1. 100問
第十章始まりです。微妙に行事の時期がずれてて惜しい!
薫と秋人はしばし茫然となるも、用心しながらダンジョンに足を踏み入れた。一見大きな洞窟のように見えるが、秋人が言うには魔力が満ちているらしい(もちろん、薫にはさっぱりわからない)。
「薫、あれ」
秋人が指さす方には1台のPCが置かれていた。PCはほんの少し前の型のようだった。10年前ではないが、5年前くらいだろうか。薫が近づくと勝手に起動した。
「うわ」
思わず声が漏れる。何となくお化け屋敷にいるような気持ちだ。
画面には
『あなたは誰ですか?』
という質問が書かれていた。
選択肢は4つ。
1. 神崎薫
2. ギルド職員
3. 探索者
4. 救世来神教徒
薫と秋人は思わず互いを見つめ合った。
「まあ、ここはこれだろうな」
薫は迷わず1を選ぶ。すると、さらに画面には『あなたが神崎薫だという証明のためにいくつかの質問に答えてください』というメッセージが表示された。
そもそもこの地下にくるのに薫の網膜パターンと指紋が必要だったのだから、薫以外の選択肢はないのではないかと思う。しかし、そこは他にもなにかしらの方法があるのかもしれないので、薫は素直にPCに向き合った。ご丁寧に椅子が用意されている。
『第1問 加藤哲也の好きなビールの銘柄を答えなさい』
とパソコンの画面に表示される。
「なんで先生の好きなビールの銘柄を答えるのが、俺の証明なんだよ」
とブツブツ言いつつ
「アサキドライ」を選ぶ薫を見て秋人がクスリと笑った。きっと薫は加藤哲也の好きなものなど全部把握しているのだろう。
『第2問 加藤哲也が好きなクラブのホステスの名前を答えなさい』
「・・・・・・・・・・」
薫の口元がひきつる。秋人も「あれ?」という顔をした。
『第3問 加藤哲也のお気に入りのキャバクラを答えなさい』
「・・・・・・・・・・」
『第4問 加藤哲也が好きな女性のタイプは?』
「・・・・・・・・・・」
『第5問 加藤哲也の好きなAV女優は?』
「あのクソじじい」
薫の形相が段々凄いことになっていくのを、秋人はハラハラして見守る。薫の口から未成年に聞かせてはならないレベルの罵倒が吐き出された後、質問の趣旨が代わった。
『第30問 加藤哲也が好きな薫の料理を答えなさい』
「え?餃子?」
薫が選んだ答えに初めて「×」がついた。
「嘘だろ。餃子好きだって言ってたじゃん」
ぶつくさ文句を言う。正解は『肉じゃが』だった。
『肉じゃがが好きだなんて、胃袋掴まれてる感満載で言いづらいじゃん』
とかわざわざ注釈まで入る始末である。薫はがっくりと肩を落とした。
「本当にとんでもない人だったんだな」
と秋人は朽木家で聞いた薫の感想に改めて頷いたのだった。
こんな状態で、どうでもいい問答が100問続いた。薫はイライラしながらもきちんと答えている。正解率は83%。これが高いのか低いのか分からない。薫が100問目の回答を送信するとクルクルと画面の中心にローディングマークが出たので、どうやらここで質問は終わりらしい。
薫も秋人もやや緊張して画面を待っていると、唐突に画面に加藤が現れた。
「せ、先生」
思わず薫が声を漏らす。
『罵倒しながらもこんな質問に100問も律儀に答えたのは、まさに薫らしいということで、君は神崎薫に認定だ!やあ、薫!久しぶり!ここまで5年もかかるとは思わなかった。ダメ弟子め』
画面の加藤はにこやかにそう答える。薫が思わず座っていた椅子を振り上げるのを、秋人が
「薫、落ち着いて。録画だよ」
となだめる羽目になった。
『おや、熱源が他にもあるね?君は誰だい?』
「僕かな…」
「たぶん」
秋人の言葉に薫が頷く。
映像はAIではなく録画だが、様々なシチュエーションを想定してその場に応じて流す内容を変えるプログラムが組まれているらしい。
『君がもし薫の友人なら名前を名乗ってくれ』
加藤の言葉に秋人は躊躇いつつ
「如月秋人」
と返答した。判定に音声が拾われていたこともあり、声での返事をしてみたが、案の定PCの画面には受け付けた旨の挙動があり、加藤の画面が一瞬フリーズする。そして、また滑らかに動き出した。おそらくいくつか想定している回答によって映像が切り替わるのだろう。
この時点で薫も秋人も加藤が何かしらの如月家と関わりがあることに確信を持った。秋人の名前が分岐の選択肢にあるということが何よりの証拠である。
『やあ、初めまして。如月秋人くん。君は今は…16歳かな。どんな暮らしをしていたのだろうか。あまり酷くないといいのだが。それだけが、私の最大の心残りだ。』
しんと二人の動作が止まる。加藤の表情があまりにも辛そうだったからだ。
おそらく、加藤は秋人がどんな暮らしをしていたか知っていたのだろう。それでも、助けに行けなかった理由があったはずだ。薫はそう確信していた。
『だが、君は今薫の傍にいる。それはおそらくこの世界で最も幸運なことだ。この男は優秀で、目端が利くが、困っている人を見捨てられない人情の持ち主で、頼られるのが大好きな長男気質の男だ。甘えて甘えて甘えまくるのがこの男の正しい扱いだ。君は最高にラッキーだ。おまけに料理、洗濯、掃除なんでもプロ級だ。存分にこき使ってくれたまえ』
「なんで、あんたが保証するんだよ」
薫がぼやくも、秋人は加藤の言葉の裏に隠された薫への信頼とあたたかな愛情を感じた。
『君を迎えに行きたかったが、私の存在を奴らに知られるわけにいかなかった。君のお父さんとお母さんから預かっているものがある。それを確実に君に渡すためには、こうするしかなかった。許してほしいとは言わない。君が生きた地獄は計り知れない。私の研究成果が出るのが先か、奴らの情報網が私を絡めとるのが先かとひやひやしていたが、どうやら私は賭けに勝ったらしい。君の元へご両親の形見を返せることが私のこの上ない喜びだ』
加藤はにこやかに微笑む。
「形見?」
秋人が戸惑う。
『薫、君が魔力を得るまで奴らは攻撃できない契約になっているはずだ。おそらく私の魔法で縛ることができるだろう。だがここへ君が来たということは君は探索者になったんだね?そうであるならば、連中も本腰をいれて奪いにくるだろう』
加藤はまるで、すぐそこに薫がいるように、目を細めた。そこにいる薫を確かめるように。
『薫、君を巻き込んでしまった。本当に申し訳ない。だが、秋人を守ってくれ。私の親友たちの大事な忘れ形見だ。頼れるのは君だけだ。君に人類の行く末を託すのは、本当に申し訳ないのだが、ここはひとつ私という厄介な男の面倒をみた己の不幸を呪って頑張ってほしい』
「人類の行く末?」
話がでかいぞ…と薫がぼやく。秋人は薫の顔を見なかった。薫のぼやく小さな声が震えている。
『薫、君に出会えて良かった』
ぷつんと映像は途切れた。薫はしばらく俯いていたが
「言われなくても、そのつもりだ、クソじじい」
と小さく呟いた。
秋人「加藤先生って不思議な人だったんだね」
薫「秋人も言葉を選べるようになって、俺は感慨深い」
秋人「いや、えっと」
薫「言っていいぞ、変な人だったんだねって」
秋人「えへへ」




