3. 形見と地下迷宮
「形見の品ってなんだろう?」
薫が首を傾げる。秋人は先ほどからかなり強い魔力を感じていた。
「たぶん、こっちじゃないかな」
秋人は魔力の源へ歩き始めた。薫もその後を追う。
二人が十数分歩いた先に、薄く水色に光る場所があった。そこには一振りの剣と一本の杖が空中に自立しており、光を放っていた。
「あー、なんかこれは俺でも分かる。凄い魔力だな」
薫は魔力回路としては魔力を察知できないが、ここまで光っていればこの二つのマジックアイテムがどれほど力を秘めているかは理解できた。
「たぶん、これだな? 秋人」
薫が秋人の顔を見る。秋人は茫然と二つを見ていた。
「お父さんの剣とお母さんの杖だ。どうしてここに…」
「そうか…」
秋人の両親は新宿第六ダンジョンで亡くなった。基本的に遺体や装備などはダンジョンに吸収されるものである。当然彼らの武器もダンジョンに吸収されたと思われていた。
二つのマジックアイテムは魔法陣に固定されている。その前にはやはりパソコンが鎮座していた。
「なんか、こうファンタジーとSFの融合みたいな見た目だな」
薫がPCに近づくとやはり勝手に起動する。
画面には『如月秋人以外接触不可』という警告文が表示されていた。
「秋人!」
しばし茫然としていた秋人に声をかける。彼は慌ててPCの近くにやってきた。
PCの画面が変わる。
『セキュリティーを解除してください』
というメッセージが表示された。秋人はそこにしつらえてあった網膜パターンと指紋を照合する装置でセキュリティーを解除した。
カチンと軽い音がして、魔法陣が消える。二つのアイテムが秋人の手の中に納まった。
「お父さん、お母さん」
秋人が小さく呟く。まるで家族が戻ってきたような気持だった。
さらにPCの画面が起動した。
『豊穣の杖と勇者の剣の所有者を如月秋人に変更しました。一定の距離を離れると自動で持ち主に返ります』
とメッセージが流れると同時に二つのアイテムが大きく光った。
秋人と薫は互いの顔を見合わす。当然やることは一つだ。
「まだみたい」
「もう少しかな」
薫が二つのアイテムを持って秋人の傍から200メートルほど離れる。さらに100メートルほど進むと、薫の手からアイテムは消えて秋人の元に顕現した。
「瞬間移動?」
薫が思わずつぶやく。てっきり飛んで秋人の元へ戻ると思っていた。秋人も驚いたらしい。
「前はこんな機能はなかったような気がするけど…」
困惑である。
「なんか、すごいアイテムだな。漫画みたい」
薫の言葉に秋人も頷く。
「剣はともかく杖はあんまり使わないけどなぁ」
秋人は魔法剣士だが、どちらかというと剣に魔法を乗せて戦うためあまり杖に重きはおいていなかった。
「収納に入れておけばいいんじゃないか。何かあるかもしれないし」
薫の言葉に秋人はうーんと首を捻る。
「薫、使う?」
「いや、俺はお前にもらった杖が気に入ってる」
NASAの買取希望を断ったサンダードラゴンの魔石を使ったオリジナルの杖は、薫の最大攻撃魔法雷神の雷鎚とは相性がいいのだ。
二人何気なくPCの前に戻るとさらに画面にメッセージがあった。どこまで行けば戻ってくるのか試したくて、確認する前に離れてしまっていたのだ。
『瞬間移動の魔法について』
と書かれている。
「ふえ」
秋人が思わず変な声を出した。薫も目を見開いている。そんな便利な魔法は聞いたことがない。RPGでおなじみのやつである。
二人はワクワクして画面を見つめなおす。
『こちらのアイテムには瞬間移動の魔法陣を付与してあります。瞬間移動の魔法は如月春彦、夏実と加藤哲也の共同開発です。権利は如月秋人と神崎薫に帰属します。法的手続きは今をもって処理されます』
メッセージと共に、画面に長文の英語が走る。国際探索者ギルド本部への申請文だった。
「極秘申請扱いにしてあるな」
薫が英文を確認して頷く。さらに、そこから件の魔法に関する内容が記載された書類が出てきた。おそらくこれも瞬間移動なのだろう。
「すごいな。これ一回行ったところか、魔力の型を知ってる人物の半径100メートル以内に瞬間移動できるって」
薫が感心して書類を見つめる。秋人は
「でも、この魔法はかなり魔力食うみたいだよ。ここみたいなダンジョンの中なら空気中の魔力を使えば普通の魔法使いでも使えるけど、外で使うのはAランク以上じゃないと無理っぽい」
「どっちかというとダンジョン付近でのゲートとして固定させる方を想定してるな。遠距離移動が目的か。自動車とか鉄道とか飛行機とか要らなくなるかも」
「え?なにそれ、怖い」
秋人が震える。
その産業には大量の人員が雇用されている。世界規模の失業者の数を想定するだけで恐ろしかった。そりゃあ極秘申請になるはずである。おそらく、この魔法が付与してあったために、この二つのアイテムは失われることなく加藤が回収できたのだろう。
