6. カウントダウンパーティー ドッグファイト
「どうしてこうなった?」
と薫が思わず自身に問いかけるのも仕方ない状況に彼は陥っていた。
桜子に突っかかってきた露出狂の女(文香のこと)から引き離すように、聖夜と一馬が連れ出してくれた。おそらくあの場に薫がいると予期せぬ悪いことが起こるのは目に見えていたので、ありがたく離脱させてもらったのだが、途中何人かの探索者に絡まれたのだ。
「霧崎さんに取り入っていい気になるなよ」
とか
「不遇職のくせに、如月秋人さんのおかげで昇格しただけだろうが」
とか
「後藤会長をどうやってその顔でたぶらかしたんだ」
とかはまあ、百歩譲って無視していたのだが、
「この男妾が」
という言い草にはさすがに眉を寄せた。
いろいろな意味で桜子にも失礼だし、自分と彼女はまだそこまで言われるような行為は行っていない。まだ、キスすらしていないのにだ!
「あ?」
思わず不機嫌全開で振り返る。薫は笑顔も恐ろしいのだが、本気で機嫌の悪い顔をすると、ナイフのように切れ味がよくなる。
「今の言葉は流石に聞き捨てなりませんが、彼女の名誉も傷つける言い草だということに気が付いてますか?」
薫が振り返った先には、Aランクの探索者で、次のSランクではないかと言われている人気者の北条英明が立っていた。男は振り返った薫の美貌に一瞬たじろぐ。
「は、図星を刺されたか。貴様がそのいけ好かないツラで桜子さんを騙して誑し込んだのは明白。僕は彼女をお前の魔の手から救出してみせる」
英明が自分に酔ったような声音で両手を広げてポーズをとると、その周囲にいたメンバーが花びらを投げかけた。
英明の芝居がかったジェスチャーに薫たちは困惑した。
「えっと、なんか頭の弱い人ですか?」
薫は思わず隣にいる一馬に尋ねる。
「そうだな。困ったな。否定する材料がないな」
一馬が頭を掻く。彼もまさか世間でまあまあ有名どころの探索者がこんな素っ頓狂な性格だとは知らなかったらしい。
そもそも朽木の探索者は主に自分のところのダンジョンを守っていることが多いので、あまり他のダンジョンにいる探索者を知らないということもあるのだが。
「あ、私こういう職業の者です」
ニコリと薫が笑って名刺を差し出す。
「は?なんだこれ…は?」
「え?弁護士?」
英明に差し出された名刺を取り巻きが覗き込み、さっと顔色を変えた。
「あまり酷いと名誉棄損で訴えますよ」
その場の空気が凍り付く。そういえば、この男は凄腕の弁護士だったと思い出した人間が幾人かいた。
「え?そっち?」
と思わず聖夜が呟く。薫は探索者としてもかなり優秀だ。この男など簡単に叩きのめすことが出来る。しかし、彼の本職はあくまでも弁護士。叩きのめすならそちらの土俵でというのが、薫のモットーだ。
「おいおい。それはないんじゃねーの」
不意に薫の背後から声がかかる。薫が振り返るといかにも筋骨隆々で逞しい皆が想像する「探索者」といわんばかりの大男が立っていた。
「あんちゃん、強いんだろ。そんな邪道使わなくてもその優男くらいどうにかしてくれよ。Sランクなんだろ」
「邪道…と言われましても。私の職業柄、暴力沙汰は正当な理由がなければ難しいです」
コテンと薫が首を傾げる。大男の名前は小谷修也。Aランクになりたてだが、いずれSだろうと言われている武闘派だ。
「それもそうか…」
修也はふむ…とあごに指をあてる。薫はこの大男が見かけによらず話が分かる事に気が付いた。
「それじゃ、男の勝負はやっぱりこれだろう」
ということで、薫はズラリと並んだ酒瓶の前に通された。
「ちょ、先生。断ってもいいですよ」
一馬が慌てるも聖夜は案外冷静だ。何故なら、聖夜は薫がどれくらい飲めるか知っている。薫はいわゆる「枠」である。
薫は肩を竦めてテーブルに着く。英明も渋々従った。
「飲み比べですか?」
「イエス。俺も霧崎桜子に憧れてたんだ。それを横からかっさらわれた訳だから、どんな男が俺に勝ったのか興味あるね」
修也の言葉に薫は眉を潜める。
「桜子さんはトロフィーではないので勝ち負けの対象ではありません。それに、かっさらわれたと仰いますが、何年もダンスさえ申し込めない腰抜けどもにとやかく言われる筋合いはありませんよ」
