7. カウントダウンパーティー 死の舞踏
控室で薫が水を飲んでいる。
ジャケットを脱いで無造作に椅子の背にかけ、シャツの襟元を緩めている。だらしない恰好の筈だが、いっそ色気が増していて女性客には見せられない光景である。
「薫、飲みすぎだよ。ここまでアルコールの匂いがくるよ」
秋人がぷりぷりと怒りながらも甲斐甲斐しく世話を焼いている。
「いや、だってあれで負ける訳にいかないでしょ」
と薫が言うも、秋人は説教の手を緩めない。
「だからって飲み比べってさ」
薫は見た目はほんのりと頬が赤いだけだが、実は結構酔いが回っている。おまけにこの頬がほんのり赤いのがまずい。この控室に秋人と当夜が連れてくる間だけでも、4人くらいの男女が何やら怪しい目つきで薫を見ていた。
「仕方ない。ドーピングするか」
薫が収納からエリクサーを取り出した。
「桜子さんをエスコートして退場しないといけないからな」
と薫が言うと、秋人と当夜がため息をついた。
「それ、酔い覚ましの薬じゃないよ、薫さん」
控室に桜子が入って来た。どこの探索者が酔い覚ましにエリクサーを使うというのだろう。
「なんか、あっちのテーブル凄いことになってたけど、大丈夫?」
桜子の言葉に薫はこっくりと頷く。まだ少し酔いが残っているらしく、いつもより動作が大きくてゆったりだ。思わず「可愛い」と桜子は思ってしまった。
それから、彼女は壁から引き抜いてきたシルバーのお盆を秋人に渡した。
「なんで、こんなものが壁に刺さるんだ?」
桜子がぼやくと、秋人はにこりと笑った。
「身体強化の応用で、物質を強化して、あとは手首のスナップを効かせて投げるだけ」
「恐ろしいことをサラッと言うなぁ」
当夜がぼやいた。そんな事簡単に出来たら町中凶器だらけだ。ちなみにこの技はこの前、向田篤弘にクレジットカードを投げ返した時にも使っている。
薫が桜子の意識が秋人に向いている間にエリクサーを一気に飲み干す。
「あっ」
桜子が気が付いた時には、「ふう」と薫が一息ついたところだった。
「これで大丈夫」
「深酒って状態異常なんだから、その手の薬で十分でしょう」
「でも、あれ美味しくないんですよ」
薫が嘯くと桜子はため息をついた。
「秋人、これはダメな大人だからな。真似したらダメだぞ」
「はい、師匠」
秋人が大変よい返事を返した。
「さて、そろそろ終盤かな」
薫が声を掛けジャケットを羽織ったので、四人は控室を後にした。
会場に戻ってアークエンジェルのメンバーと合流する。巌などの朽木家の面々もそこに勢ぞろいしていた。
「聞いたよー、先生。全員のしたんだって。凄いじゃん」
ヨナがうりうりと薫を肘でつく。
「飲み比べで勝負しようなんて言うからですよ」
薫は澄ました顔で答えた。魔法師は酒に強い。アルコールを分解して魔力にする効率が良いのだ。特に薫は魔力が強いので、最近ではちょっとやそっとでは酔わない。流石に今日はちょっとやそっとではなかったが。
「小谷くんはいい子なんだけどね」
康子が苦笑する。どうやら昔から目をかけていた新人らしい。おそらくその過程で彼は桜子のことを好きになったのだろう。案外本気だったのだな…と薫は修也への評価を一つ上げた。ちなみに修也はパーティーメンバーに状態回復の魔法をかけてもらって、今はぴんぴんしている。
「よ、先生。すまんこって」
明るい声で話しかけてきた。薫は苦笑を浮かべる。
「いや、でもさ。先生には恨み言の一つも言いたくなるだろ。俺、柄にもなく講師つけて今年はダンスの猛特訓してたんだぜ」
冗談に紛れさせた、失恋の告白だ。
「ああ、そうか。君は勇気を出す予定だったんだな」
薫が優しい顔をする。薫は努力を絶対に嗤わない。決意をけして茶化さない。だからだろう、修也はがしがしと頭を掻いた。
「ちぇ、流石桜子。いい男捕まえてるじゃねーか」
こうして、小谷修也の恋は終わった。本気の一世一代の恋だった。
そうこうしているうちにカウントダウンが始まった。会場の外では花火が打ち上げられている。
「10、9、8、7…」
薫と桜子は隣り合わせでニコリと微笑んだ。秋人も当夜と一緒に給仕の手を止めて窓の外を見る。その視界がふっと陰った。一瞬殺気を感じる。どこだ?と秋人は感覚を全開で解き放った。殺意の向く方向。
笑顔で談笑する二人。
「薫!!」
思わず叫ぶ。しかし、その声はカウントダウンの歓声にかき消される。
「3、2、1…」
秋人が駆けだす。当夜も同じタイミングで走り出した。
「間に合うか!?」
ぎりぎりのタイミングだと当夜は思った。
薫めがけて白刃が振り下ろされる。秋人が先に突っ込んで、曲者の背中に蹴りを入れた。人影はもんどりうって地面に転がるも、今度は反対側から別の人物が現れる。それは当夜が阻止した。しかし、もう一人。薫の影から這い上がるように人物が浮かび上がる。
「なっ」
桜子が腰に手を賭けるもさすがに今日は帯剣していない。
「薫さん!」
悲痛な声が広間に木霊する。男の凶刃が薫の胸を貫いた。
「薫!!」
秋人の悲鳴が会場に響いた。
「えっと、なんかゴメン」
薫がぽつんと呟いた。
秋人が薫を刺したであろう犯人を真っ二つにしてしまったことに対してなのか、桜子が件の指輪で攻撃して半分になった犯人を黒焦げにしたことに対してなのか、当夜が、残り半分を消し飛ばしてしまった事に対してなのか、どれだろうと後藤は思った。
「このジャケット魔法通してるので、このくらいの刃は通りません」
と言う説明を薫がおそらく誰にもしていなかったことに対してだろうなと後藤は思いなおした。
後藤はギルドマスター特権で、
「護衛の諸君、お疲れ様。よい働きだった。下がっていいよ」
とアドリブを入れて、秋人の正体を誤魔化した。電光石火の早業で曲者を真っ二つにした小柄な人影は、ギルドの隠密だと思わせることに成功した。
ざわめきがさざ波のように広間に広がっていく。今の秋人の特筆するべきスピードの異常さに気が付いた面々も、後藤の言葉に納得したのか構えを解いた。
まだ青い顔色の秋人に向かって、薫はウィンクして見せた。
本当は傍を離れたくないが、今の不安定な自分の魔力では制御が難しい。それより一端下がってから『如月秋人』として探索する方が役に立つと秋人は思いなおした。
「師匠…」
小さく呟くと、桜子は大きく頷いて唇だけで「任せろ」と囁く。それで秋人は諦めて裏方に引っ込んだ。
「ああ、もう。僕が早く大人になれれば絶対に薫の傍を離れないのに」
と秋人は唇を噛みしめた。
薫「指輪の使い心地はどうでした?」
桜子「咄嗟のことだったから、あんまり覚えてなくて悔しい」
後藤「待って、なんで霧崎くんが魔法撃ってたの?」
桜子「じゃじゃーん(婚約指輪をみせてくださいのポーズ)」
後藤「あ、それ!大塚さんが『やべえもん作っちまったかも』って言ってたやつ!」