さらにPCの画面に恐ろしい文面が表示された。
『ダンジョンの作り方』
「は?」
薫が思わず二度見する。秋人も言葉を失った。
『豊穣の杖を利用してダンジョンを創作することが可能です。詳しくはこちら→』
画面のメッセージの『詳しくはこちら→』があまりにも軽くて困惑する。
「押す?」
秋人が薫に尋ねる。
「秋人のお母さんの杖の事だろ?」
「たぶん」
「だったら、知っとかないとやばいだろ」
薫がため息をつきながら、→を押した。
秋人の母の杖はダンジョンを作り出すことが可能らしい。らしいというのはどうも血筋に深く関係しているらしく、現時点では秋人だけが使える魔法のようだ。
「秋人のお母さんは、もしかしたらどっかの蔵の血筋かもな」
「うん…」
不安そうに秋人が呟く。
この杖を使って加藤が購入したビルの地下にこのダンジョンを作ったようで、そこにさらに四季の生涯の研究だったダンジョン永久化システムの結界を付与したと記されている。
「ちょ、先生。何かあったらどうするんだよ」
薫が呻く。ビルの地下にダンジョンなど作ってもし地下が崩壊したらビルが倒壊しかねない。しかし、そこは考えられていて秋人の母が地下全体を結界で覆ってから実験したらしい。秋人の母はかなり強力な魔法師で、四季の研究にも大きな影響を与えた結界魔法の使い手だった。
「だから、こんなピンポイントにダンジョンの上にビルが建っていたんだね」
「そうだな。ダンジョンの上にビルを建てたんじゃなくて、ビルの地下にダンジョンを作ったわけだ」
ため息をつく二人を置いて、さらに文章は続く。
豊穣の杖で作られたダンジョンはランクでいうと最低ランクのもので、モンスターも下級、構造も低階層であること。あまり広くないし、やろうと思えばすぐに迷宮核を滅することが、こちらは父の剣によって可能だということである。
秋人は杖と剣をしょっぱい顔で見つめていた。あまりにもチート過ぎる。
これらの魔法と構築式、それから理論などの権利も秋人と薫二人のものという申請が本部に送信された。
「これ、そのうち本部から呼び出しがくるかもな」
薫は大きくため息をついた。自分が本部の人間ならこんな危険度マックスな代物を
申請されましたー、受理しましたーでは終わらせない。
「あれ?」
そういえば…と薫が首を傾げる。
「え?もしかして加藤先生って探索者だったのか?」
薫の言葉に秋人も目を見開いた。
「元のPCで聞いてみるか」
と薫が声に出すと、目の前のPCに加藤の映像が現れた。
『やあ、不肖の弟子よ。今頃気が付いたか』
「イラっとするなぁ」
薫が呟く。
『ああ、今君がすごく嫌な顔をしているのが想像がつくよ』
ぎりぎりぎりと薫が歯ぎしりするのを、秋人は「まあまあ」と宥める。
『たしかに私は探索者だ。何というか私はもちろん春彦も夏実も想定してなかったんだが、家の地下にダンジョン作ってそこで飲み食いしてたら、ついうっかり滞在が24時間超えちゃってな。いつのまにか探索者になってた。ジョブは審議官だ。レベルは52。第四位の魔法まで取得している』
「俺と出会った頃はもう探索者だったってことか」
「そうみたいだね」
「まったく分からなかった」
「薫の先生はギルドに登録してなかったんだね」
「…だな」
薫は深々とため息をついた。それで、加藤がやたらと喧嘩が強かった理由が分かった。
「たぶん先生は例の組織を契約の門で縛ったんだ」
薫がぐっと堪えた顔で呟く。
おそらくは命をかけた駆け引きの結果、薫が反撃の手を持たない間は手出しされないように何かしらの犠牲を払って契約を成立させたに違いない。
契約の門は等価交換だ。薫の命と生活を守るための契約ならば、天秤の片方にのったのは加藤の命と健康だろう。なぜあの強かった加藤がああもやられたい放題されていたのか、あらかじめそうなることを予測して加藤が麻酔まで準備していたのか分かったような気がした。
「それにしても、そこまで用心しないといけない組織?教団って何なんだろう。なんかやばそうな集団なのに全然聞いたことがないのが逆に恐ろしいな」
この世界には犯罪を犯すような宗教団体や思想による組織は山のようにある。ただし、危険度や犯罪のレベルによってはそれなりに噂になるものだが、薫はこの組織の噂どころか名前も聞いたことがない。
犯罪対応が多い職種である弁護士の薫が聞いたことがないというのが、その力の大きさを予感させた。
夏実「哲也ー春彦ーおはようーご飯だよー」
春彦「酒飲みすぎて頭痛え」
加藤「あー、年越し飲みすぎたな。あれ?なんか変な感じ」
夏実「あー、哲也覚醒してるのでは」
加藤「あちゃー、最悪。ジョブは…審議官か。めんどくせえ。登録しねえよ」
春彦・夏実「ぎゃはははは、マジか。野良探索者だ」




