3. カウントダウンパーティー 入場
そろそろ入場する時間である。恵子が猛の腕を取りながら、薫に尋ねた。
「今日は秋人くんはどうしてるの?家でお留守番?」
「ああ、会場に居ますよ」
「え?発表するのか?」
この前までの騒動を一応知っている恵子と猛は、怪訝な顔で薫を見るも、彼は小さく笑った。
「バイトに紛れてます。どうしても私と桜子さんが踊るのが見たいんだとか」
「え?どうやって?」
恵子が首を傾げた。あの巨大な魔力をどうやって誤魔化すのか皆目見当もつかない。
「ナイショです」
薫は小さく笑った。
さて、入場はAランクのメンバーは先に会場に入っており、Sランクだけが後から紹介と共に入場することになるらしい。
ダンスやこういった形式ばったパーティーのあれこれは、日本の文化的にあまりなじみがないのだが、それは高位の探索者になると海外にも招かれる事も多く、ことが成功した暁には王族のパーティーなどにも呼ばれることもあるので、場数を踏ませようというギルドの親心からの始まりだったそうだ。
しかし、回数を重ねるうちにステータスの一種になり、このパーティーに参加できるかどうかがセレブの登竜門のように扱われるようになった。
探索者で独身のものはパートナーを1名まで、結婚している者は2親等までなら随伴できる。AランクやSランクの探索者が所属しているパーティーメンバーも、そのパートナーまで参加可能。また、参加者の格を上げるために政治家や大企業の代表取締役、CEO、有名なアーティストやスポーツ選手なども招待されている。今では招待されるか否かは一流の証とされている。
故にこのパーティーの入場チケットはプレミアム化しており、探索者ではないセレブの連中にとっても入り込みたい日本のトップ社交場なのである。
毎年、年末には有名人がどんなドレスだったとかの特集が組まれる年末の風物詩である。
「緊張してる?」
桜子が隣で無言の薫に尋ねた。
「まあ、多少は」
素直に薫が頷く。薫はけして度胸が小さい方ではないが、何事にもテリトリーのようなものは存在する。一般庶民の弁護士としては、こんな華やかな世界には縁遠い暮らしをしていたのだ。流石に少々腰が引ける。
桜子はニコリと笑った。
「じゃあ、ここは法廷で私は薫さんの依頼人、ギャラリーは傍聴人って思おう。さあ、裁判の時間だ」
彼女の掌が薫の手に載せられる。
「行こう!」
薫は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、その後ふわりと笑顔を浮かべた。
「異議なし」
そして、二人は一歩を踏み出した。
会場は好奇心でいっぱいだった。主役の二人がどんな恰好で出てくるのか、どんな様子で現れるのか、固唾をのんで見守っていた。
「Sランク神崎薫様、Sランク霧崎桜子様」
と読み上げられた。入場はレベル順である。薫は現在日本で4番目に上位のレベルなのでこの位置だ。彼らの後ろには『竹山大善』と『如月秋人』と続くはずだが、今回は欠席だ。
竹山大善はかなり高齢であり、最後に参加したダンジョン攻略で大きな怪我をしているので半ば引退状態。秋人に至ってはこういった催しにはそもそも一切出ないので実質二人がトリである。
扉が開いて二人が現れると会場は言葉を失った。
「わあ」
思わず秋人が小さく声を漏らした。しかし、今会場でそんな風に平常心でいられる者は、秋人と当夜の他には先に二人の姿を控室で見ていたメンバーだけであった。
「綺麗」
誰かが小さく呟く。二人はにこやかに一礼して歩き出した。
桜子のイブニングドレスは美しい薔薇色のシルクを幾重にも重ねた炎のようなデザインで彼女のイメージにぴたりと嵌っている。華やかでゴージャスだ。
対する薫はいっそ地味なくらいにシンプルな黒のタキシードなのだが、これが恐ろしいくらいに似合っている。
