9. カウントダウンパーティー 噂の人
パーティーは後藤の閉幕宣言でやや尻すぼみに終わってしまったが、毎年なんらかのトラブルが起こるのでいわば年末の風物詩だ。さきほどの捕り物はお芝居だったと勘違いしているセレブもいたくらいである。
まあ、あんな風に刃傷沙汰が起こっても大きなパニックにならないところが、探索者が中心のパーティーらしい。
関係者としてアークのメンバーとそのパートナーは控室で待機をしていた。
「秋人っち、せんせー連れて駆け落ちって言ってたけど、大丈夫かな」
「誤解を生みそうなフレーズだわね」
ヨナの言葉にリサが苦笑を返す。まあ、確かに薫を強奪して逃げた風に見えなくもなかったが。
そんな会話をしていると、控室のドアが開き数人の女性が入って来た。小沢文香と暁の明星のメンバー、それからそのほかの探索者の高位ランカーだ。
「ねえ、文香が会ったって言ってんだけど、如月秋人が来てたって本当?」
中の一人がそんな事を言い出す。文香はどうやら自分が脅されたことを隠して適当な事を吹聴したようだ。流石に気まずそうに視線を反らしている。
「あれを会ったというのは図々しくないか?」
と桜子は眉を顰めた。
康子がため息をついた。
「だから、何?」
不機嫌そうな彼女の声に、反対に女性探索者の一人が声を荒げた。
「自分たちだけ秋人様とコンタクト取ってズルいじゃない」
「そうよ!秋人様はみんなのものよ!」
薫が聞いたら眩暈を覚えそうな言葉の数々が、彼女たちの唇から吐き出される。桜子は呆れた様子でそんな彼女たちを見ている。
「ちょと、桜子。あんたの彼氏が秋人様と同じパーティーなんでしょ!会わせてよ!」
色気自慢のBランク探索者野間メアリがそんな事を言い出した。
「会ってどうするのよ」
桜子の言葉にメアリは豊かな胸を反らせて自慢げに言った。
「決まってるじゃない。恋人にしてもらうのよ。私年上には制限なしだもの。こんな若くて綺麗な恋人ができるなら、彼も嬉しいでしょ」
秋人のことを自分より年上と想定している発言に、ごふっと笑いをかみ殺せなかったのは、案の定ヨナだった。リサも久美も肩が震えている。
「何がおかしいのよ!」
そりゃあおかしい。彼女の方がかなり年上だ。下手したらダブルスコアである。もしも付き合ったとしても、若くてきれいな恋人は秋人の方だろう。メアリは派手な化粧と露出の高い衣装で誤魔化しているが、そこそこの年齢だ。
こらえきれずヨナが腹を抱えて笑い出す。そんな彼女の頭を康子がぽこんとはたいた。
「笑いすぎ」
「だって、康子。だって、若いって、ぐふっ」
アークのメンバーは全員件の相手が高校生、さらには未成年だと知っている。こんな青少年の教育に悪い相手に関わらせるつもりはない。
「秋人には好きな人がいるからダメ」
桜子がそう言うと、「おっ」という顔でアークの面々が食いついた。
「やっぱそうなんだ!そうじゃないかと思ってたんだ」
「ああ、あの子だよね。この前の眼鏡の」
などときゃいきゃいはしゃぎだす。女性だらけのパーティーなので、当然恋バナは人気の話題である。
しかし、置いて行かれた他の女性たちは面白くない。
ただでさえ、神崎薫という最上級の男を桜子に持って行かれたのだ。こうなったら何が何でも如月秋人とお近づきになりたいと思うのは当たり前だ。
特にアラサーになり若さを武器に人気を得られなくなりつつある面々からすると、如月秋人のパートナーという称号は、一気に形勢逆転を狙えるエース札だ。
「煩いわね」
中の一人、Aランク探索者の望月京子が腰に手を当てて言い出した。
「いかにも私たちは知ってますって顔してるけど、貴方たちが知らないことを私知ってるんだから」
「ほほう」
康子は京子とは因縁の仲だ。探索者養成所の同期である。
主席で卒業したのが康子、先にAランクになったのが京子。そして、今回先にSランクに上がったのが康子。そうやって二人は抜きつ抜かれつの関係を維持してきた。
しかし、こと恋人事情でいえば康子の圧勝。京子は理想が高くてなかなか彼氏を作れず、ホストに嵌って大金を巻き上げられたりしているのだ。
