19. 変化
今回の騒動の後、神崎家ではいくぶん変化があった。
まず、薫の家事負担が減った。本人的には苦労しているつもりはなかったのだが、やはり過労でダウンしたことが響いた。
全員で話し合った結果、火曜と木曜の朝ごはんとお弁当は極力桜子が作ることになった。
さらに、掃除や洗濯、買い出しなども秋人が前以上に頑張るようになった。また、彼は薫に料理を教えてもらって自分でもいくぶん作れるレパートリーを増やしている。秋人の目標は土日のどちらかの夕飯を薫の代わりにできるようになることだ。筋はどうやら桜子よりいいらしい。
「納得いかない」
と彼女はぼやいていた。
さらに、当夜が正式に薫たちのパーティーメンバーとなり、引っ越してくることになった。これは、薫の護衛として、もう少し身近に彼を置こうという事だ。
「薫さんは、ちょっとかなりいっぱい脇が甘いから、もう少し自覚をもってください」
と、桜子に言われた。目と鼻の先で誘拐されてしまった身として、薫に否やは言えなかった。
しかし、当夜の同居はもう一つ、薫には内密の理由があった。彼の体調に不安をもっている秋人と桜子からの強い要望だったのだ。
秋人は学校があるし、桜子は依頼で長期離脱もある。薫を一人にしておくと無茶をまたするのではないかという、一種の監視である。当夜もこのナイショの任務を了解した。というか、この二人に詰められて否と言える猛者は日本の探索者にはいない。
当夜はいつも使っている狭い部屋でいいと言ったが、薫は流石にあそこは窓もないし人が暮らすための部屋ではないと難色を示した。
それで、物置代わりにしていた一部屋を開け、そこを当夜の部屋にすることにした。物置部屋には、デザイナーの加賀谷凛子から送られてきている(現在進行形)ハイブランドの衣装などがぶち込んであったが、それらを当夜が使用していた部屋に移すのだ。
さらに仕事の面でも薫は大きく負担が減ることになった。金子が正式に加藤法律事務所のメンバーとなった。企業案件などは金子が担当し、薫は複雑で面倒な個人の案件に集中することができた。
この役割分担は、薫の審議官の能力を使う方がスムースに進む案件かどうかという部分がおおいに関係している。さらに、金子は企業案件が大好きだった。彼は必要がなくなってもやはりお金が大好きだった。
「たぶん、習いが性になるって事だろうな」
と薫は遠い目をして、札束を積み上げて悦に入る金子を見ながら言った。
薫の負担が減ったことを、楠本と小林はおおいに喜んでいた。特に楠本は
「神崎先生がいつ過労死するか心配で仕方なかった」
と胸を撫でおろした。加藤が死んだ頃の薫を知っていただけに、そのワーカーホリックぶりを分かっていても止めることができず、ジレンマを抱えていたのだと、彼女は胸の内を明かした。
金子は当初秋人に頼まれた雑誌社の買収のもろもろが終われば、またフリーに戻るつもりだったが、秋人が
「万能薬を取ってきたら、ずっとここで薫のこと手伝ってくれますか?」
と尋ねたら、この頭の回転の速い男が数分フリーズしていた。脳内を様々な情報が駆け巡っていた。
「まさか、持ってるのか?」
やっと出てきた言葉がそれだったが、秋人は大きく首を振った。
「でも、あるところは知っているし、何回か取りにいったことあるし、ちょっと遠いからすぐには無理だけど、冬休みには行けるよ」
と日本で一番有名な3S探索者がのたまったので、へなへなと腰を抜かしてしまった。冬休みには念願が叶うと聞いて、気が遠くなりそうだった。冬休みまではあと1か月もない。
「お、お願いします」
金子はなんとか、言葉を絞り出すことに成功した。
「あと、探索者になりたいなら薫と僕と当夜で護衛するから都合のいい日を決めてね」
とにこやかに告げる。
「いや、それは万能薬の件でおつりがくるだろう?」
と金子は言ったが、探索者になるための護衛はこの前の案件の報酬で、万能薬は加藤法律事務所への就職の報酬だから別だと薫に言われたらしい。
「あと、あの文章の添削がんばってくれたからサービスだって薫が言ってた」
と秋人が言う。
薫は原案文を見せてもらって頭を抱えた。金子がいてくれて本当によかったと心の底から思った。