いたって冷静に薫が煽る。そもそも桜子が男性パートしか踊れなかったのはこいつらの所為なのだ。おかげでせっかく回避したと思っていた康子の説教を食らったのである。文句が言いたいのはこちらも同じだ。
修也が目を大きく見開いた。
「ははは、違いねえ!あんちゃん、綺麗なツラで辛辣だね」
と笑った。
周囲で眺めていた男連中の何人かはバツが悪い思いをする者もいた。
確かにいくらでも彼女に声をかける機会はあった。アークエンジェルは依頼が長引いた時以外は、ちゃんと毎回この催しに参加している。彼女にダンスを申し込むことも、告白することも可能だった。
それをしなかったのは、ひとえに彼女が自分たちより強いからだ。探索者の世界は強さが絶対の基準値である。故になかなか切り出せない男は多かった。
そうしてぐずぐずしているうちに薫に横から持って行かれたというわけだ。
薫はSランクの探索者で、桜子に申し込めるだけのポテンシャルがあることは理性で理解できていても、長年こじらせた恋心は納得できなかった。これが薫がいかにも強そうな見た目、雰囲気ならまだあきらめもついたのだが、彼は今でもあまり強そうに見えないのである。
「では、始めましょうか?他に参戦したい方は?」
にこやかに薫が告げると、幾人かがテーブルについた。いずれも劣らぬ猛者ばかりである。
「桜子さん、流石にもてるなぁ」
薫が感心したように呟く。
「お前が言うか」
修也が苦虫を噛み潰したような顔で呟く。薫はテーブルに着いた面子をチラリと見た。なんだか無性にムカつく。彼らは自分の知らない桜子の時間を知っているのだ。
ああ、そうか…これが嫉妬かと薫は頷く。
「あ、なんかムカついてきた」
「え?」
聖夜が驚いて薫を見る。聖夜の知っている薫は常に泰然自若。秋人が吹き飛ばされた時も、あの大きなアイスドラゴンに対峙していた時もいたって冷静だった。
「いいでしょう、叩きのめしてやりましょう」
ニコリと悪魔のように美しい笑顔で薫が囁いた。
1時間後、待っても待ってもやってこない薫たちを探して、巌がやってきた。テーブルには屍累々。積み重なる酒瓶、空いたグラス、椅子に座っていられず床に崩れ落ちる男たち。
唯一テーブルで礼儀正しくグラスを傾けているのは薫だけだった。
「神崎先生、大丈夫ですか?」
巌の存在感はやはり半端ないようで、人垣が割れる。薫は平然とした顔で手酌で酒を注いでいた。
「こんばんは。巌さん。腕はどうですか?」
薫の言葉に彼は苦笑を返す。
「おかげ様でリハビリ中だよ。あき…ごほん、如月氏によろしく伝えておいてください」
「畏まりました」
実は、この前金子に渡した万能薬はかなりの大瓶だったので、金子の弟に使用してもまだかなり余っていた。なので、秋人と薫は相談して巌の腕に使ってもらえるように手配したのだ。万能薬は瓶をあけると1か月で使い切らなければならず、薫と秋人が知っている範囲でそれを利用したらよさそうな患者は巌しか思いつかなかった。
「しかし、これはいったいどういった顛末なのかね?」
困惑している巌はチラリと横目で甥を見る。聖夜はごほんと咳ばらいを一つしてから、先ほどの勝負の話を伝えた。
「それじゃ、先生の圧勝ですか?」
「そうですね」
ニコニコと薫が笑っている。しかし、その顔を見て巌はぴしゃりと額を叩いた。それからこっそりと聖夜に告げる。
「秋人くんと当夜を呼んできなさい。先生、かなり出来上がってるぞ」
「えっ」
聖夜が思わず声を上げる。さきほど最後の修也が潰れてもまだ平然とした顔で薫は杯を空け続けていた。
「先生は正気だったら誰彼構わずニコニコ笑わない。危ないからな」
「あ、そういえば」
聖夜も慌てて弟と憧れの3S探索者を探しに駆けだした。
聖夜「当夜、秋人君と二人で一緒にきてくれ。神崎先生がやばい」
当夜「やばいってどうしたんだよ」
聖夜「飲み比べで圧勝したんだが、かなり酔っぱらってる。誰彼構わずニコニコしてる」
当夜「それはやべー。死人が出る。秋人、あ、走って行った」




