17. クリスマス
当日快晴。
「日本ではホワイトクリスマスは無理っすねー」
と言いながら当夜がモミの木を運び込む。
「どこから?」
と思わず薫が尋ねるほど立派な樅木だ。欧州でもあるまいし、その辺の市で売っているものではない。
「あ、こんにちは。お邪魔します」
当夜の背後から聖夜が現れた。
「裏山から取ってきたのでお気になさらず」
と聖夜が笑う。どうやら朽木家の本家裏の山から伐採してきたらしい。
「お前のことだからどうせ飾りは用意してないだろうと思って持ってきた」
と気の利く兄はキラキラと光る外国製の立派なオーナメントやLEDの点滅するライトを取り出して、秋人と当夜に手渡した。
「飾るのは年少組に任せます。あ、神崎先生、料理手伝います」
「助かるー」
キッチンから薫の返事が聞こえてきたので、聖夜はそちらに向かった。
当夜と秋人はいそいそとツリーの飾りつけに取り掛かった。秋人は舶来のオーナメントの美しさに夢中である。憧れの3S探索者の好感度を爆上げする兄のセンスに、当夜はただ脱帽するだけだった。
「秋人のケーキはもうできてるのか?」
「うん。後はろうそくを立てるだけ」
秋人が金に糸目をつけずに一流のフルーツを購入して、自分の望みのままにデコレーションした凄いケーキが出来上がっている。冷蔵庫には入らないので、氷結魔法を極限迄弱く施した(超高難度技)秋人の部屋に置いてあるのだが、3段重ねのスポンジに生クリームとフルーツで煌びやかに彩られている超デラックス仕様だ。
ちなみに、薫は基本的に秋人の買い物に文句を言う事はないが、流石に買ってきたフルーツの銘柄を見て顔が引きつっていた。あまおう、シャインマスカット、ナガノパープルなど有名ブランドフルーツ、しかも包装紙が高級デパートだ。
「美味しいフルーツを載せると美味しいケーキになる~」
と謡うように秋人が呟いていた。秋人の味覚はスイーツ好きの魔都東京によって、やばい方向へ導かれているのではないかと薫は不安になった。
ちなみに最近の秋人の愛読書は「東京スイーツ名店100」である。
「いらっしゃい」
智輝と美香がやってきた。智輝は傘下のクラブで提供している高級シャンパンを数本と、お子様用のシャンメリーを持参である。
「俺もホンモノがいいけど、ま、弁護士先生の前ではちょっとな」
と秋人に小声で告げた。美香はアイシングクッキーを焼いてきてくれた。クリスマスのツリーやリース、靴下などをモチーフにした可愛らしい絵が描いてある。
「すごい!可愛い!美味しそう!!」
と秋人は歓声をあげた。こんなキラキラしたクッキーは初めて見たので、大興奮である。美香は嬉しそうに微笑んだ。その二人を智輝はニヤニヤして眺めていた。
「遅くなりました!!」
最後に桜子が駆け込んできた。
「秋人、後で後藤さんに謝っておいて」
と言うからにはおそらくビルを跳んで抜けてきたのだろう。なんとパーティードレスの上にコートを羽織った状態である。
「着替えてくるー」
と宣言して自室へ駈け込む美女を見て、智輝が
「ほんとに一緒に住んでるんだな」
と半ば呆れ半分に呟いた。
神崎家のクリスマス会は大変にぎやかだった。
薫のビーフシチューは16時間煮込んだ絶品だったし、チキンのコンフィは皮がぱりっとしてて香ばしい。タコ焼き機を使ったアヒージョも大好評だった。聖夜が作った真鯛のカルパッチョやスズキのポアレ、厚切りベーコン入りのポテトサラダもさすがの出来栄えである。桜子が前日から仕込んでいたローストビーフもいい感じに仕上がっていたし、何といっても秋人のケーキが圧巻だった。
「綺麗!!」
桜子と美香が叫ぶ。色彩センスの塊の秋人がデコレーションしているので、市販のケーキ以上に美しかった。もはや芸術品である。美香は持参したカメラで何度も写真を撮っていた。
「クリームを絞る技術が不足。来年までに精進します」
と秋人はやや不満げだ。
食べ終わった後はプレゼント交換である。皆ちゃんと誰に回ってもいいようにということで、無難なものをセレクトしていたが、秋人の手元に美香のものが回ってきたことには、秋人はチラリと薫の顔を見た。どうやってそんな芸当をしたのか、魔法ではないのでさっぱりわからない。有能な代理人はクスリと笑うだけだった。
その後は、学校の事やこの前の文化祭の出来事などの話を聞いたり、桜子のパーティーでの話などで盛り上がった。トランプは薫がやたらと強く、秋人は恐ろしいくらいに弱かった。なぜかというと、全部顔に出るからである。ババ抜きなど一人負けである。
酒が入ってくると大人はだいぶやばい雰囲気になりつつあった。聖夜はあまり酔わないようだが、桜子はパーティーで少しは飲んできており、そこへフルスピードで戻って来たので、少々酔いが回るのが早そうだった。いつ、秋人の秘密が口に上るかしれないので、
「そろそろお開きに」ということで、子供組は解散となった。
秋人は智輝と美香の二人を駅まで送っていくことにした。先に智輝の電車がきた。
今回のメンバーの中では智輝だけが秋人があの探索者の『如月秋人』であることを知らない。秋人はそろそろ話してもいいんじゃないかなと思っていた。
「あのさ、今度の遊園地の帰りにちょっと時間ある?」
と秋人が尋ねると、智輝は不思議そうに首を傾げながら「ああ」と頷く。
「少し話があるんだ」
と秋人が言うと、智輝は何かを感じたのか、神妙な顔で頷いた。
「それじゃ、メリークリスマス!アンド よいお年を!!」
と笑顔で笑って手を振り、電車に乗り込んだ。
「木下くんに話すの?」
美香が眼鏡の奥の目を細めて秋人に尋ねた。
「うん。たぶん大丈夫かなって」
「そう」
秋人の返事に美香はとても綺麗な笑顔を浮かべた。
「如月くんが自分で話そうって思うような友達が出来てよかった」
との言葉に秋人ははッと顔を上げた。
「あの、先輩」
「なあに?」
そろそろ彼女の電車がやってくる。時間がない。
「あの、僕は先輩が最初に知ってくれてよかったと思ってます。偶然だったけど、本当によかったって」
自分から告げたわけではないが、それでも美香が自分にとって、とても大切な存在なのだと伝えようと必死で言葉を紡いだ。列車のドアが閉まる直前に何とかそう告げると、美香が少し驚いたように目を見開き、それから泣き笑いのような笑顔を浮かべて頷く。
「これ」
鞄から美香が綺麗な包みを取り出した。
「メリー・クリスマス」
彼女が笑顔でそれを秋人に手渡したところで、無情に電車のドアが閉まる。秋人は礼も言えないまま駅に立ち尽くしていた。
自分も用意していたのに、タイミングを逃して渡せなかったことに気が付いた時には、もう電車は見えなくなっていた。
秋人「ケーキの土台はシャンテクレールの『自分でデコレーションするケーキ』の土台を用意しました」
当夜「おう」
秋人「あまおうとシャインマスカットとナガノパープルは東部百貨店の地下フルーツ売り場で用意しました」
当夜「お、おう」
秋人「生クリームは成城石田の『牧場絞りたて生クリーム』を用意しました。これで準備は完璧」
当夜「お、おおう」
秋人「後は絞るだけ!!」
薫「(こんなに真剣な秋人を初めて見た)」