ある晴れた日曜日、しばらくぶりに薫は加藤の部屋に入った。鎌倉から帰ってから色々家探しした結果、今薫が首からぶら下げている小さな鍵だけを見つけた。鍵で開けられる対象など何も見つかっていない。
片付けもきちんとしてしまったので、散らかり放題だった加藤の部屋らしからぬ風景になっていた。寂しい気持ちもあるが、変化していく流れは止められない。薫はそう結論づけた。
当夜の引っ越しのため物置部屋のものを移動したのだが、いくつか入らない家具などがあり、ここに移動しようと思ったのだ。
「薫、手伝うよ」
秋人が部屋の外から声をかける。
「ああ、サンキュー」
薫の返事と共に秋人が入ってきた。彼がこの部屋に入ったのはこれが初めてだった。今まではここは一種の聖域で、薫以外の誰も入れなかったからだ。
薫が振り向くと秋人が奇妙な顔をして虚空を見上げている。
「どうした?」
薫が尋ねるも、秋人は大変不思議そうな顔をし、薫を見、それからまた虚空を見た。
「もしかして、薫これ見えないんだ」
「え?」
「鍵穴がある」
「ええ?」
「魔法でできてるみたいだ。とても高度。すっごく綺麗な結界式。これ、このビルの結界と同じ人のだ」
加藤の部屋にそんなものがあるなんて、薫はさっぱり分からなかった。
「魔力感知能力がないって不便だな」
初めて薫は実感した。加藤が死んでからずっと何度も何度もこの部屋を探したが、怪しいものなど何もないと思っていたら、なんてことはない、自分が見落としていただけだったらしい。
「鍵穴ってことはこれか…」
薫が秋人にそれを渡すも、秋人は首を振った。
「これは薫にしか使えないと思う」
「ええー」
げんなりとした顔で薫が宙を睨む。秋人は必死に結界の術式を読む。
「薫の名前が書いてある。薫しか開けられない」
「どうやって?」
見えないのに?と薫が嘆くも、秋人は
「僕が見るよ。位置を言うから薫は微調整して」
この辺っと秋人が指で虚空に四角を書いた。
「このあたりか?」
「もう少し右、右、そう、そこ」
秋人の誘導に従って鍵を入れる。確かに入った。先端部分が食われたように見えなくなった。
「おお」
思わず声が漏れる。
「回すぞ」
ためらいながら薫が鍵を回す。
カチリと微かな音が響いた。
どんっと低く地鳴りが響く。
「なんだ?」
思わず辺りを見渡す薫に、しかし秋人は魔力の流れを目で追いながら床を、そこからさらに下を見つめた。
「薫、地下だ!」
「行こう!!」
慌てて二人はエレベーターに乗り込んだ。しかし、エレベーターが動かない。今の振動のせいかと思ったが、違っている。
このエレベーターで薫たちが住んでいる最上階までくるには、2ファクターのガードを抜ける必要があった。
眼球の網膜パターンと指紋認証である。ただし、それは別の階から最上階へ向かうときだけに要求されるもので、最上階からどこかへ行く場合は不要なはずだった。
しかし、その認証システムにメッセージが表示されていた。
『セキュリティーロックを外してください』
「俺かな?」
薫が恐る恐る網膜パターンと指紋認証を受けるとエレベーターは動き出した。
いつもなら地下1階の駐車場が最底辺だが、今日は違う。さらにもう一つ下の階へ降りて行った。
B2の表示で降下が止まった。
エレベーターのドアが開き、薫と秋人は用心しながら降りる。
「マジかよ」
薫が呻く。秋人もポカンと口を開けていた。
「家の地下がダンジョンとかあり得ない」
薫は頭を抱えた。
薫「ところで、秋人が最初に後藤さんに読んでもらおうと思ってた文章ってどんなだったんだ?」
秋人「えっとね、これが原文」
薫「どれどれ・・・・・・・・・お、おう・・・・これは・・・・まあ」
秋人「こっちの方がよりリアルで相手に恐怖を与えると思うんだ」
薫「あー金子にボーナス出さなくちゃ…」
秋人「なんで!?」
因みに、この事件の後、如月秋人は大のマスコミ嫌いと言われるようになります。
1章1ダンジョンはなんとかクリアしましたー。
これで第九章は終了です。明日から第十章。正月も休まず営業したので、引き続き頑張ります。
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2026年もコツコツがんばります!




