13. 裏ボス
薫、当夜、金子の三人は秋人の帰りを待って入り口のすぐ近くで待機していた。そこはちょっとした広間のようになっていたから丁度良かった。
モンスターは時折小物がちょろちょろと現れるだけで、大したものは出なかったのでさしたる苦労もなく時間が過ぎていく。
しかし、秋人が狭い通路に消えて1時間くらいした頃、薫は異変を感じた。
「あれ?」
薫は秋人がくれた片眼鏡で再度周囲を見渡した。
「どうしました?」
当夜が尋ねると薫が「うーん」と小さく呻いた。
「なんか、この辺の魔力減ってないか?」
「え?」
当夜が慌てて確かめる。
「そうっすね。確かに、なんか薄い感じがします」
広間の中央に魔力の圧が高まっている。
「何か…くる?」
金子がそう呟いた。薫もその方向をじっと見ていたが、杖を取り出し強固な防御魔法を展開した。
「先生?」
当夜が薫を見ると、彼はげんなりした顔をしていた。
「あの通路、子供しか入れないような大きさだったよな」
「ええ」
当夜は嫌な予感を覚えつつ頷く。
「普通はさ、子供はダンジョンになんか来ないけど、万能薬があるってなると子供の探索者を作って入らせようなんて大人が出現してもおかしくないよな」
「そうっすね」
額に汗を浮かべて当夜が頷く。
「子供に取りに行かせている間、大人はここで待ってると思うんだよね」
「・・・・・」
「神崎…まさか」
金子が不安そうに薫を見つめる。薫は杖を掲げて魔力を必死にチャージしだす。
「当夜、すまん。30秒時間稼いでくれ」
「ういっす」
当夜が薫の防御魔法の囲みから抜ける。同時に広間の中央に巨大な炎の柱が上がった。
「卑怯な大人には当然ダンジョンからクレームがくるわけだ」
はははと薫が笑う。
「火竜…」
金子はごくりとつばを飲み込んだ。
秋人は対岸の大きな樹を見つめた。いつ見ても美しい桜のような花が咲いている。薫や美香に見せてあげたかった。秋人はスマホを取り出した。せめて写真を見せようと思ったのだ。
「あれ?」
スマホを収納魔法に入れたのは川に飛び込む直前だったので、まだ電池はあるだろうと思っていたが、すでに電池切れである。
「おかしいな」
スマホを裏返したり叩いたりしてみたが、うんともすんとも言わない。
「だめかー」
秋人はため息をついた。もしかしたら、ここは少し魔力の濃度が濃いので、何か影響があるのかもしれないと思った。
【何をしておるのじゃ】
不意に秋人は声をかけられて飛び上がった。
「誰?」
思わず声を上げる。
【童よ、それは何じゃ?】
秋人はきょろきょろとあたりを見渡す。しかしどこにも人の姿はない。
【ここじゃ。よく見やれ】
声の魔力を辿って、秋人は樹を見上げた。
「樹が喋ってるのか」
【そうそう、当たりじゃ】
樹の幹に浮かぶように薄いピンク色の髪で白い着物の女性がうっすらと浮かんでいた。物語の精霊のようだと秋人は思った。
【童は何度かここへ来たことがあるのう。今回は一人ではなかったようだが。あの大人たちに虐められておるのか?】
女性は嫌そうに顔を顰めた。秋人は慌てて首を振る。
「違うよ。薫たちは僕の大切な人だ」
【だが、こんな危険な場所に童を放り出して、自分たちは高みの見物ではないか】
「だって入れないんだもの」
【え?】
「特に薫は無理やりついて来ようとしてたけど、頭つっかえちゃうから僕がダメって言ったんだ」
秋人の言葉に樹の女性は若干狼狽えたようだった。
【童が無理やり万能薬を取りに来させられたわけではないのかや?】
「違うよ」
秋人は即座に否定した。すると、女性は酷く気まずそうに目を反らした。
【童よ、急いで戻るがよい。そなたの大切な人の危機じゃ】
ほれと女性は秋人に金色に光る瓶を投げた。万能薬だ。しかも大きい。こんな瓶をみるのは秋人は初めてだった。
【童は以前は一人で来ていたから知らぬのだが、人がここへ入ると入り口の広間に火竜が顕現して、子供を虐める大人を食うのだ】
「はあ?」
秋人が目を見開く。
