11. デステニーワールド
朝から秋人が珍しくソワソワしているのを薫は微笑ましく見守っていた。
「財布とスマホ持ったか?」
薫が尋ねると、秋人は大きく頷く。
「まあ、遊園地なんて日本のどこかなんだから、最低限少し歩けばコンビニやらあるだろうし、何かあれば迎えに行くからスマホで連絡してくれ」
と薫が言うと桜子と当夜が呆れ顔で肩を竦めた。
「過保護」
と二人が言うのは最もだが、秋人は遊園地も友達大勢と遊びに行くのも子供だけの団体行動も今回が初めてなのだ。心配するなって方が無理であるというのが薫の言い分だ。
「最悪、瞬間移動で家まで戻ってこれるしな」
秋人にだけ聞こえる声で薫が言う。秋人の魔力量ならデステニーワールドからよく見知っている自宅まで跳ぶことは可能だろう。反対に薫が秋人の元へ跳ぶのは難しい。薫が秋人の魔力を感知できないからだ。
瞬間移動の魔法はすごくよく記憶している場所か、あるいはすごくよく覚えている魔力の型の持ち主の元へ跳べる魔法だ。
魔力感知能力がゼロの薫は場所指定、しかも自宅とか事務所などかなり覚えている場所にしか跳べない。あるいは、ごく短距離でいいのなら目で見える範囲なら可能だ。
薫の跳べる範囲は秋人に比べるとかなり狭いのが厳しい現実だ。
「あのね、薫。今日の帰りにちょっと寄り道して智輝に僕が探索者の『如月秋人』だって話そうと思ってるんだ」
秋人がそう言うと、薫はすごく優しい顔で頷いた。
「そうか。秋人が話したいなら構わないよ」
その返事は予想していたのだろう。秋人はこくりと頷いた。
「それじゃ!行ってきます!!」
笑顔で手を振る秋人を三人は見送った。
なぜか、薫は胸騒ぎがして仕方なかった。
1年B組の全員との待ち合わせなので、混んでいるゲート前ではなく少し離れたロッカー付近が集合場所だった。ロッカーの横には受付があり、何か園内で問題や危険事項があった場合ここに連絡をする事になっている。
秋人はかなり早めに家を出たのでおそらく一番に着くだろうと思っていたが、先客がいた。
「あれ?栗原さんか。おはよう。早いね」
ぽつんと一人立っていたのは女子の委員長の栗原明子だ。ピンクのダウンジャケット、ミニスカートにタイツにロングブーツという姿だったので、一瞬秋人は誰か分からなかった。いつも真面目な制服姿の彼女しか知らないので、想定外だったのだ。
男子の委員長作原保は守銭奴で割と自分勝手な性格なので、クラスの出し物が破綻しなかったのは、彼女の功績が大きいと秋人は思っている。
縁の下の力持ちというか、地味だが絶対に必要なことをさらっとやってのける気遣いの細やかな少女である。
秋人の声に彼女は慌てて顔を上げた。
「早く来てたら何かあった時に対応できるかと思って」
明子がはにかんで笑う。秋人も頷いた。
「僕もそう思って早く来たんだけど、栗原さんには敵わないなぁ」
「私は気が小さいだけなの」
明子は謙遜するが、彼女が立派な委員長なことはクラスの皆が知っている。当然秋人も同じ年齢とは思えない彼女の気遣いにはいつも脱帽している。このクラスで一番尊敬している生徒だ。
「おお、早いじゃん」
智輝が片手をあげてやってきた。どうやらここまで車で送ってもらったらしい。黒塗りの高級セダンが走り去るのが見えた。
「いやあ、電車乗り遅れたから送ってもらっちまった」
と悪びれず言う姿に、秋人は苦笑を零す。そんなことだろうと思った。
「いや、だってさ。おれん家から電車だとここまで1時間以上かかるけど、車だと30分だぜ?」
「最初から送ってもらう気だっただろ」
秋人がため息をつくと、智輝はニヤリと笑った。
「帰り、なんか話があるんだろ?」
「うん。ちょっと真面目な話」
智輝の言葉に思わぬ真剣な顔の秋人の返答がかえってきて、彼は少し驚いた。てっきり例の先輩といい感じになったとかの話だと思っていたが、違うようだ。ならばおそらく出生の秘密だろう。
「それってさ、お前が如月秋人の隠し子で、お前の母ちゃんが父親と別れた後にお前を生んで、父親の名前を付けたけど、その後若くして死んじゃって、親戚に預けられたけどそこで扱き使われて、お前がが耐えかねて家出したところを神崎先生が拾って、連れて帰ったらパーティーメンバーだった如月秋人がいたって事と関係ある?」
「え?僕の生い立ちってそう言う話になってるの?」
秋人が驚いて大きな目を見開いた。明子も特に驚いていなかったので、どうやら轟学園ではそういう話になっているらしい。
「違うのか?」
智輝の方が秋人の反応に戸惑っているので、どうやらかなり信ぴょう性が高い話として出回っているらしい。
「全然違う」
と秋人がため息交じりに否定すると、智輝は「マジかぁ」と呟いた。
「薫が如月秋人のパーティーメンバーだってこと以外全部違う」
と秋人が言うと智輝は心底驚いていた。
「じゃあ、なんで父親と同じ名前を母ちゃんは付けたんだよ」
「ええっと…」
そこからして違うのだが、確かに如月秋人が中年男性くらいに思われている中で、秋人が自分が3S探索者の如月秋人であると証明するのは、意外と難しい。
「まあ、その事も含めて話すよ」
と秋人は小さく笑って誤魔化した。
そこから30分ほどで全員が集まった。
「うええ、よかった。うちのクラスあんまり遅刻魔いなくて助かったぜ」
委員長がぼやく。
「この寒空の下で震えながら待つのは勘弁してほしいよな」
と笑って頷くのは、サッカー部所属の織田。
「正月に箱根駅伝の応援の場所取りで死ぬかと思ったばっかりだぜ」
と応答するのが陸上部の町田。ともに、智輝と同じようにスポーツで上を目指しているアスリート系の学生だ。他にもクラスには何人かアスリートとして期待されている生徒がいる。
轟学園はスポーツ特待生制度があり、授業料が一部免除になるのだ。ただし、運動クラスなどはないため、ある程度の学力は求められる。しかし、高校でいい成績を出せばそのままエスカレーターで大学に上がれるので、待遇は悪くない。
轟学園大学部は、普通に受験するならそれなりの難関校なので、試験なしでそこに入学できるのは、将来のことなどを考えると大きい。
「それじゃ、入園しようぜ」
と智輝が全員を促す。大勢の客に紛れて彼らもゆっくりとゲートに向かった。
秋人「箱根駅伝、テレビで見た。来年みんなで沿道に行こうって話してたんだ」
智輝「え?みんなって神崎さんと霧崎桜子と?」
秋人「うん」
智輝「規制線がいるんじゃね?」
秋人「すごい応援だもんね」
智輝「いや、神崎さんと霧崎桜子の周りに…」
秋人「…テレビでいいかな」
智輝「そうだな」




