5. カウントダウンパーティー キャットファイト
薫がその場を離れるとあからさまに現場の温度が急降下した。
アークエンジェルと暁の明星は昔から仲が悪い。というより、一方的に暁の明星が突っかかってくる感じである。康子は他者を貶めるタイプのリーダーではないし、パーティーの花形である桜子は、事実上露出のある探索者としてはトップだ。正直相手にしていないというのが正しかった。
「あら、いいの。綺麗な婚約者を離しちゃって。あんなに綺麗だと浮気が心配で傍から一時でも離すと不安になるんじゃない?」
文香があからさまな侮蔑を込めるも、桜子は首を振った。
「いや、浮気は心配してない。あり得ないし。でも、薫さんは男女問わず先方から寄ってこられていつも大変な目にあってるからそれは心配かな。まあ、今回は強力な護衛が付いてるから大丈夫と思うけど」
あっけらかんと薫について惚気る桜子の言葉に、康子が「ぷっ」と吹き出す。桜子は薫がいっそ女嫌いに近い事を知っているからこその言葉だったのだが、嫌味がまるで通じておらず文香の癇に障ったようだ。
「アイドルは彼氏を作っちゃダメなのよ。独身の人気女性探索者としての地位を捨ててまで、如月秋人様本人ならともかく、あんな男で手を打つなんてどうかしてるわ」
「あんな男だと…」
桜子の眉間に縦皺が深く寄る。
「Sランクって言っても審議官なんて胡散臭い、所詮不遇職じゃない。秋人様のおこぼれで昇格しただけでしょ」
文香の言葉を桜子は不機嫌そうに聞いていたが、視界の片隅にヤバい物を見つけてサッと顔色が変わった。康子もである。文香の背後に眼鏡の少年が給仕の盆を持って立っている。彼はおそらく文香の言葉が薫を罵倒していることに気が付いている筈だ。
「…謝って」
桜子はぽつりと呟いた。
「命が惜しいなら謝って。早く!!」
彼女の鬼気迫る様子に文香は少し怯んだ。ここまで直接的に脅されるとは思っていなかったのだ。
「私のことはどうでもいいから、薫さんへの言葉は言葉の綾だった、悪気はなかったって言って!!」
桜子は必死だ。背後の少年の機嫌が急降下している。目が座っていて、地獄の最下層のように冷たい。
「はあ、何言ってるのよ。あんなちょっと顔がいいだけの弁護士風情が…」
「文香!!」
桜子の叫び声と銀製の盆が飛んでくるのはほぼ同時だった。文香の顔すれすれをそれは掠めて飛び、壁に深々と突き刺さった。
「え?」
震える声で文香が思わず声を漏らす。暁の明星のメンバーもその飛んできた盆に釘付けだ。彼女たちもAランクのパーティーだ。こんな娯楽会場でも一応気を緩めてはいない。しかし、何の前触れもなくそれは飛んできて、リーダーである文香の顔すれすれを通り、壁に深く突き刺さっている。あとほんの数ミリ違えば、おそらく彼女の首は吹き飛んでいただろう。
「早く謝って!如月秋人が来てるのよ!!」
小声で康子が警告する。
「へ?」
文香はまだことが飲み込めない。今自分が死にかけた現実から浮上できずにいる。桜子が小声で康子の後を継ぐ。
「薫さんは秋人のパーティーメンバーだ。秋人はものすっごく薫さんのことを大事にしてる。死にたくなかったら絶対に悪口言うな!彼はお前なんか秒殺できるんだぞ」
「えっ?えっ?」
まだ未だに何が起こってるか飲みこめない文香は、足元から震えが上がってきてやっと今、自分がロックオンされていることに気が付いた。殺気がぴたりと張り付いている。まるで蟀谷に銃口を当てられているような感覚だ。
「薫さんの会見、見なかったのか?あの場で彼を吊るし上げてた記者は全員、関係者も含めて二度と助けないって宣言されてただろ」
「ああ、桜子…それほとんど出回ってないのよ。記者さんたちも自分たちが如月秋人の敵認定されてるなんて世間に広言したくないでしょ」
「ジャーナリストとしての誇りもないのか!あの連中は」
桜子が吐き捨てる。
文香はきょろきょろとあたりを見渡す。該当するような人影は見当たらない。いや、いるのだが文香が想定している『如月秋人』像からかけ離れているので、分からないのだ。
「さ、桜子おおお」
ぶるぶると文香が震える。
「謝って。声に出して。謝罪。いいから早く。私のこと悪く言いたかっただけでしょ。そう言って」
桜子がそう告げると文香は恐る恐る呟いた。
「す、すいませんでした。もう言いません。許してください。神崎さんのことを悪く言うつもりはなかったんです。ただ、桜子にいちゃもん付けたかっただけです」
文香の言葉で怒りが溶けるかと思ったが、解除されないらしい。文香は泣きそうな顔で桜子を見る。
「あれ?」
桜子はチラリと秋人の方を見た。秋人は小さく首を振る。康子は秋人のジェスチャーの意味を読み取った。
「桜子に対しても謝って。彼、桜子の事もとても大事にしてるのよ」
「えっ」
桜子が思わず声をあげる。秋人は小さく頷いた。
「桜子、すいませんでした」
文香がそう告げるとようやく殺気が離れた。彼女はへなへなと床に座り込んだ。
しかし、桜子には文香の様子などどうでもよかった。弟子からそれほどに大事に思われている事以上に重大なことなどない。ほわっと胸の中が温かくなった。そんな桜子の様子に康子も苦笑を浮かべる。
二人がその場を離れようとすると
「如月秋人さんに会った事あるの?」
文香を介抱していた暁の明星のメンバーの一人が、追いすがるようにして問いかけた。
誰も見たことない日本一の英雄。一目その姿を見たいとこの場に潜り込みたい人も多いのだ。この場にいる約8割以上の人が、何かしらの恩恵を彼から受けていると言っても過言ではない。
「あの、お礼を言いたいの。私、昔彼に助けてもらって…あのずっと会ってお礼が言いたくてここまで頑張ってきたの」
康子と桜子は困った顔をした。少年はその言葉を驚いた顔で聞いている。
「伝えておくわ」
桜子は優しい笑顔でそう答えた。本当はもう伝わっているのだが、それは野暮というものだ。
康子「この部屋にいる探索者の8割くらいが秋人くんの世話になってるからねえ」
桜子「当の本人がそこにいて、銀盆を投げて壁にめりこませたとは誰も思うまいて」
康子「このお盆どうするよ」
桜子「とりあえず、前衛芸術として誤魔化すとか」
康子「いや、無理でしょ」




