10. 新潟第三ダンジョン 1
ダンジョンの中には当然モンスターが出てくる。薫が杖を取り出して防御魔法をかけると、大概のモンスターは弾かれてしまう。
薫の魔法に届かないモンスターは当夜と秋人がさくさくと討伐していた。圧倒的である。時々すれ違う探索者がぎょっとして見つめるくらいにまるで、何もない道を歩いているように簡単に進んでいった。
「金子さん、普通のダンジョンってこんな感じじゃないからね。もし、俺たち以外のパーティーと行くならそっちの流儀に合わせてね」
と当夜がアドバイスしていた。秋人はフードを被ったままで攻撃している。なので、魔法剣を飛ばしてモンスターを狩っている状態だった。そんな状態でもあっけにとられるくらいに無双である。
中には例の騒動から薫の顔を知っている人間もちらほらいるらしく、
「あれがもしかして如月秋人か?」
という囁き声が聞こえてきたが、流石に近づいてくる者はいなかった。それくらい、神崎家の実力は圧倒的だった。
3階層のオアシスに辿り着いたのは、ダンジョンに入って5時間後だった。いつもの三人からしたら亀の歩みだが、そこはまったくの素人がいるのだから当然である。というか、むしろこの5時間は、ハイキングでもこの距離を歩けばかかるだろうなという時間と同じ程度だ。それだけ、新潟第一ダンジョンは一階層が広いのだ。
「着いた着いた」
と薫が一息つく。流石に金子がいるので、かなり注意して防御魔法を張っていた。いつもより少々お疲れである。
「薫の魔法だいぶ綺麗になったね」
「ああ、古藤先生にだいぶ鍛えられたからな」
薫がため息をつく。治療というより修行の毎日だった。
薫の魔力回路は魔力を感知できない欠陥品なので、回路を使わず魔力を感じなければならない。なので、放出する時の圧と微妙な体の感覚の差を感じ取る訓練を3週間みっちりさせられたのだ。おかげでだいぶ無茶な放出癖はなくなった。
さらに、秋人が送った魔道具のおかげもある。秋人は例の足環に使われていた魔法式を改良して、魔法が見えるようにした片眼鏡を作成した。これを装着していると視覚的に魔力を捉えることができる。おかげで、モンスターの不意打ちなどを感じることが出来るようになった。
さらに、秋人は凛子に頼んで魔法を弾く特注のケープも依頼していた。こちらは、ずるずる引きずるような長さのものは嫌がるだろうということで、腰くらいの長さのもので、前があくのでマントのように後ろに流すことも可能だ。しかしである。
「秋人、なんでこれ白なんだ?」
「似合ってるから」
秋人は薫が白い服を着ているのが好きらしい。
ダンジョンで着る服が白なのは目立つし、汚れるだろうと薫が言ったのだが、そこは秋人が強引に白を推していたので薫は潔くあきらめた。ふと先日変態に着せられた服を思い出したが、忘れることにした。
3人はキャンプの準備をいそいそと始める。金子は流石に疲れて声も出せない状態だった。休んでていいよと言われたので、ありがたく甘えることにした。
「過酷だな」
と呟く。足の悪い弟を連れてきて探索者にするという元の計画の無謀さを痛感する。
オアシスにはモンスターがやってこないので、探索者になりたい人間を連れてきて、そこで残りの時間を過ごすのが一般的なのだが、歩けない弟をこんなところまで連れてくるのがどれほど大変だったかを金子は嫌というほど感じていた。
「はあ、無謀だったな、これは」
小さくため息をついた。
しかし、そんな金子の心情などお構いなしで三人はテントを張ったりバーベキューコンロを用意したりしている。
「明日の夕飯はカセットコンロで鍋にしよう」
「先生、またカセットコンロ持ってきたんっすか。他所のパーティーからドン引きされるからやめましょうよう」
「収納魔法持ってるんだからいいじゃないか」
「あ、僕が明日の夕飯はカレー作るよ。カレー」
という呑気な会話が繰り広げられている。呆れるくらい平和な光景だった。
夕飯にバーベキューをしていると別のパーティーがオアシスにやってきた。
当然彼らもここで一泊するつもりのようだが、かなり疲労しているし、テントを張る気力もないらしい。さらに、夕飯ももそもそと携帯食を食べてぐったりとしていた。
「あれが普通です」
と当夜が金子に告げる。秋人と薫は収納魔法、それもかなりの容量を持っているので不必要なアイテムを持ち歩くことが出来るが、普通はそうはいかない。装備が増えるとダンジョンを歩くだけでも大変なのだ。
「収納魔法ってかなり高度なんで、普通はリュック一個分でも使えたら、パーティーでも英雄扱いなんっすよ。俺も知り合いに一人だけいたけど、あちこちのパーティーからひっぱりだこでしたからね」
「二人の容量はどれくらいあるんだ?」
金子が恐る恐る尋ねると、秋人は
「わかんない」
とあっさりと答え、薫は
「うーん、やってみたことないけど、たぶん家一軒分くらいかな」
と呟いた。なので、このパーティーはテントやらバーベキューコンロやらカセットコンロやらの調理道具まで持ち込んでいるのだ。
最後に薫がフリーズドライのトマトやらキャベツ、ベーコンを入れて温かいスープを作り出した。
「当夜、あっちの人にもこれ配ってきて」
と薫が言うと当夜もこっくりと頷いてマグカップを人数分用意して持っていった。
「できれば、これで満足してほしいねぇ」
と薫が呟く意味が、その時の金子には分からなかった。秋人は困った顔で首を傾げていた。
夜、金子がテントで休んでいると何やら大きな悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
慌てて起きようとするも、横で寝ていた薫がそっと金子の肩を抑える。
「起きなくていい。あまり気分のいいものじゃないから」
「何が起こってるんだ?」
まだ外の悲鳴が続いている。オアシスにはモンスターの襲来はないのではなかったのか?
「秋人の結界に引っかかったんだよ。何か盗ってやろうとか思ったんじゃないか?」
「このことを言ってたのか」
金子が愕然とする。
「まあ、ダンジョンは無法地帯だからな。俺たちを殺して放っておいてもダンジョンでミスって死んだのか、誰かに殺されたのかなんて分からないだろ。監視カメラもないし」
薫の言葉に金子が顔を顰めた。
「世も末だな」
「別にダンジョンだからって日本じゃないわけではないからな。治外法権でもないし。ここでの犯罪だって立証されれば、普通に司法で裁かれるってことが分かってない探索者が多いんだよ」
「しかし、あいつら、秋人がいるのによくもまあ来ましたね。俺なら怖くて絶対無理っす」
当夜がため息をつく。
「秋人の魔力、ちょっと例の足環のやつで抑えてるからな」
年末のパーティーで使うために秋人が改造した例の足環は、秋人の魔力を小さく見せかける仕様に変更されている。今回はその実験も兼ねていた。
「まさか、その弊害がこんな形で出るとは」
薫がため息をつく。
「成功したってことだよね」
秋人が告げる。
「そうだな」
薫が秋人の頭をうりうりとかき回した。これで、年末秋人はバイトが確定した。
薫「それにしても、火事場泥棒が多いとか嘆かわしいな」
秋人「この人たちは、まだ僕らが寝るまで待ってたから可愛いもんだよ。酷いのになったらその場で殴ってくるもん」
薫「・・・・・」
秋人「あ、大丈夫だよ。僕の方が強かったから。でも、あの人たちダンジョンの出口まで帰れたかは知らないや」
薫「連れて帰ってやる義理はないしな」
金子「治外法権っ」




