4. カウントダウンパーティー ダンス
後藤が挨拶の終盤、にこやかにこう伝えた。
「本日は大変喜ばしいお知らせがあります。アークエンジェル リーダー鎌田康子さん、前に」
後藤の呼びかけに康子がしずしずと応える。黒いマーメイドスタイルのイブニングドレス姿の康子は大変美しく、裾に向かってキラキラと細やかなダイヤが光るドレス姿は、まるで銀河の女王のような貫禄だ。首元を飾っているのは大きなエメラルドとダイヤのチョーカーで、アークの皆からの贈り物だった。
康子は、もしこの会が新年会だったら、このチョーカーはおそらく桜子の提案で魔石で作られていただろうという自分の想像に小さく震えた。よかった、普通の宝石でと胸を撫でおろした。(そして、康子の予測は正しい。後に作り替えたいと要望があって却下している)
桜子も他のアークのメンバーも誇らしげにそんな彼女たちのリーダーの姿を見守る。
「先日の戦闘を持って鎌田康子さんはSランクへの昇格が決定しました。こちらをどうぞ」
金色のカードが康子に手渡される。康子はニコリと微笑んだ。後藤の手から渡ったそのカードはキラリと存在を示すように光った。この年末のパーティーで昇格を告げられるのは、桜子以来の名誉である。康子に後藤からマイクが手渡された。
「長く停滞しておりましたが、ついに念願のSランクに到達することが出来ました。これに増長することなく、たゆまぬ努力を続け、ランクに恥じない働きをしたいと思います」
康子の堂々としたスピーチに桜子は胸が熱くなった。彼女が長年昇格できず悩んでいたことを知ってるからこそ、その感激はひとしおだ。ヨナが大喜びで歓声をあげ、リサと久美がハイタッチを交わした。会場中に万雷の拍手が響き渡った。
「昇格のお知らせだったのか…」
薫が拍手しながらポツリと呟く。
「なんだと思ってたの?」
桜子はあそこまで言ったらバレバレだと思っていたから、恋人が気が付いてなくて驚いた。
「いや、ご結婚かな…と」
「薫さんて、時々『あー、一般の人だなぁ』って思わせるよね」
頭を掻きながら言う薫に、桜子は苦笑を零すのだった。あの話の流れなら探索者なら昇格、それもSランクだろうと見当が付くのが常識だ。当然、当夜と秋人は気が付いており、バイトとして逸脱しないようにだが、大きな拍手を送っていた。
大切な発表の後は当然ダンスである。Sランクのメンバーが会場の中央に集まる。今日の主役は康子だ。彼女とパートナーが中心だ。薫と桜子はその事にホッと胸を撫でおろした。そこで二人ははたと気が付いた。
「あれ?薫さん。これやばくない?」
「ええ、俺も今気が付いたところです」
二人は男女正しいパートは1曲しか踊れないのだ。1曲終わったらすぐ抜け出すつもりだったのだが、秋人と当夜はバイトが終わるまで会場にいるというし、おまけに康子の記念でもある。同じパーティーの桜子が早々に抜けるわけにはいかない。二人は引きつった笑みを受かべて見つめあう。
「仕方ないです。2曲目からは男女さかさまで、とりあえず隅っこで踊りましょう」
「だよね、それしかないよね」
二人は互いに小さく頷き合った。傍から見ればラブラブな雰囲気に見えるのだが、話している内容に救いがない。当夜はハラハラして二人を見守っていた。彼だけは二人が1曲しか踊れない事を知っている。
「先生、頼んますよ」
思わず拝んでしまうのだった。
1曲目は問題なく終わった。練習通りの完璧なステップ。薫も桜子も堂々たる振る舞いだった。ほうっと会場中にため息が漏れた。しかしである。
2曲目が鳴った時に、一瞬二人は視線を交わし、踊りながら移動する。
「あれ?」