うっすらと光沢のある生地が魔法によって光沢の加減が代わることに気が付いた者もいた。装飾のシンプルな銀色のラインでさえアクセサリーに見える不思議な調和をもたらしている。試着の時にはしていなかったのだが今日の薫は髪もセットしており、白い額にハラりとかかる前髪さえ計算し尽くされたように美しかった。
桜子の華やかさに負けず、しかし邪魔することもない一対の美しい男女はまるで最初からそこに当てはまっていたようにバランスよくピタリと決まった絵画のようであった。
秋人は凛子が言っていたバランスについての話を思い出し、流石プロの仕事と唸った。
あっけに取られている聴衆の中、一人の紳士が拍手を始めた。そこで慌てて皆が歓迎の拍手を始める。最初の一人が誰だったかというと、栗原総理大臣である。
「やあ、眼福だね」
と彼が言うと周囲も「確かに」と頷き合った。
ひとしきり入場が終わると後藤の開会の挨拶が行われるのだが、彼は非常に緊張していた。こういう場は苦手なのだ。実務の上では申し分のないギルドマスターなのだが、社交に関する部分はとんと苦手である。
「田舎猪の分際で」
「脳筋老害で、融通が利かないってパパが言ってたわ」
秋人は引きつっている後藤の姿を揶揄している数人のセレブ達に気が付いた。彼、彼女たちの中には後藤によって甘い汁を吸えなくなった者もおり、ここぞとばかりに嘲弄しているのだ。
秋人は後藤が好きだった。そりゃあ薫のように100パーセントの味方とは言えないかもしれないが、それは彼の立場を思えば仕方のないことだと秋人は知っている。その上でできる限りの便宜を図ってくれており、薫や秋人を何くれとなく気遣ってくれる優しい、尊敬するべき年長者だ。こんなところでとぐろを巻いている連中に馬鹿にされていいような人物ではない。
だから、秋人は檄を飛ばすことにした。
一瞬、魔力のガードを最低限に落とす。ざわりと会場中に恐ろしいほどの魔力が満ちた。はっとして後藤が秋人を見つめる。この魔力が誰のものか、後藤はよく知っている。
『が、ん、ば、れ』
秋人の口元がそう動いた。それで、後藤は何故秋人がそんなことをしたのか理解した。
すっと背筋を伸ばす。
「本日はようこそおいでくださいました」
突如起こった魔力の圧力をまったく気にせず、にこやかに堂々と後藤は挨拶を始めた。ギルドマスターの面目躍如である。周囲の不安感もものともしない立派な態度だった。
ふっと秋人が笑う。目だけで後藤が秋人に礼を言うように小さく笑った。
「こら」
桜子が秋人の肩を叩く。
「ひゃっ」
と秋人が飛びあがった。
「何をしてるんだ、まったく」
「あ、師匠」
てへへと秋人が誤魔化し笑いを浮かべる。そして、桜子もチラリと一部のセレブたちの顔を見た。その視線にそそくさと彼女たちは逃げ出した。
「まあ、言いたいことは分かるけど。ここで君が何者かばれたら元も子もないんだからね」
「はい」
桜子は秋人からグラスをもらいながら小さく小言を続けた。
「魔法師たちの顔色が紫になってるじゃないか」
「えへへ」
先ほどの一瞬の魔力放出を感じられたメンバーは、きょろきょろと周囲を見渡している。誰のものか分からなかったが、恐ろしい圧力だった。特に魔力感知に敏感な者は気が気ではないようである。康子とリサ、恵子は苦笑いを浮かべている中、しかし、薫だけはきょとんとしていた。
「本当に薫さん、魔力探知まったくできないんだな」
「です」
二人は小さくため息をついた。
内閣官房長官「総理、うちの孫が神崎先生をえらく気に入ってまして、紹介してほしいって言うんですよ」
栗原「へえ、でも彼婚約者いるよ」
内閣官房長官「まだ婚約者でしょ。今別れても男の方には傷がつかないじゃないですか。神崎先生も中卒の女なんかと話も合わんでしょうし」
栗原「あの二人の邪魔すると、イエスかはいしか言わせない人にダンジョンに捨てられるよ」
内閣官房長官「・・・・・孫には別の男を紹介します」
栗原「そうしてください」




