を丸くして驚いていたが、秋人は「ふふん」と胸を反らした。
「薫と二人で作ったんだよ」
すごいすごいと二人が褒めるので大変嬉しい秋人だった。
「あけまして、おめでとうございます!」
改めて全員で挨拶を交わす。それから薫が小引き出しからぽち袋を取り出した。
「はい、当夜と秋人にお年玉。俺と桜子さんからね」
秋人はお年玉をもらうのが初めてでびっくりしていた。
「去年は渡しそびれたから2年分入ってる」
と薫が笑う。当夜は
「え?俺もいいんっすか!?」
と驚いていたが
「秋人にやって当夜にやらないってのもなぁ」
と薫がうーんと唸った。
「まあ、いいじゃないか。もらっておけば。あって困るもんでもないし」
と桜子が笑った。秋人はぽち袋をじっと眺めている。どうやらぽち袋が気に入ったらしい。和柄のどこにでもあるものなのだが。
「僕、お年玉もらうの初めて。薫、桜子さんありがとう」
大切そうにしまう秋人に薫は苦笑する。
「まあ、貯金してもいいけど明後日はデステニーワールド行くんだろ。ちょうどいい小遣いだな」
「あそこはなんでも高いからなぁ」
当夜が苦笑する。秋人がクラスメイトと一緒に遊園地にいくのは明後日だ。
「冬休み最後のイベントって感じだな」
「うん、すごく楽しみ」
秋人は特別遊園地に行きたいわけではないのだが、友達皆で出かけるというのが初めての体験なので、そこにわくわくしている。
「デステニーワールドかぁ。10歳くらいに一回行ったきりだなぁ」
薫が遠い目をしてぼやく。
「ほら、家族で行った時にさ、あそこのキャラクターの猫耳とかの髪飾り、カチューシャっていうのか、売ってるじゃん。あれをさ、買ってもらったわけよ」
幼い頃の薫は押しも押されもせぬ美少年であったことは想像に難くない。さぞ猫耳付きは可愛かったことだろうと三人は想像し、その後の騒動に思い至った。不穏でしかない。
「そしたら、なんか変なおばさんに追いかけ回されたり、誘拐されそうになったりしてさ。あとなんか撮影させてくれって中年のおじさんから頼まれたり触られたりとかして、母さんが激怒してたなあ」
しみじみと薫が言う。何とも言えないエピソードである。
「秋人も猫耳のカチューシャはやめとけよ。たぶん似合うからな。あれは呪いのアイテムだ」
「わ、わかった」
何が分かったのかよく分からなかったが、とにかくカチューシャを購入して頭に着けるのはNGであるということは肝に銘じる秋人だった。
「ま、まあ気を取り直して、せっかく二人が朝から張り切って用意してくれたんだから、堪能しよう」
桜子が仕切りなおして、全員が席に着いて、ちょうどブランチくらいの時間の食事が始まった。
因みに、栗きんとんはほぼ秋人と桜子で半分ずつ食べてしまった。
お酒も入っていい気分の桜子と薫、今年は飲める当夜の3人の中、秋人だけ飲酒ができない。桜子がファンの人から譲ってもらったという蔵出しの日本酒は口当たりがよくて、三人は美味い美味いと大絶賛だったのでなおさらだ。
「いいなぁ。僕も飲んでみたいなぁ」
と秋人が言うもさすがに薫は首を振った。
「お酒は二十歳になってから」
「ちぇー」
と言いつつ買ってきていたお高いチョコレートを独り占めする秋人だった。
食べ終わってひとしきり寛いだ後、4人で初詣に出かけた。近所の小さな神社である。大きめのところに行ってもいいのだが、この4人で行くと悪目立ちするのでひっそりとした地元の神社に向かった。
「そういえば、聖夜さんは呼ばなくて良かったの?」
秋人が当夜に尋ねると、彼は苦笑を零す。
「去年なら呼べたんだけどな。今年は兄貴はあちこち地元の名士やら分家からお呼ばれしてるからなぁ」
聖夜は去年のゴールデンウィークでのランク大幅アップのこともあり今絶賛注目の的だ。不遇職でもやり方によってはレベルを上げることが可能であるという、いわば不遇の星扱いである。レベルも40を超え、とうとうAランクに昇格した。そのおかげで朽木家での地位を確保しつつある。
もう蔵はなくなってしまったので、当主代理になる必要はないのだが、反対に蔵が無くなった以上、より彼の存在価値が増している。
「料理人のジョブって普通婿入りとか拒否られるんだけど、兄ちゃんはあの顔と性格だからなぁ…もてるんだよ。見合いとかすごい数きてるし。俺も兄ちゃん宛てのラブレターとか仲介いっぱいしたしなぁ」
聖夜としては一番家に役に立つ結婚をしたいと思っている。が、弟は兄が一番幸せな結婚を願っている。
「俺としては、兄ちゃんを一番大切にしてくれる人を選んでほしいんだけどなあ」
と当夜はため息をついた。
流石に元旦なので、いつもは閑散としている地元の小さな神社も少しはにぎわっている。甘酒なども配っているようだ。
「あれは飲んでもいいの?」
酒とついているものを小さな子供が貰っているのを見て、秋人が薫に尋ねる。
「あれは、アルコール成分はないからいいよ」
「やった!もらってくる!行こう、当夜!」
秋人が元気に走りだす。そんな姿を薫は眩しそうに眺めた。
「どうしたの?」
桜子が尋ねると薫は苦笑を零した。
「いや、去年もここに来たんだけど、あんな風にはしゃいでなかったから、あの時は本当に遠慮してたんだなって思って」
「積み重ねた時間の分だね」
桜子が頷く。遠めに秋人と当夜が宮司さんから甘酒を振る舞ってもらっているのが見えた。
「薫!桜子さん!はやく!」
秋人が全開の笑顔で笑って手招きしている。
「ずっと…こんな風な時間が続くといいのに」
ぽつりと薫が呟くと、桜子は静かに頷いた。
しかし、薫はそうは上手くいかないだろうという事をなぜか確信しているのだった。
1年前
薫「あけましておめでとう、秋人」
秋人「あけましておめでとう、ございます?薫さん」
薫「紅白見て、お節食べて、ニューイヤー駅伝見て、初詣に行くとか正しい日本人の生活だなあ」
秋人「僕、家でこんなに夜遅くまで起きてたの初めてです。寝るだけだったから。ダンジョンで徹夜したことはあったんだけど」
薫「・・・・・栗きんとん全部食べていいよ」
秋人「ありがとうございます」
薫「あ、後藤さん?あけましておめでとうございます。赤城って今なにしてるんでしたっけ?」
後藤「正月早々不穏ですな…」