【ずっとそなたが使役されているのに腹が立っておったのだが、肝心の大人が来ないので今まで仕返ししてやれなんだ。今回三人も来やったのでいい機会じゃと思ってそこそこ強めの者を送ってしもうた。すまん、童よ】
「ちょ、何してくれるんだよ!!」
慌てて踵を返そうとする秋人に、女性は寂しそうに眉を寄せた。
【大きくなったな、童。もう平気か?寂しくないか?もうここへは来ぬか?】
女性の言葉に思わず秋人は足を止める。心は激しく早く戻れと警告するのに、なぜかそうしなくてはならないと思った。
「お姉さんがもう少し通路を広くしてくれたらまだ来れるよ。せっかく綺麗な花が咲いてるから、薫に見せてあげたかったんだ」
【そうか…うむ、分かった】
女性はうんと頷いて消えた。
秋人は収納に万能薬をしまうと全速力で駆けだした。
【雷神の雷鎚 改 24檄】
薫の詠唱と共に魔法陣が展開された。24本の雷撃が放射線を描く。
「細かく削るぞ、当夜」
「ラジャーっす!」
当夜は両拳のナックルの属性を変化させた。桜子を救出した際の報奨金で手に入れたS級の武器で、打撃に属性の効果を足すことができる。火竜相手なら水か氷の属性が有利である。
薫の杖から雷撃が続けざまに放たれる。コントロールは正確で火竜の瞳に全て命中した。
「先生、コントロールばっちりっす」
当夜が叫びながら飛びあがる。
【妖切斬拳 氷結】
当夜の第4位のスキルが炸裂する。火竜の胴体に思い切りよく叩き込んだ。火竜の咆哮が広間に木霊した。
秋人は彼ができる全力で走った。例の川はまだ怪魚が浮いていたので、その上を飛び石の要領で飛び越えた。さらに、狭い通路を全速で駆け抜けた秋人は若干岩にぶつけて打撲を負っていたが、そんなのお構いなしだった。
「薫!!」
慌てて戻った先に見たものは、火竜の魔石を抉り出そうとしている薫と、若干引き気味の金子と当夜の姿だった。
「あれ?秋人早かったな」
振り返った薫は秋人を見てニコリと笑った。あの女性が言った通りならかなりの強敵だったはずなのだが、あたり一面焦げ臭いので火力の大きなモンスターだったことは知れた。
「倒しちゃったの?」
「え?ダメだったのか?」
秋人の言葉に薫は慌てる。
「いや、いいんだけど。大丈夫だったんだ」
「ああ、当夜がいい仕事をしてくれたし」
当夜は「まあね」と鼻の下を擦って照れている。わずかに負った傷も金子が治してくれたらしい。
「秋人こそ、怪我してるじゃないか。それになんでそんなずぶ濡れなんだ?着替えは?」
薫の言葉にハッとして秋人は目を反らす。しかし、薫の巧みな誘導尋問に誤魔化そうと思っていた全てを白状させられた。
薫はきゅっと形の良い眉を寄せながらバスタオルを収納から取り出して、秋人の髪をぬぐった。
「金子、治療まだいけるか?」
「ああ、あと1回分くらいは大丈夫そうだ」
金子はどうやら魔力が多い方らしい。まだ覚えたての魔法だがそれなりに使えるようだった。
秋人は金子の治療を受けた後、魔力で髪と服を乾かした。
秋人が服を乾かしている間も、薫は火竜の魔石に苦戦している。
「薫は何してるの?」
「なんか火竜の魔石が欲しいらしい」
金子が秋人に告げる。
「貸して」
秋人は薫からナイフを借りて、火竜の魔石を取り出した。刃物の扱いは秋人に一日の長がある。
「はい、どうぞ」
取り出した火竜の魔石は美しい金色をしていた。結構大きいのでよい魔石である。炎の魔力がキラキラと渦を巻いているようだった。
「火竜だと秋人には使えないよな?」
「うん。僕はこの前の変異のアイスドラゴンの方が使いやすいくらい」
「俺が貰っていいか?」
「いいけど、薫も属性的には微妙じゃない?」
「うん。俺はね…」
薫の頬が少し赤い。それで、秋人はぴんときた。
「ああ、うん。いいと思う。すごくいいと思う。ハレー・ウィンストンよりも全然いいと思う!!」
にこりと秋人は笑った。
秋人「加工するなら僕いい人知ってるよ。後藤さんが紹介してくれた人で、すっごく上手だった」
薫「クリスマスに間に合うかな」
秋人「大丈夫だと思うよ、急ぎですって後で僕から後藤さんに電話しとく」
後藤「はっくしょん」