「私は、如月秋人と寝たことがあるのよ。彼すごいテクニックだったわよ」
京子がそう自慢げに告げると同時に控室のドアが空いて、薫と秋人、当夜の3人が入ってきた。
当夜が電光石火の早業で秋人の耳を塞いだ。薫がチラリとそれを見る。その目は「よくやった、褒めてつかわす」と雄弁に語っている。
言われた当の秋人は意味が分かっておらずキョトンとしていた。
薫の無表情が恐ろしい。
「ほほう。うちの秋人がいつあなたとそういう事になったのか、詳しくお尋ねしたい」
完全に目がイッてる。秋人以外の全員が震えあがった。
当然、その圧を一番に浴びている京子はしどろもどろである。
康子に対抗したいだけで適当な事を言ったのだ。今までなら誰も会ったことがない謎の探索者という事もあり、こんな虚言がまかり通っていたが、実際の人物として知っている人間がいるとなると話は別だ。
さらに、薫は秋人のパーティーメンバーだという。当然、彼は如月秋人本人を知っているのだ。まさか、この場に薫が出てくるとは思っていなかった京子はきょろきょろと周囲を見るも誰も助けてくれない。
「あ、えっと…その」
「そういう根も葉もない噂を垂れ流されると困るんですよ。私、彼の代理人でもありますので、名誉棄損であるとかそういった訴訟も辞さないつもりですが」
京子が開き直って叫ぶ。
「う、嘘じゃないもん!あなただって彼の生活の全てを知っているわけじゃないでしょ」
やけくそでそんな事を言い出したが、アークのメンバーは頭を抱えた。それがもし本当ならお前は「青少年健全育成条例違反」で逮捕されるぞとアドバイスしてやりたい。
「いいえ。絶対にありえません」
堂々と薫がそう告げる。あまりにも自信満々な態度に京子も他の女性もたじろぐ。
「100パーセントないです。もしあれば私はあなたを別の罪状で訴えざるをえない。彼の意思ではないでしょうからね」
言い切る薫に京子もさすがにそれ以上言い募ることは出来なかった。モゴモゴと謝罪を口にし、部屋から逃げ出した。他の探索者も後をついていくように去っていった。
残ったのはアークエンジェルのメンバーとなぜか残っている文香だけだった。
「あのさ…、秋人様に会わせてもらえない?」
文香が小さく呟く。薫はため息をついた。
「謝りたいんだ!あの…ほんと、いつもの癖でつい文句付けただけで、あの人に逆らう気とかさらさらなくて…その」
半泣きである。薫は事情を知らないので、秋人に目で確認するも彼はしれっと視線を外した。それで、だいたいの想像がついた。控室の銀盆の使用方法にも納得だ。
「伝えておきます。もう怒ってないと思うので、安心してください。しかし、これ以上彼のことで騒ぎを起こすようなら、知りませんよ」
薫の言葉に反射的に顔を上げた文香は、ふと薫の傍に立つ少年に気が付いた。今は秋人は眼鏡をかけていなかったので、文香にはやたらと美しい少年に見えた。
目が合った瞬間、あの時感じたのと同じ恐怖が全身を貫いた。文香はその時この少年こそが『如月秋人』だと本能的に悟った。
ニコリと彼が笑う。でも、目は笑っていなかった。
底知れない深淵が見えた。
「いたしません、いたしません。二度と絶対に神崎さんと桜子の悪口は言いません。さよなら!!」
文香は叫ぶと同時に部屋から逃げ出した。
薫は困った顔で秋人を振り返った。
「あんまり弱い者いじめしないように」
これほどわざとらしく聞こえる説教もないだろうと、その部屋にいた秋人以外の全員が想った。
「『如月秋人』って一体どういう人だって思われてるんだろう」
流石に気になった秋人だった。
こうして、波乱の大晦日カウントダウンパーティーは終了した。
暁月の明星メンバー「文香、秋人様に会えた?」
文香「あー…会えなかった」
暁月の明星メンバー「そっかー、やっぱりなあ」
文香「(あんな若いと思わないじゃない。マジであれはヤバい。触らぬ神に祟りなしだよ。やたらと綺麗な顔だったとこまで含めてこわいこわいこわい)」




