19. 焔の桜
朝、桜子が起きると傍らに恐ろしく美しい寝顔があって飛び上がるほど驚いた。
どうやら自分はソファで寝てしまったらしい。慎ましい恋人は彼女を部屋に運ぶのを躊躇ったようである。自分が起きるまで傍らで待機してくれていたが、そのまま寝入ってしまったのだろう。
ふと見ると桜子にも薫にも毛布が掛けられている。おそらく、自分の毛布は薫が、薫の毛布は秋人が掛けたに違いない。
「薫さん、起きて」
桜子が薫を揺り動かすと、彼は二度、三度と瞬きする。恐ろしく長い睫毛がぱしぱしと動くのを桜子はじっと見つめていた。睫毛が持ち上がって少し色素の薄い茶色の瞳が大きく見開かれる。彼はしばらく何が起こったか分からずフリーズしていた。
「うわ、おはようございます!?」
慌てて跳び起きる。
「居眠りしてしまったね」
桜子が苦笑すると、薫も頭を掻いた。
「あなたが起きるまで起きて居ようと思ったんだけど」
「朝まで爆睡しちゃった」
たははと笑う桜子に薫は綺麗に微笑んで見せた。朝日に溶けるような笑顔だ。
桜子は別に薫の顔に惚れたわけではないが、彼のこの手の気の抜けた笑顔は好きだ。というより、そんな気の抜けた笑顔を自分に向けてくれることが、桜子はこの上なく幸せだった。
「これ」
薫が収納魔法から一つのケースを取り出した。
「本当は昨日渡すつもりだったんだけど、タイミングがなくて」
「えっ!?」
どうみても指輪のケースである。
「えっ、えっ」
「結婚を前提にお付き合いしている訳ですから、その…早く渡さなくちゃと思ってて…」
ぽかんと桜子は口を開いたまま固まっている。実は婚約指輪などもらえるとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。
「開けてもいい?」
「もちろん」
薫は大きく頷いた。おそるおそる桜子はケースを開いた。
ケースの中には紺色のシルクの台座があり、その真ん中に飾り気のないシンプルな指輪が鎮座していた。ダイヤなどの宝石は一切ついていない。紅と金色の中間のような色合いの地金が半透明なリングに小さな金具の装飾が一つ。ケースの蓋裏には小さく「焔の桜」と銘があった。
普通の女なら「なんだこれ」な指輪だが、探索者である桜子は思わず二度見した。
リングの部分の色合いがチラチラと変化している。放つ魔力が揺れているのだ。まるで焔を閉じ込めたように。
桜子はごくりとつばを飲み込んだ。
彼女は探索者だ。それもSランクの経験豊富な探索者だ。長年いろいろなダンジョンに潜ってきた。当然多くのモンスターを討伐しているし、ドロップ品や魔石もゲットしている。だからこれが何かなどと嫌というほど知ってる。
「か、薫さん、これまさか…」
「ハレー・ウィンストンよりこっちの方がいいと思いまして」
「か、火竜の魔石をくりぬいたの!?」
「はい」
にこにこ笑う恋人の言葉に桜子は絶句した。
ああ、そうだった。薫の魔法の師匠はサンダードラゴンの魔石を削って杖にしちゃう少年だったと痛感した。
通常魔石は大きいものは大きいまま加工する方が価値も高いし、威力も大きい。削ったりくりぬいたりするものではない。それだけでも驚きだったが、薫はさらにとんでもないことを言い出した。
「指輪についてるその小さい金具、そうその金色の部分を押すと指輪からブレスレット、それからチョーカーに大きさが変わります。変異魔法の一種で魔石の大きさを空間変異させてます。だから、魔石の威力はさほど削られてないです。秋人が俺に作ってくれた杖と同じ原理の加工です。桜子さんは剣士なので、剣を使う時は指輪は邪魔かなと思って形が変わるように作ってもらいました。変異魔法は魔石自体の魔力で維持できます。それから、チャージなしで三度まで炎熱魔法の上級が撃てます。攻撃魔法は使うと空になっちゃうので、魔法師にチャージしてもらってくださいね。康子さんは炎系の魔法が得意なので、たぶん大丈夫だと思います」
桜子はこのものすごい魔道具をおっかなびっくり触った。フワリと魔力が馴染む。
「桜子さんの属性は火なので、火竜の魔石が手に入って超ラッキーでした」
「新潟で?」
「はい」
薫が頷く。
「前に俺や秋人が魔法を撃つのを『いいなぁ』って言ってたじゃないですか」
「ああ、巨福呂坂の帰り道ね」
「はい」
桜子が鎌倉からの帰りの道中で、薫や秋人がどうやって巨大な白竜を攻撃したのかをリサに説明していた時のことだ。
「いいなぁ。私もあんな風に大きな攻撃魔法を撃ってみたい。スカッとしそう」
と確かに言った。どうやら、それを薫は覚えていたらしい。
新潟で魔石を手に入れてから今日まで、ほとんど日がない。おそらく秋人が後藤とギルドの職人に圧力をかけて納期を短縮したのだろう。魔石加工の権威がおそらくブラックな環境で作り上げたに違いない。
矯めつ眇めつ桜子は指輪を眺めた。ふと、今度はこの小さな金具の部分に目がいく。当初は金かと思ったが、よくみると色が違う。
「ちなみにこの金具、金じゃないよね?」
「ヒヒイロカネです。綺麗でしょ」
綺麗でしょで済ませる金属ではない。魔法との相性がすこぶる良いダンジョンでも超絶に貴重な金属だ。
お値段が怖くて聞けない。ハレー・ウィンストンどころではない。10本買ってもおつりがくるだろう。
薫の目が「褒めて」と訴えている。桜子はチラリと廊下を見た。
ものすごく期待値マックスな弟子と、青い顔の朽木兄弟がこちらの様子を伺っていた。
桜子は確かに指輪の内容に驚いたし、少しばかり呆れもしたがその指輪に込められた薫の愛情を理解できない人間ではなかった。
おそらく魔法が使えない自分が、もしもの時に何か攻撃手段を持てるように考えての品だろう。
何より、これで桜子も魔法が撃てる。康子がやってるのを見ていつも「いいなぁ、やってみたいなぁ」と思っていた夢が叶うのだ。
「ありがとう、すごく嬉しい。大切に、一生大切にします」
桜子は万感の思いを込めてそう囁いた。
彼女のその言葉を聞いて、薫は本当に、本当に美しく微笑んだ。
その笑顔を桜子は生涯忘れることはなかった。
当夜「秋人、因みにあれの加工って誰に頼んだ?」
秋人「大塚さんっていうお爺ちゃん」
聖夜「大塚幹久老か…人間国宝の」
秋人「後藤さんが前に薫の杖作るときに紹介してくれた人で、すっごく腕が良くて仕上げが早くて優しくていい人だった」
当夜「うん…まあ如月秋人の名前出されたらそうなるよな」
というわけで、第十章終わりです。
ストックがかなり心許なくなってきましたが、まだもうちょっとあるので引き続き毎日投稿頑張ります。
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