と中の何人かが気が付く。しれっとした顔で二人は踊り続けているが、なんだかおかしい。そんな二人を見た康子の額に青筋が立った。きっとその視線が当夜を見る。当夜はそっと視線を反らした。
二人は何の問題もありませんという顔で踊り続けているが、明らかにパートがさかさまである。女性としては背の高い桜子は今日はヒールを履いているのであまり薫と身長差がないのも幸いで、何となく二人のダンスは成立してしまっている。
続けてもう一曲終わったところで、二人はダンスを止めて袖に下がった。
秋人はダンスに男女のパートがあるなど知らないから、二人の息の合ったダンスに心の中でおおいに拍手を送った。頑張ってここに潜り込んでよかったと心底思ったのだった。
「ま、まあ何とかなったんじゃないかな」
と桜子が自画自賛する。薫もうんうんと頷いているが、鬼の形相の康子に気が付いて二人は青くなった。
「なあにをやってるの!あなたたちは!!」
小声で怒鳴るという高度なテクニックを披露する康子に、ひやっと二人は肩を竦めた。
「いや、実は俺が1曲しか踊れなくて…ですね」
薫が健気にも桜子を庇おうとしたが、康子は既に戦犯が誰だか知っている。
「あなたね、だから女の子とばっかり踊るなって毎年言ってたでしょ!神崎先生に恥かかせてどうするのよ!」
「ご、ごめんなさあい。でも苦手で…」
「神崎先生もです!甘やかしたら駄目!」
「すいません」
二人一緒に会場の片隅で説教されてしまったのである。
「あははははは、無様ね!」
そんな彼らの元へわざとらしい笑い声と共に現れた女性。Aランク探索者の小沢文香と彼女が率いる暁の明星のメンバーである。
「男捕まえていい気になってるからそんな醜態を晒すのよ」
文香は意地悪く顔を歪めた。ここは正式なパーティーであるというのに、あり得ない露出のイブニングドレスだ。こういう女性はえてして自己肯定感が高く、自己主張が激しい。薫の視線を自分への好意と勘違いすることが多いのだ。
薫は視線を桜子に固定した。それが、あからさまな無視に見えてカチンときたらしい。
「ちょっと、あなた。いくらSランクとはいえ後輩でしょ。先輩探索者に挨拶くらいしなさいよ」
文香が露骨に顔を顰める。薫はチラリと康子を見た。康子が小さく頷くので、薫はものすごく嫌々そうにペコリと頭を下げた。もう明らかに「貴方に興味ありません」という文字が背景に見えそうな態度である。
「なっ」
文香が逆上しそうになった時、反対側から声がかかった。
「神崎先生!ご無沙汰してます」
朽木聖夜と一馬である。
「ああ、聖夜、一馬さん。こんばんわ」
ニコリと薫は笑顔で挨拶を交わす。その笑顔だけで、暁の明星のメンバー全員が魂が抜けたような顔になった。神崎薫という男はただでさえ美しいのだが、本日はその出力がバグっている。
「少し借りても?父が来ているんですが、あまり動けなくて」
と一馬が言えば桜子も康子も否やはない。巌が大きな怪我を負ったことはアークのメンバーは皆知っている。彼らと薫たちの仲も。
それにここからはおそらく見苦しい女の舌戦だ。正直薫は足手まといな上に、下手したら新たな火種になりかねない。
「後でまた」
と薫がその場を離れると、女同士のバトルが開催されるのだった。
聖夜「あ、当夜がバイトしてる!がんばってる!あ、女の子に声かけられてる!気が付いていないがそれはデートの誘いだぞ!綺麗な子じゃないか!あ、なんで普通に接客してるんだ。ああ、もう私行ってきます」
一馬「やめておきなさい」
聖夜「当夜に彼女ができるかもしれない瀬戸際なんです。一馬さん。放してください!」
一馬「お前、そんなだから見合いしても長続きしないんだぞ」




